#09

 

 一方のサイドゥ家本拠地、ミノネリラ星系第三惑星バサラナルム、イナヴァーザン城。


 いつになく険しい表情のミノネリラ宙域星大名、ドゥ・ザン=サイドゥは大股で歩を進めるとスライド式の大扉が開き、星大名の一族専用の通信室に入った。部屋の中央には大きなメインスクリーンが備え付けられている。

 スクリーンにはサイドゥ家重臣のドルグ=ホルタが映し出されており、その前にはすでに先に来ていた長男のギルターツが立っていた。「おお、参られたか。ドゥ・ザン殿」と声を掛けるギルターツに構わず、ドゥ・ザンはスクリーンを鋭い目で見据えて、画面の中のドルグに強く問い掛ける。


「どういう事か!!?? ドルグ!!!!」


「はッ…ははッ!!」と畏まるドルグ。


「ノアの船が我が領域に侵入したウォーダ勢に襲われ、ブラックホールに吸い込まれて行方不明…そのような話、俄かに信じられると思うか!」


「恐れながら、ノア姫様護衛役の二名を回収しており、当人らの口から証言を得ております」


「ぬう…」


 ドゥ・ザンは忌々しそうに呻いて、奥歯をギリリと噛み鳴らした。そこに巨漢のギルターツが言葉を挟んで来る。


「ドゥ・ザン殿がここへ来るまでにドルグから聞いた話によれば、襲撃前から御用船に何らかの仕掛けが為されていたらしく、船が『ナグァルラワン暗黒星団域』に差し掛かった際に、船内から船の位置を知らせるビーコンが発信されたとの事だ。おそらく皇都キヨウを出航する時点で、ウォーダ家に内通する者がいたのだろう」


「内通者だと?」


「うむ。先のオーニン・ノーラ戦役終息の折、ウォーダ家は戦費の消耗で疲弊した皇国政府の貴族達に、巨額の経済支援を行っており、皇都在住貴族には一定数の同調者が存在していると聞く…この程度の工作、手を回すのは容易いはずだ。何せ我等サイドゥ家は成り上がり者ゆえ、いまだ有力な皇国貴族の後ろ盾もなく、貴族内で反対する者はおらんだろうからな」


「これは、他人事のように言うものよ」


「そうではない。現実を見ろと言っているのだ。ドゥ・ザン殿」


「なに?」


「俺も妹が可愛いと申したはず。ドゥ・ザン殿ももちろんそうであろう。政略結婚の道具と考えていても娘は娘なのだからな。だが現実的に考えて、ブラックホールに飲み込まれ生還出来るはずはない。であるなら、せめてこの機を利用してこそ“マムシのドゥ・ザン”ではないのか?」


「ギルターツ。おぬしは…」


 ギルターツの半ばあからさまな物言いに、ドゥ・ザンは顔をしかめた。今回の事件を奇貨として、オ・ワーリ宙域侵攻の大義とせよ、と言っているのだ。

 確かに数ヵ月前に、サイドゥ家が支配するミノネリラ宙域はナグヤ=ウォーダ家の侵攻を受けており、痛撃を与えて追い返してはいたが、実質的な成果は得られていない。そして今回のノア姫への襲撃である。立て続けに二度の領域侵入を許しておきながら、何の報復も行わないのは、戦国の世において、星大名としての鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問われる事になる。


 ただドゥ・ザンも戦略眼はひとかたならぬものがあり、慎重になるべき時は決して無理はしようとしない。


「だが、おぬしも知っておるであろう。およそひと月前、隣国シナノーランのタ・クェルダと、エティルゴアのウェルズーギが和睦した話を。となると、タ・クェルダ家が我がミノネリラに軍を向ける事も可能となる。そしてエ・テューゼ宙域のアザン・クラン家…これにも備えておかねばならん」


「ならば、俺が国境線を引き受けよう」


 ギルターツがそう言うと、ドゥ・ザンは少々意外な目をした。ギルターツは武断的な性格をしており、このような場合、後詰より先陣を望むと思っていたからだ。


「おぬしが?」


「ああ。“ミノネリラ三連星”を俺に貸してくれれば、やつらと共にエ・テューゼからシナノーランまでの国境線を封鎖する事が出来るはずだ。前回の打撃が癒えておらぬウォーダ程度なら、ドゥ・ザン殿の中央軍だけでも事足りるであろう」


 “ミノネリラ三連星”とはサイドゥ家家臣の中でも特に有能とされる、リーンテーツ=イナルヴァ、モルナール=アンドア、ナモド・ボクゼ=ウージェルの三人の呼称で、それぞれが高い技量を持つBSIパイロットであり、艦隊司令官でもあった。


「ふむ…」


 ギルターツの具申にドゥ・ザンは思案顔をする。一つの宙域を統治する星大名として、ノアの消失を嘆き悲しむ事と、ミノネリラの戦略的損失をいかに補うかは、分けて考えなければならないのは正論だ。ギルターツの言葉に触発されたかのように、ドゥ・ザンは素早く思考を巡らせて戦略構想を組み立て、ギルターツに応えた。


「よかろう。ドルグが戻り次第、わしの考えを述べよう。あてにしておくぞギルターツ………」





 



「ここは銀河があまり明るくねーな…」




 夜空にかかる、星々が作り出した大河を見上げて、ノヴァルナは呟くように言った。


 正体不明の惑星に不時着しておよそ五時間、陽は完全に沈み、ノヴァルナとノアは森の中で見つけた小さな広場で野営を始めていた。SSP(サバイバルサポートプローブ)の先行調査で、森の中に敵性生物が潜んでいる様子はなかったため、何もない場所で遠くから光を発見される可能性よりも安全だろう、との判断に基づいての野営である。とは言えそれでも広場を警戒センサーで囲み、上空に生命体スキャニングモードのSSPを配置して、万が一の脅威に備えてはいる。


 森の密度はそれほど高くはない。樹木の様子は気候区分から言えば、温帯から亜寒帯といったところであろうか。幹はどれも直径が1メートル以内で、イモ科に近い蔓草が巻き付いていた。

 夜の闇の中には蛍のような黄緑の光を放つ昆虫が所々におり、鳥の一種と思われる生き物の声が時折、木琴を叩くような奇妙な音を響かせて来る。


 広場の中央では、二本の倒木が“ハ”の字に置かれ、その真ん中で焚き火が炎を上げていた。“ハ”の字の倒木の片方に腰掛けたノヴァルナは、サバイバルバッグの中から取り出した非常用携行食の封を開けながら、言葉を続ける。


「俺達のいるのが、元のままのシグシーマ銀河なら、この星は銀河の端の方の辺境宙域かも知れねーぞ」


 そのノヴァルナと焚き火を挟んだ反対側の倒木に腰を掛けたノアは、背中を丸めて上体をかがませ、ゆらゆらと燃える焚き火の炎を無言で見詰めていた。


「………」


 ノアが無言なのは不機嫌なせいではない。頭の中に“もや”がかかっているように感じられ、ひどく眠いからだ。その美しい顔にも疲労の色が濃く滲み出ている。


 それも今日一日で彼女の身に降りかかった事を考えれば無理からぬ事だ。何よりも精神的に受けるストレスは、むしろ気丈なノア姫だからこそ、この程度で耐えていられると言っていいレベルであった。この辺りはさすがに“マムシのドゥ・ザン”と恐れられた、ミノネリラ星大名の娘だと感じさせる。もしこれが温室育ちのただのお嬢様であれば、とうに泣き叫び、取り乱して、人格を崩壊させていたはずである。もっともそれ以前に温室育ちと言うなら、自分からBSHOに乗り込んで、戦場に飛び出して来たりはしなかっただろうが。


 小さくパチパチと音を立てる焚き火から、舞い上がる火の粉をぼんやりと眺めていたノアは、「ほらよ」というノヴァルナの声で、我に返って顔を上げた。そこには立ち上がって歩み寄ったノヴァルナが差し出す、非常用携行食を持つ右手がある。


「ありがとう…」


 特に突っ掛かるような理由があるはずもなく、ノアは素直に礼の言葉を言い、両手で携行食を受け取った。

 携行食は煮込んだ肉のスープ漬けを真空パックにしたもの一個と、クラッカー状の圧縮ブレッドが二枚。真空パックは開封すると化学反応によって温められ、圧縮ブレッドは胃に入ると一枚でロールパン一個分に膨らむ仕組みだ。これに小さなフォークとスプーンが両端についたものが付随される。いずれも軍の標準仕様品で、見た目以上に栄養価は高い。


「今日はそれ全部食っとけ。疲れてそうだし、節約より体力を回復すんのが先決だからな」


 ノヴァルナはそう言いながらサバイバルバッグのところへ向かい、中から折り畳み式の簡易テントを取り出した。筒状になったそれの先端にある小さなレバーを引いて、倒木を置いた“ハ”の字の、広がっている位置に放り投げる。するとその筒状のものは回転して一瞬で広がり、人一人が入れるほどの釣鐘型のテントに姿を変えた。


 ノヴァルナが言った“それ全部食っとけ”の意味は、非常用携行食はノアに渡した1セットで1日分であって、これが3セット―――つまり3日分しかないという事になる。


「それ食い終わったら、これで寝ろよ」


 テントを指差してノアに告げたノヴァルナは、元いた倒木に座り直し、自分は圧縮ブレッドを一枚だけ取り出して口にくわえ、サバイバルバッグの中を再び探りだす。そして行儀悪く、手を使わずに唇だけでブレッドを動かしてかじりながら、その食感に文句を垂れる。


「んだよ、このブレッド。パサパサで何にも味がしねーじゃねーか…こんなの、俺の兵隊達には食わせられねーな。帰ったら業者呼んで、作り直させてやる」


 当たり前のように“帰ったら”と言うノヴァルナに、ノアは思わず「ふっ」と息を漏らして苦笑とも嘲笑ともつかない表情を浮かべた。その笑いを聞きつけたノヴァルナは、怒るふうもなくノアに振り向いて尋ねる。


「なんだよ?」


「ほんと…なんなの? あなたって」


「なんなの…と言われても、俺はノヴァルナ・ダン=ウォーダだが?」


 と、いつぞやのトゥ・キーツ=キノッサのとぼけた返答が頭によぎったノヴァルナは、つい同じように言い放ち、直後に“しまった!”と後悔した。自分的にはいつもの調子なのだが、またノアが怒り出して面倒な事になると思ったのだ。

 しかしノアは怒り出す代わりにあきれたようにため息をつき、「そう」と応じて肩をすくめただけだった。ただ、これはこれでノヴァルナにとって、バツが悪い結果だと言える。そのあとにノアが話題を変えたので、放置された形となったためになおさらだ。


「私をテントで寝かせて、あなたはどこで寝るの?」


「そりゃまあ、その辺りで。警戒センサーにSSPもあるからな」


「だったらあなたがテントで眠れば? あれはあなたのなのよ。外で寝ても安全なんでしょ?」


「それとこれとはまた別の話だろ」


「どうして?」


「それが男の甲斐性ってもんだ」


 ノヴァルナがぽろりと言い放ったその言葉に、ノアは一瞬あっけにとられ、今度は皮肉抜きで「ふふっ…」と笑いをこぼした。オ・ワーリ宙域と隣接する国々にまで、傍若無人の悪名が轟くノヴァルナの口から、“男の甲斐性”などという古風な言葉が出て来るとは、尋ねたノアも思ってもみなかったのだ。

 思いも寄らないノヴァルナの一面の発見に、ノアは少しだけ気力を取り戻した。はじめて年下の少年としてのノヴァルナをからかってみたくなる。


「だったら、テントで一緒に寝る?」


「バーカ。そんな安い女じゃねーだろが、おまえはよ」


 息もピッタリに即答して来たノヴァルナに、ノアは“ああ、そうか…”と思い至った。こういうふうに付き合うのが、この奇妙な若者の扱い方なのかもしれない。確かにこれまで自分の周りにはいなかったタイプである。

 サイドゥ家の姫として育てられ、留学先の皇都キヨウでも学友達は皇国貴族の子弟ばかり。冗談を交わす事はあっても、その会話はどこか上辺だけのもののような気がしていた。それがこの若者は常に本音をぶつけて来るのだ。

 人の心に土足で踏み上がって来るような乱暴な言動は言語道断だが、その本音に引きずられて自分も普段見せないような部分を晒してしまい、腹立たしくなるのである。相手を少し理解できた喜びを隠し、ノアはこれまで通りの怒声で応じた。



「“おまえ”は、やめてって何度も言ってるでしょ!」



▶#10につづく

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