#14

 

 『クーギス党』の移動式根拠地である巨大宇宙タンカー『ビッグ・マム』が、二十年前に彼等の故郷シズマ恒星群を脱出して以来、ドック入りも出来ずに、その場の整備のみで騙し騙し運用して来ており、実際には対消滅反応炉がいつ暴走を起こしてもおかしくはない状態である事は、モルタナも以前にノヴァルナに告げていた。

 それがここMD-36521星系に移動するためにこの三日間、超空間転移を繰り返した事によって、現実のものとなってしまったのである。


「み、みんなは無事なのかい!?」


 センサー担当官に尋ねるモルタナの表情は焦りを隠せない。


「わかりやせん。慣性で探知圏内に流れて来たようです」


 センサー担当の男が応えると、操舵手が指示を求めた。


「敵が両方に向かっています! どうしやす!?」


「こっちは遠隔操作にして、海賊船に乗り移るんだ。『ビッグ・マム』に向かうよ!」


 言うが早いか、モルタナは自爆装置の遠隔操作起動レバーを引いた。






 ノヴァルナは自分が乗るASGULのクロノメーターに目をやる。目標時間まであと12分…だが、このままでは………


「ラン! キノッサ! ついて来い!!」


 ノヴァルナは二人に躊躇いなく命じると、機首を敵艦隊の半数が方向を変えた先―――おそらく『ビッグ・マム』がいると思われる位置に向け、ASGULを急発進させた。不測の事態が起きた時こそ即断即決、“今するべき”と思う事を“すぐに為す”のがノヴァルナの矜持である。機体を一気に最大戦速まで持って行くと、残った部下に指示を出す。


「おまえらはそのまま、カダール達を引き付けておけ!」






「まだ補助推進機は動かねえのか!?」


 『ビッグ・マム』の薄暗い第二機関室で、ヨッズダルガ=クーギスは声を荒げた。第一機関室の重力子エンジンは、事故の起きたメインの対消滅反応炉からの直通ラインでエネルギーを得る方式であったために、その反応炉が完全停止した今、使い物にならない。あとは出力の低い予備反応炉のエネルギーを使用する補助推進機があるが、これが起動しないのだ。

 しかも動かないのは補助推進機だけではない。生命維持系こそバッテリーの非常用電源で作動しているが、それ以外のセンサーや通信機といった主要なシステムもダウンしたままである。


「今、補助反応炉の方で新しいバイパス回路を組んでるところッス! もう繋がると―――」


 修復作業を監督している男がヨッズダルガに告げかけたその時、主電源が復旧し、照明が明るさを増すと同時に補助推進機が起動した。それを確認したヨッズダルガは制御コンソールの通信機に飛び付き、ブリッジと連絡をつける。


「ブリッジ! 補助推進機が動いた! 慣性制御、船を立て直せ!」


 第二機関室へ降りて来たヨッズダルガの代わりに、一時的に船の指揮を執っている部下が「了解です」と応え、次いでモルタナから呼びかけが入っている事を知らせる。それを聞いたヨッズダルガは「こっちに回せ」と命じて、外部通信回線を開いた。


「モルタナか、すまねえ、メインの対消滅炉が―――」


 ヨッズダルガにみなまで言わせず、モルタナの鋭い声が響く。


「そんな話はあとだよ! 敵がそっちに向かってんだ!!」


「なんだと!!??」


「親父達は漂流してる間に、長距離センサーの探知圏内に入っちまったのさ!」


 『リトル・ダディ』から離脱して来る、六隻の海賊船を率いるモルタナは無念そうだった。




「親父…」


「なんだ?」




「降伏しよう」


「!!!!」




しばしの沈黙が過ぎ、モルタナからの通信が沈痛な声で訴える。




「その『ビッグ・マム』が見つかっちまった以上、チェック・メイトさ…これ以上足掻いても、みんなの家族や、ナグヤのにーさん達に被害が及ぶだけだよ…」


「………」


 ヨッズダルガの無言を、移乗した海賊船の艇長席に座るモルタナは同意と受け取った。そうして、クロノメーターを見る。目標時間まであと8分弱…口惜しくないと言えば嘘になる。傍らに浮かんだ戦術ホログラムには、『ビッグ・マム』に向かう敵艦隊を急追する三機のASGULの反応が表示されていた。ノヴァルナ達の機体だ。『ビッグ・マム』を守ってくれるつもりに違いない。

 まるで諦めるという事を知らないかのように、一直線に飛んで行くウォーダ家の若君に、モルタナは苦笑し、感謝の言葉を心に浮かべた。


“ありがとね、ナグヤのにーさん。あんたに逢えて楽しかったよ”


 まずは先に敵に降伏しといて、次に若君にその旨を伝える。でないと、あの若君は承知しないだろうから…モルタナはそう思って、通信担当の部下に敵の旗艦と連絡を取るように命じた。


 敵の旗艦との通信回線が開くまでの間、モルタナは改めて自分自身に対し、頭の中で己の覚悟を言い聞かせた。

 父親のヨッズダルガと自分は、『クーギス党』とその家族の身の安全とを引き換えに、落とし前としてここで命を絶つ事になっても構わない。最後まで面倒を掛けてしまうが、あとをあのナグヤの若君に託せば、敵対しているとはいえ同じ星大名のウォーダの一族である以上、敵の司令官も武人として無下には出来ないはずである………


 だが、肝心の海賊船と敵旗艦との通信回線が一向に繋がらない。


「お嬢」コンソールを操作する通信担当官が困惑した声で振り向く。


「なんだい?」


「敵の旗艦との回線が繋がりません」


「どういう事さ?」


「こっちからの連絡は届いているはずなんですが、向こうが回線を繋ごうとしないんです」


 通信担当官の言葉にモルタナは眉をひそめた。


「なんだって?…それはつまり、奴等がこっちの呼びかけを無視してるって事かい?」


「はい。何度もコールしてるんですが」


 その直後、センサー担当官が顔色を失って声を上げる。


「ビ、『ビッグ・マム』を追撃中の敵艦発砲!」


「!!??」


 黒い瞳のモルタナの目は、驚愕に大きく見開いた。






「敵艦発砲!」


 接近中の敵が発砲した事は、当然『ビッグ・マム』でも探知している。ヨッズダルガに代わって船の指揮を執っている男は、連絡の余裕はないと判断し自分で急速回頭を命じた。『ビッグ・マム』が左舷に船体を傾けた直後、敵のビームが舷側を掠め、火花とともに破片をまき散らす。


「うわぁっ!」「きゃぁあっ!」


 ズシンという地震のような振動が、『ビッグ・マム』の船倉内に造られたバラックの“町”を揺らし、住民達を怯えさせた。


「ブリッジ、状況は!?」怒鳴るヨッズダルガ。


「右舷の外殻に被弾! 大気が流出しましたが、区画は封鎖済みです!」


「敵への降伏申告は!?」


「お嬢がやってますが、敵は受信を拒絶している模様!!」


 ヨッズダルガは「クソっ!」と罵ると、怒声混じりに命じた。


「とにかく、いま出せるだけの速度を出せ! 少しでも敵との距離を開けろ!!」


 オレンジ色の重力子リングが輝いて、急加速した『ビッグ・マム』に、敵艦が放った二発目のビームが至近弾となって追いすがる。


 『クーギス党』の移動式根拠地『ビッグ・マム』を追う、イル・ワークラン=ウォーダ軍の重巡『ジルミレル』の艦橋で、カダール=ウォーダの側近は冷酷な目をメインスクリーンに向けていた。その傍らに通信士官が歩み寄る。


「海賊共から、通信の呼び掛けが続いておりますが…」


「構わん。無視しておけ」


 通信の内容が降伏の申し入れである事を察している側近は、無表情で応じた。『クーギス党』をナグヤのノヴァルナもろとも殲滅するのが、カダールからの命令であるからだ。さらに通信士官は続ける。


「ロッガ家のベルカン准将からも、呼び掛けが入っておりますが…」


 側近は僅かに顔をしかめた。ベルカンは今、最初からいた方の海賊の母船を追っている。


「応答したのか?」


「いえ。『クーギス党』同様、回線はまだ繋いでおりません」


「よし。先にカダール様と連絡をつけろ。ご判断を仰ぐ」






 指揮を執るノヴァルナが離脱したあとのASGUL隊に対し、『セイランCV』を操るカダールは、次第に対応するようになっていた。牽制射撃を行おうとするASGULに、位置関係を読んだカダールの『セイランCV』が先んじて超電磁ライフルを向ける。


「逃げろ、ヤーグマー!」


 ロックオン警報の鳴るヤーグマーのコクピットに、仲間のモリンの声が響き、ヤーグマーは咄嗟に操縦桿を引いて機体を翻した。


「クソっ!」


「奴め、こっちの動きを掴んで来てやがる!」援護に入ろうとするハッチは顔をしかめる。




「馬鹿が。小細工を労そうと、ASGULとBSHOとの性能差は、如何ともし難いわ!」


 逃げ回るASGULを嘲るカダールの元に、『ジルミレル』の側近から連絡が入った。他でもない、『クーギス党』の降伏申告とロッガ家のベルカンからの連絡の件だ。それを聞いたカダールは、片方の眉を吊り上げて満足そうに応じる。


「うむ。上出来だ。上手い具合に『ジルミレル』は、海賊の魚雷を一本受けている。ベルカン准将には、その魚雷の影響で通信システムが予備も含めてダウンしていた…と、奴等を皆殺しにしたあとで告げればよい」


 やはりカダールは、こういった事に悪知恵が働くようであった。


“ククク…ノヴァルナめ。色々と手を煩わせてくれたがここまでだ。逃がそうとしていた本物の母船が見つかった以上、すり潰してやる”



▶#15につづく

 

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