#07

 

「卿達!いずくの家中の者かは知らぬが、乗船許可なく我等が船に踏み込むは、開戦の覚悟あっての事であろうな!?」


 そう告げて黒服姿のSPの背後から現れたのは、暴走する馬車からフェアンの命を救った少年――口調こそ違うものの、紛れもなくナギであった。傍らに彼を公園に迎えに来た初老の男を従えている。


「開戦だと?」


 ナギの思わぬ言葉にたじろぐ陸戦隊員。その隊員が「何をふざけた事を―――」と嘲ろうとすると、ナギの隣の老臣が「無礼者!」と大喝し、続ける。


「こちらにおわす方をどなたと心得る!? オウ・ルミル=ノーザ星大名、アーザイル家がご嫡男、ナギ・マーサス=アーザイルにあらせられるぞ!! わきまえよ!!!!」


「!!!!!!」


 それを聞いた陸戦隊員は顔色を失った。ハッ!と気付いて船内に踏み込んでいる自分の右足に目を落とし、慌てて飛びずさる。その後頭部が後ろにいた仲間の鼻を痛打し、仲間の男は鼻を押さえて姿を消した。


「ア、アーザイル家…」


 アーザイル家はオウ・ルミル宙域の一部、ノーザ恒星群で独立管領から星大名化した新興勢力で、表面的にはロッガ家に従属しているが、陰で隣国エ・テューゼの星大名アズン・グラン家の支援を受け、独立を目論んでいると言われている。

 ロッガ家が水棲ラペジラル人を奴隷に使役し、不正産出した『アクアダイト』で莫大な利益を得ているのも、このアーザイル家の台頭を抑えるのが目的のうちであった。


 晴天の霹靂ともいえる話に愕然とする陸戦隊員に、老臣は強い口調で追い込むように尋ねる。


「さよう!この船はアーザイル家所有の御用船。舷側の家紋が目に入らなんだか!?」


 老臣に詰問され、陸戦隊の男達は通路に飛び出した。流線型の恒星間クルーザーの舷側には確かに、中に輝く銀河を封じた縁起物の亀甲が三つ組み合う、『三盛亀甲銀河』のアーザイル家家紋が鮮やかな緑色で描かれている。マリーナ達を追っている時は、手前の宇宙船に隠れて見えなかったのだ。


「その様子。我が家紋を見落としていたようではあるな」


 そう言ってナギは搭乗口に立ち塞がった。ドーム都市『ザナドア』は中立宙域に位置しているが、船舶の内部は所属国の領土であり、許可なく侵入するのは領土侵犯と同じ意味だった。ナギが開戦の覚悟はあるのか?と問い質したのは、そういった事を踏まえてである。


「今なら、卿らが勝手に我が船内に足を踏み入れた事は、不問に付そう。このまま帰りたまえ」


 ナギの口調はフェアンと語らった時の、優しさに満ちたものとは全く違い、権威を纏った冷淡さを感じさせた。彼もやはり星大名の一族であるとわかる。しかし陸戦隊員も引き下がる事は出来ない。路面電車を追った隊員に、死傷者まで出しているのだ。


「わ、我々は先程、この船に逃げ込んだ連中を追っているだけの事!こちらに引き渡して頂きたい!」と陸戦隊員。


「お断りする」ナギの言いようはにべもない。


「それは如何なるご所存か!? 奴等は招き入れ、我等は拒否するとは不公平というもの!」


 陸戦隊員は怒りを押し殺した声で問うが、ナギはわざとらしく首をひねってはぐらかす。


「さて、これは異なこと。何か勘違いをされているようだ」


「い、異なことと申されるか!?」


 激発寸前の陸戦隊員に、ナギはせせら笑うように応じた。


「彼等はアーザイル家の客人として、この船に招待した者達。招き入れて何の問題があると言うのか?」


 それを聞いた陸戦隊員はギリリと歯噛みする。高圧的に応じるナギが、まだ少年である事がいっそう口惜しいようだ。どうにかして逆転する手はないものか―――陸戦隊員の目が激しく動く。そして何かに思い当たったらしく、大きく見開いてナギを睨みつけた。急き込むように詰問する。


「で、ではなぜ!先程我等に、探照灯の光を浴びせられた!? 船外は中立地帯につき、そのような妨害こそ戦争行為に該当するのでは!!??」


 それこそこの駐機場に辿り着いたマリーナ達が、自力でフェアンが待つナギの宇宙船に、駆け込まなければならなかった理由であった。大使館に亡命するのと同じで領土の外、つまり船外でナギ達からマリーナ達に助力する事は、外交問題にもなりかねない行為だ。

 そして実際には、ナギの船から放たれた探照灯のビームが、マリーナ達を捕らえる寸前だった陸戦隊員達の視力を奪って、逃走を手助けしたのである。陸戦隊からすれば当然追及したい所だった。


 しかしナギは全く動じない。傍らに控える老臣に、まるでノヴァルナがするように、とぼけた調子で尋ねる。


「シューゼン、聞いたか?探照灯だそうだ。何かあったか?」

 

 するとシューゼンと呼ばれた老臣も、ナギと調子を合わせて呑気そうに応えた。


「おお。そう言えば…間もなく発進につき、点検をしておったところ、航宙士達が探照灯の具合がおかしいと申し、何やら接続チェックをしておったようですが…その光がたまたまお目に入ったのでは?」


 それに対し、ナギは「ほう」とわざとらしく反応し、陸戦隊員達に顔を向ける。


「聞いての通り、“たまたま”だそうだ。不可抗力なら仕方はあるまい?」


 だがそのような言葉に、陸戦隊が納得するはずもない。


「たまたまだと!? 何を白々しい…」


 するとナギはこれが最後通牒とばかりに、語気を強めて突き放した。


「不満があるならば官姓名を名乗り、正式な手続きをもって、正々堂々と抗議するがよかろう。いずくかの家中かも明かさずに我を通すは、盗賊に同じ!これ以上強硬な態度を取るなら、こちらは一戦も辞さん!!」


 落ち着いてはいるが、ナギの言葉には切れ味の鋭い、刃のような響きがある。星大名の少年の眼光の前に、陸戦隊員達は怯まざるを得なかった………







 それから程なく、アーザイル家の恒星間クルーザーは、ドーム都市『ザナドア』の地下駐機場から宇宙港の発着口を抜け、夜空に舞い上がった。折りしも外は『虹色流星雨』の真っ只中である。


「わぁ。きれーい!」


 広く、大きな透明金属の窓が嵌められた、クルーザーのキャビンで、フェアンは窓際に立って無邪気な感嘆の声を上げる。隣には姉のマリーナがおり、人相の悪い犬の縫いぐるみを、両腕で抱いていた。そしてそこからやや離れた後ろには、イェルサスとマーディン、ササーラが並んでいる。


 とそこへ、発進工程を終えたナギが、例の老臣と三十代はじめと思われる赤毛の青年を伴って、キャビンにやって来た。ナギの姿を認めたフェアンが、親しげに片手を上げて呼ぶ。


「ナギー!」


 その声に顔を向けたナギも、また出逢った時の優しい笑顔で応える。


「フェアン」


 呼び返されて笑いながらナギに歩み寄って行く妹を、マリーナはキョトンとした顔で思わず二度見した。妹が自分をファーストネームの“フェアン”と呼ばせているのは、兄のノヴァルナだけのはずであったからだ。


 ナギが陸戦隊員を追い払っている間に、フェアンから事情を聞いていたマーディンとササーラは、慌ててナギに駆け寄り、片膝をついて礼を述べる。


「こ、この度は、我等が姫をお助け頂き―――」


 するとナギは陸戦隊員を相手にした時と打って変わり、困惑気味の温厚な笑顔で、柔らかに制した。


「あああ、気にしないで下さい。人を助けるのに、理由や身分なんて関係ありませんから」


「は?はあ…」


 ナギにそう言われて、マーディンとササーラは唖然とした表情で顔を上げた。言っている内容より、星大名の嫡男でありながら、他家のそれほど身分の高くない自分達に対しての、物腰の柔らかさに驚いたのだ。


 そこにやや遅れてやって来たマリーナが、犬の縫いぐるみをイェルサスに預け、静々とナギの前に進み出てゴスロリ調のスカートの裾をつまみ、上品かつ優雅に軽くお辞儀をする。ナギの隣にいるフェアンが唇を尖らせて少し悔しそうなのは、姉のこういったところが、自分にはまだ上手に出来ないからだ。


「ナギ殿下。お初にお目に掛かります。ナグヤ=ウォーダ家長女、マリーナ・ハウンディア=ウォーダにございます」


「マリーナ姫。お会い出来て光栄です」


 ナギも笑顔で軽く会釈する。


「殿下のご見識は素晴らしいと思います。ですがここはやはり礼を述べさせて頂きたく思います。なぜならば、我が妹フェアン・イチ=ウォーダはわたくしと、我等がナグヤ=ウォーダにとって、かけがえのない者にございますれば…」


 マリーナにそう言われて、ナギも満面の笑みで応じた。


「そういう事でしたら、謹んで」


 再び会釈するマリーナ。ただマリーナは会釈を終えて顔を上げると、ナギの隣にいるフェアンに眉をひそめて、“それはやめてちょうだい”と小さく首を振る。今の姉の言葉に嬉しくなったらしいフェアンが、瞳をキラキラさせてこっちを見ており、ノヴァルナにするように愛情全開で抱き着いて来そうだったからだ。


 やがてマーディンとササーラは、ナギの二人の家臣に呼ばれて、キャビンの奥で何事かを話しはじめ、フェアンはナギと一緒に窓の前で外の『虹色流星雨』を眺めてゆく。

 

 手持ち無沙汰になったイェルサスは、お茶の入ったカップを手に、少し離れてポツンと立っていたが、不意に背後から「トクルガル殿」とマリーナの声がかかった。


「はっ、はいっ!?」


 またマリーナに何かで怒られるのではと、おっかなびっくりで振り返るイェルサス。ところがマリーナは優しく微笑み、ソファーに座る自分の右隣を手で軽く、ゆっくりと叩いていた。つまり“ここへいらっしゃい”というお誘いである。思ってもみなかった展開で呆然とするイェルサスに、マリーナは落ち着いた口調で告げる。


「女性を守るために頑張った殿方には、当然与えられるべき資格です、トクルガル殿。さ、ここで一緒に『虹色流星雨』を観賞致しましょう」


 マリーナが言っているのは、路面電車で陸戦隊員に麻痺警棒で殴られそうになった時、勇気を出したイェルサスの、意外な格闘術の高さによって救われた一件であった。フェアンと無事再会出来た事で、イェルサスにも“ご褒美”が回って来たというわけだ。


「ど…どどどど、どうも…」


 盛大に口ごもったイェルサスは、まるでゼンマイ仕掛けのロボットのオモチャのように、ぎこちなくマリーナの隣にやって来て腰を下ろす。マリーナはそんなイェルサスの純朴さに、クスリと笑みを漏らした。


 アーザイル家のクルーザーは、惑星サフロー静止軌道上で彼等を待つ、恒星間航行DFドライヴブースターとドッキングするため、上昇を続ける。

 役目を終えたマリーナとフェアンは、降りしきる虹色の流れ星を瞳に映し、共に兄ノヴァルナに想いを馳せた………



“どうか、ご武運を………”




▶#08につづく

 

 

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