#04

 

「いってぇーな! 本気で殴るこたぁねーだろ!」


 真っ赤な顔をして大股で歩く、360度どこから見てもご立腹中のノア姫に続き、右頬をさすりながらノヴァルナが路地裏から姿を現す。ノアが怒りに任せて、入り組んだ路地を適当に進んだため、どこに出たのかも分からないが、小さな広場のようだ。

 広場は幾つかの裏路地の接合点らしいが、何かの廃材や蓋の壊れたブロックコンテナ、さらに古タイヤや木製の樽などが、家屋の裏手に不規則に並べられ、それらの間で壁を走るパイプからは湯気が立ち昇っていた。


 ノアは立ち止まると同時にクルリと振り返り、ノヴァルナの胸元を指差して言い放つ。どうやらノアが相手の胸元を指差して怒るのは、本気の時の癖のようだ。


「あなた、無神経にも程があるわ! そりゃ何日もパイロットスーツ着たままで、お風呂にも入れてなけりゃ臭うわよ! だからって、女の私に対してそんな冗談―――」


 ところがノヴァルナはまた真顔になって左手を挙げ、ノアに「待て」と告げる。ただノアは、今度は取り合わない。


「何よ、もう騙されないわよ!」


 だがそれでも、ノヴァルナが向ける眼差しは厳しいままだ。そのノヴァルナの鋭い視線が自分にではなく、左肩の後ろに注がれている事に気付いたノアは、反射的に踵を返し、ノヴァルナの視線の先にあるものに目をやった。


 そこにいたのは、広場に面した建物の陰から姿を現す五人組の男達である。五人とも人間型であるが、ノヴァルナ達と同じヒト種は二人で、あとの二人はヒトに近いが、尖った耳と豚のような鼻をした見知らぬ種族の異星人。もう一人はシワの多い焦げ茶色の皮膚をしたスワルス星人という種族だ。五人とも薄汚れて統一性のないボディアーマーを着込み、典型的な悪党面をしている。


「…!」


 男達の異様さに身をすくめるノア。ノヴァルナはそんなノアの前にさりげなく進み出て、庇うように突っ立ち、胸を反らして腕組みをした。


「まーた面倒くせぇのが、現れやがったぜ…」


 すると背後からノアが小声で「ノヴァルナ!」と呼び掛けて、注意を促して来た。二人が歩いて来た路地の奥に豚の鼻をした異星人の男が現れたのだ。戻る道を塞がれたノヴァルナはノアを連れて広場の片隅に移動する。六人になった男達は建物の壁を背にしたノヴァルナとノアを、半円形に取り囲んだ。どう考えても歓迎の催しではなさそうだ。


“このタイミング…どうやら偶然じゃなく、俺達がこの街に着いた時点で、目をつけてやがったようだな”


 貴族でもある星大名の息子だというのに、領地のナグヤでわざわざ身分を隠して、単身スラム街に乗り込み、悪党相手に喧嘩を仕掛けて来るようなノヴァルナである。目の前にいるような男達の取る行動パターンも、推察は容易だった。

 やがて居並ぶ男達から、一人だけが僅かに進み出る。モヒカン刈りの頭の左側に、星に巻き付く紫色のムカデのタトゥーが入っているヒト種の男だ。他の男達はボディアーマーの左肩に同様のマークが入っていた。

 モヒカン刈りの男は、頭を後ろに反らし気味に口を開く。ところがその言葉は、ヒト種であるにも関わらず皇国公用語ではなく、またもや聞いた事もない言語だった。


「ニェフス・ラムン・ナシャ・マンサ、ああ?」


 さっきの街の門にいた四つ目の異星人の言語とも違うようだ。ただ最後の“ああ?”だけは、ノヴァルナ自身もよく使う挑戦的な“ああ?”だと理解できた。となるとノヴァルナも黙ってはいられない。


「あ? なんだてめぇは? ヒト種なら公用語使いやがれ」


 そう言いながらもノヴァルナは素早く視線を走らせ、喧嘩馴れした目で六人の品定めをした。六人とも目つきこそすごんでいるが、『ホロウシュ』としてスカウトする前のシンハッド=モリンや、ナガート=ヤーグマー、ヨリューダッカ=ハッチといった、ナグヤのスラム街にいた連中ほどの腕っぷしはなさそうだ。とそこにモヒカン頭の男が、なおも理解不能の言語で突っ掛かって来る。


「スリーク・ニェフシャス・ラムン・シャクス!」


「バカかてめぇは? ワケのわかんねぇ言葉、しゃべってんじゃねーつってんだろ!」


 すると脇にいた豚の鼻を持つ未知の異星人の一人が、モヒカン頭と小声で何か言葉を交わして歩み出た。そして意外にもこの未知の異星人が、訛りのある銀河皇国公用語で通訳を始める。


「やい、ガキ。ウチの隊長がてめぇらに、どっから来たのか聞いてんだよ。てめぇ、まさか皇国公用語しか喋れねぇんじゃねぇだろな?」


「隊長だと? そんなナリでなんの隊長だってんだ?」


 ノヴァルナは内心で首を捻りながら言い返した。“皇国公用語しか喋れないのか”とはまた、妙な言いがかりである。ヤヴァルト銀河皇国民ならば公用語の記憶インプラントは、基本制度の一つとなっているはずなのだ。


 ノヴァルナの言った言葉を、豚鼻の異星人がモヒカン頭の男に通訳する。それに対してモヒカン頭は、頭に入れたムカデのタトゥーを指差しながら怒鳴る。


「ラムン・アシェ・ウシェル・ム・ヤヴァルシェ! ウシェ・アキシュ・ルシャ・シェハ!!」


 それをまた豚鼻の異星人が、皇国公用語に通訳して怒鳴る。


「何だとガキ。てめぇ、皇国公用語しか喋れねぇ上に、俺達が誰だか知らねぇってのか!?」


 モヒカン頭のタトゥーや、ボディアーマーの左肩に描かれているムカデのマークが、連中の属する組織のものらしい。そして無論、ノヴァルナが彼等の素性をを知るはずもなかった。


「んなもん、知るわきゃねーだろ!」


 ノヴァルナが傲然と言い放つと、豚鼻異星人は顔を引き攣らせてモヒカン頭に通訳する。その光景を見てノヴァルナは、“いい加減、面倒臭ぇーからそのくだりやめよーぜ”とうんざりした目になった。その一方で背中側のベルトにホルスターを回していた、拳銃型ブラスターのグリップを握る。素手同士でも蹴散らせる程度の相手である事は、今しがたの品定めで見当がついている。ただこちらはノアを守らなければならない。そうであるなら、有無を言わさず相手を即座に射殺するだけの覚悟が、ノヴァルナにはあった。

 するとそんなノヴァルナの意思を察したらしく、銃のグリップを握るこの若者の姿を背後から見たノアが、そっと囁き掛ける。


「ノヴァルナ…むやみに殺さないで。向こうが素手なら、私も自分の身ぐらい守れるから」


「ふふん。そいつは頼もしいこった」


 ノヴァルナは前を向いたまま、軽く口元を歪めて囁き返した。やはり窮地で怯えるような、箱入りの姫様ではないと再認識できる。そしてそのノアの言葉をあてにする局面は、すぐにやって来た。モヒカン頭の言語を、豚鼻異星人が口調も合わせて通訳する。


「ラムン・シェス・ラス・イグジャシュ・ランペッシュ・エヴァン・コッシュ! シャンクフ・ランサッシュ・アシュ・ルシャ・ラムン!」


「てめぇら! よそ者どころか、どっかの星から流れて来た密航者の難民だな!? とっ捕まえて尋問にかけてやる!」


 さらにモヒカン頭と豚鼻異星人は、陰湿な笑みとともに下衆な本性を現して告げる。


「ケヘヘ…バンジッシャ・アシュ・エラシュ・ランサッシュ」


「へへへ…特にオンナの方は念入りに尋問してやるぜぇ」


「なっ!」


 豚鼻異星人が通訳したモヒカン頭の、欲望むき出しの脅し文句に、他の男達もいやらしくニヤつくと、強気なノアもつい身をすくませる。

 ところがノヴァルナは逆に「アッハッハッ!」と笑い声を上げた。この若者特有の高笑いだ。呆気にとられる六人。だがこの場にフェアンやランといったノヴァルナをよく知る者がいれば、その笑いが危険な意味合いを持っているのを理解しただろう。


「この女。フロ入ってなくて臭ぇから、やめといた方がー―――」


 胸を張ってそう言い放ちかけるノヴァルナの言葉に、ノアは我に返って“バカっ!”と叫ぼうとした。だが次の瞬間にはすでに、ノアの視界の中でノヴァルナは一直線に突っ走って、モヒカン頭の男を渾身の力で殴り飛ばしている。


「―――いいぜ…っと!!!!」


 へし折れた前歯を宙に舞わせて吹っ飛ぶモヒカン頭に、セリフを言い終えたノヴァルナが不敵な笑みを大きくした。驚いた残りの男達が次の行動に移る前に、ノヴァルナはさらに通訳をしていた豚鼻の異星人の側頭部、尖った耳の辺りに肘打ちを喰らわしてバランスを奪うと、別の豚鼻の異星人目がけて突き飛ばす。二人の豚鼻異星人は互いの額を激突させて倒れ込んだ。


「ガラッド・ゼブ!!」


「ラムン・バッシ!!」


 焦げ茶色の肌のスワルス星人ともう一人いたヒト種が、異星の言語で怒声を上げ、二人並んでノヴァルナに襲いかかって来る。スワルス星人が向かって左、ヒトが右、二人とも右利きだ。ノヴァルナは咄嗟の判断でヒトの左腕方向に回り込んだ。そして身を翻すとヒトの脇腹に回し蹴りを叩き込む。


 男達は全員がボディアーマーを装着しているため、ノヴァルナの蹴りも、威力としては相手をひるませる程度だった。しかしその蹴りの目的は牽制であり、ひるんだヒトが邪魔になってスワルス星人は、死角に回り込んだノヴァルナを攻撃が出来ない。すかさずノヴァルナはヒト種の男にタックルを喰らわし、スワルス星人もまとめて地面に突き倒した。そこから素早く体を起こして、倒れているヒト種の男にマウントを取り、手の甲で顔面を横殴りにする。


 相手が脳を揺らして意識を朦朧とさせると、ノヴァルナの視覚は起き上がりながら掴みかかろうとして来るスワルス星人を捉えた。反射的に相手の手首を掴んで捻る。グキリという鈍い音と激痛とともに、あらぬ方向を向く自分の左手を見詰めてスワルス星人は絶叫した。




▶#05につづく

 

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