#12

 

「なんだ、こいつは!?」


 ロボットはサヤエンドウに似た紡錘状のボディが二メートル弱。それに四メートルはあると思われる長い脚が六本。先端には鎌のように鋭い爪が二本ついている。全身が真っ黒で、背後の宇宙空間に姿が半ば溶け込む中、両眼だけが不気味に赤い光を放っていた。先程の破壊音の元らしい、大きく砕けたコンソールの上に二本の前脚を乗せて、ノア姫に今にも襲い掛かる気配だ。


 ロボットは銃を構えたノヴァルナを無視し、鋭い鉤爪のついた脚の一つを振り上げ、眼前のノア姫の体を切り裂こうとした。ノヴァルナはブラスターを放ち、その脚を中ほどで吹っ飛ばす。ちぎれた脚は少量の煙をあげてノアの近くに転がった。


「!!!!」


 驚いてノヴァルナに振り向くノア姫。赤いヘルメットは透明部分が鏡面になっており、その中の顔は見えない。ロボットは続けてもう一方の脚を使って、ノア姫を殺害しようとする。再びノヴァルナはブラスターを放った。しかし今度の一撃はボディに命中したものの弾かれる。跳弾となったブラスターのビームは、向こう側のコンソールに小爆発を引き起こした。

 ノア姫は咄嗟に横に転がり、ロボットの鉤爪をやり過ごす。鉤爪は相当な硬度を持った特殊合金製のようで、操舵室の床を易々とえぐり取った。


 ノヴァルナはさらにブラスターの引き金を引いたが、三発放ったビームはいずれもロボットのボディに弾かれる。どうやらボディには対ビームコーティング処理が施されているらしく、拳銃型の小口径ブラスターなどは通用しないようだ。


 アメンボ型戦闘用ロボットは遅れてノヴァルナを脅威と判断したのか、例の鉤爪を振り上げてノヴァルナに襲い掛かろうとする。とそこへ、ノア姫がノヴァルナに体ごと飛び付いて突き飛ばし、二人はもつれ合うように床を転がった。


「何してるのよ! 脚を撃って!!」


 鋭い口調で指図するノア。緊迫した状況下で、さしものノヴァルナも何かを言い返す場合ではなく、戦闘用ロボットの脚を狙って銃を撃つ。ビームはもう一本の前脚と片側の中脚を破壊し、ロボットは前のめりに倒れ込んだ。するとその頭部をノアが足で踏みつけ、ノヴァルナの最初の一撃で切断されていた、ロボットの前脚の鉤爪を使って接合部を切り裂く。バチン!という音とともに接合部から火花が飛んでロボットは機能を停止した。ノヴァルナを突き飛ばす直前に拾っていたのだ。


 動かなくなった戦闘用ロボットに、小さく息をつくノヴァルナ。ところが次の瞬間、ノア姫は大きな鉤爪付きのロボットの前脚を、ノヴァルナの眼前にピタリと突き付けて言い放った。


「銃を捨てなさい!」




 ノア姫のとった行動に面食らったノヴァルナは一瞬だけ唖然としたが、すぐに眉を吊り上げて鋭く反応する。


「はあ!!??」


「はあ?じゃなくて銃を捨てて! 聞こえないの!?」


「いやいやいや! 待てよ。俺はあんたを助けたんだぜ!」


「助けれてないじゃない。最終的に助けたのは私の方でしょ!」


「な!…なんだとぉ!」


「いいから銃を捨てる!」


 強い口調で言ったノアが、先端の鋭い鉤爪を脅すように僅かに突き上げる。腹の中で怒りがふつふつと煮え立つノヴァルナだが、冷静な判断力は失ってはいなかった。自分達が乗り込んだ御用船は、あと十分足らずでブラックホールの超重力圏から脱出不可能になる。

 ノヴァルナはノアの言った通りにブラスターを床に放り出し、両手を挙げた。そしてそのまま肩をすくめて告げる。


「へいへい。わかったから、話の続きは外でやろうぜ。あんただって船がこんな有様じゃ、乗ってる連中はもう手遅れだって、分かってるんだろ?」


 するとノア姫は“手遅れ”という言葉に僅かにたじろぎを見せた。そこに突然ノヴァルナが飛び掛かる。「きゃあ」と悲鳴を上げるノア。だがそれはノヴァルナがノアに襲い掛かったのではない。ノアの背後で再起動した戦闘用ロボットが体を起こしたからだ。倒れ込んだノヴァルナとノアのすぐ脇を、立てないロボットが床に頭を付けたまま突進する。

 床に捨てたブラスターを素早く掴み取ったノヴァルナは、片膝をついて体を起こし、壁にしがみついて立ち上がるロボットの頭部、ノアが今しがた切り裂いた接合部の破孔にビームを撃ち込んだ。そこであれば対ビームコーティングはない。


 爆発と共に、両眼が赤い光を放っていたロボットの頭部が吹っ飛ぶ。ガシャン!とけたたましい音を立てて崩れ落ちる巨大なアメンボのような機体。

 ノヴァルナとノアの二人は息を呑んで様子を窺う。と、ノアはノヴァルナが自分の腰に手を回したままなのに気付いて、その手をピシャリとはたき飛ばした。


「痛ぇなっ!」


 抗議の声を上げるノヴァルナだが、その時、床に転がるロボットの体からホログラムが浮かび上がり、怪しげなカウントダウンを開始する。


“どう考えてもマズいだろ、これは!”


 考えの一致したノヴァルナとノアは無言で一瞬だけ顔を合わせ、慌てて操舵室を飛び出した。直後に閃光が走り、鼓膜が割れそうな大音響と爆風が主通路を走る二人の背後から襲い掛かる。


「うわわっ!」

「きゃあぁっ!」


 叫び声を上げた二人は、BSHOを留めたエアロックへの十字路を行き過ぎ、主通路の奥まで吹っ飛ばされた。ロボットの自爆によって操舵室が大きく破壊されたサイドゥ家御用船『ルエンシアン』号は、爆発の反動で大きく舳先を下げる形となり、漂流角度が変わって計算より早く、ブラックホールへ流れ込む星間ガスの急流に捕まってしまう。

 大きな地震のような揺れが発生し、続いて船内の照明が落ちて非常用の赤色灯が点灯。人工重力も失われて、ノヴァルナとノアは体が宙に浮かんだ。


「てて…」


 宙に浮きながらノヴァルナは、爆風に吹き飛ばされた時に強打した膝頭をさすった。


「何を呑気に言ってるの!」


 一方のノア姫は硬い口調だ。


「人工重力が失われたという事は―――」


「重力子コンバーターが停止したって事だろ?」


 ノアにみなまで言わせず、ノヴァルナは自分達が飛ばされて来た場所の確認をするために、辺りを見回す。そしてパイロットスーツの左手首に取り付けられている、NNLの端末を起動し、外の『センクウNX』のコンピューターとリンクさせた。


「それがどういう事かわかってるの!?」


「どういう事もこういう事も、一巻の終わりってこった」


 そう言ったノヴァルナは、手の平を上にした左手に、船と外の状況を知らせるホログラムを浮かび上がらせてノアに見せる。表示された御用船はすでに星間ガス流に飲み込まれて、ブラックホールの超重力圏内に進入しており、たとえ重力子エンジンが無事でも、脱出は不可能となっていた。


「!!!!」


 鏡面となったヘルメットで中の表情は窺い知れないが、ノア姫は絶望感に包まれたらしく、肩を力なく落とす。


「そんな…」


 呟くように呻いたノア。しかしノヴァルナはノアを相手にせず、NNLのホログラムキーを起動させて、何かを一心不乱に打ち込んでいた。遺書でも認めているのかしら…そんな様子で顔を向けるノア。そこにちょうどキーを打ち終わったノヴァルナが、振り向いて事もなげに告げた。


「さて、こっから逃げるとしようぜ。手伝ってくれ」




【第7部につづく】

 

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