#10

 

 路面電車とはまた、この時代にそぐわない古めかしい乗り物であったが、無論これも観光ドーム都市『ザナドア』の、演出の一つである。黄銅色で後方にオープンデッキを設けた、全長が10メートル程の電車は、人が走るよりやや早い速度で、道路の中央部を進んで行く。

 だが電車の中身は最新テクノロジーのはずで、ともすれば、車輪が地上数ミリの高さの位置で回るだけで、実際は宙に浮いている反重力車の可能性が高い。


 そして交通機関の演出としては、道路を行き交う古めかしい乗り物は路面電車だけではない。相当数の二頭立て馬車が見掛けられるのである。

 ただしこちらもイミテーションであり、反重力は使用せずに地上走行をしてはいるが、その代わりに馬はロボットとなっている。


 するとマリーナと並んで進むフェアンが、視界前方の広い十字路に、交差車線から向かって来る、一台の路面電車を指差して告げる。


「マリーナ姉様。あれ、“ワンダーグリム行き”って、書いてあるよ!」


 “ワンダーグリム”とは、この『ザナドア』のアミューズメントパークの名称だ。路面電車の前面に取り付けられている行先表示板には、銀河皇国公用語で確かにそう書かれている。


 交差点の信号が全て赤になり、優先権を持つ路面電車がゆっくりと進んで来た。その進行方向を向くと、交差点を越えた少し先に、道路の中央分離帯を拡幅してプラットホームにした、駅がある。『エデスタ三番街』という駅名の看板が上がるそのホームには、十人程の人間が電車の到着を待っていた。


「急いだら間に合うよ!!」とフェアン。


 それを受けて、ササーラが強い口調で言った。


「乗りましょう!」


 ササーラの判断は、路面電車に乗る際に追手に姿をさらす事にはなるが、少女二人を連れた足ではいずれ追いつかれてしまうのは確実であり、それならば逆に道の中央を走る電車に乗ってしまった方が、対処もしやすいと考えたからだ。

 ササーラは歩道の端へ来ると、「失礼」と丁寧な口調ながらも些か強引に、前を行く観光客の列を押しのけ、信号待ちで流れの止まっている道路に、マリーナとフェアンを促した。周囲に人がいなくなった事で、マリーナは妹のフェアンの手を引いて走り出す。

 

 だが二人の少女が車道に出た直後、その後ろをついて来ていたイェルサスに問題が起きる。

 

 ウォーダの姉妹に続いて車道に出ようとしたイェルサスは、脇から歩いて来た、緑色をした卵に縦に伸びた頭と、細い手足が付いたような異星人の一団に足を取られて、大きな鞄を両腕に抱えたまま転んでしまったのだ。

 『パルペット星人』と呼ばれる彼等は、低身長で高くても1メートル強ぐらいしかなく、前だけ見ていたイェルサスの視界に入らなかったのである。十人が固まって歩いていた彼等は、イェルサスに突き飛ばされて、半数の五人がボーリングのピンのようにひっくり返った。


 跳ねるように立ち上がった五人のパルペット星人は、転ばなかった五人と共に、車道に尻餅をついたままのイェルサスに、皇国公用語ではなく自分達の種族の言語で抗議する。


「マシック アック! ラクタック!!」


「ミリック ハクアク ラクタック!!」


「うわわ。ごめんなさい」


 鞄で手が塞がった状態で転んだために路面にぶつけたのか、額と鼻の頭を赤くしたイェルサスは、焦った顔で反射的に謝った。もちろん彼等が何を言っているかは理解出来ない。

 そのイェルサスの右腕を、マーディンが後ろから“何をやってるんだ”とばかりに抱えて立たせ、「構ってないで!」と走らせた。その先の駅のホームにはすでに、乗り込むべき路面電車が到着しようとしている。


「トクルガル殿!」


 マリーナがホームの上からイェルサスを呼び、フェアンもその隣で「イェルくん、はやく!」と、小さく飛び跳ねながら手招きしていた。

 一方で自分達を転ばせたイェルサスに、無視される形になったパルペット星人達は、歩道の端に並んで怒鳴りだす。


 ところがその十人のパルペット星人達は、再び背後から突き飛ばされてボーリングのピンのように転がった。両端の四人だけが助かり、ちょうど“スプリット”の並びになる。

 

 彼等を転ばせたのは、追ってきたイル・ワークラン=ウォーダ家の陸戦隊であったが、これも同様に足元にいたパルペット星人達に気付かず、マリーナ達を路面電車の駅に発見し、追いつこうとしてひっくり返ったのだ。しかもその後ろから来た陸戦隊もつまずき、将棋倒しになる。


 巻き込まれたパルペット星人達にとっては、迷惑この上ない話だが、そのおかげでイェルサスとマーディンは駅に駆け上がり、マリーナ達と合流する事が出来た。

 

 さらにその直後、交差点の信号が青に変わり、反重力車や馬車が一斉に動き出すと、追手の陸戦隊と駅までの間を塞ぐ。一人の陸戦隊員が強引に道路を横断しようとしたが、大型のトラックがけたたましくクラクションを鳴らして、その隊員を歩道へ追い返しながら通り過ぎた。

 そしてまだ歩道には、怒れる十人のパルペット星人がいて、堪忍袋の緒が切れたらしく、小柄な彼等は私服姿の陸戦隊員達の向こうずねを、次々に蹴飛ばし始める。これではマリーナ達の追跡どころではない。

 

 その間にマリーナ達は路面電車に乗り込む事が出来、電車はすぐに動き出した。


 パルペット星人を振り払いながら、なおもこちらを追いかけようとしている敵の陸戦隊を、ササーラは路面電車後部のオープンデッキから、厳つい顔を引き締めて見詰める。

 そしてササーラの傍らでは、マリーナがイェルサスを叱っていた。


「トクルガル殿。もっとしっかりして頂かないと困ります」


「は…はい。ごめんなさい」


「貴方は、ノヴァルナ兄様が見込んだ方なのですよ。もっと自信を持って」


「はい…」


 ますますしゅんとするイェルサスに、フェアンが横から、笑いを交えてからかう口調で言い放つ。


「あはは。イェルくん…なんか、奥さんのお尻に敷かれた、旦那さんみたい」


「ぅえっ!?」


 いろんな意味で絶妙なフェアンの言葉に、イェルサスは跳び上がって振り向いた。その顔がみるみる赤くなる。マリーナもフェアンを振り向くが、こちらは機嫌を損ねた顔だ。


「また貴女は…そういう低俗な言い回しを、いったいどこで覚えて来るのかしら?」


「ぅえっ!?」


 マリーナに睨まれて、フェアンはイェルサスと同じような声を上げた。まさか自分に飛び火するとは思わなかったらしい。


「きっと兄上のせいね。あまり悪影響ばかり受けるようだと、母上に言って、兄上との距離を開けるように、計らってもらわないと…」


 マリーナがそう続けると、フェアンは慌てて取り繕う。


「そんなのやだやだやだ!ごめんなさい。姉様!」


 兄のノヴァルナと遊べなくなるのは、フェアンにとっては死活問題であった。したがってマリーナには、お転婆な妹を即効で大人しくさせる特効薬でもある。


 ただ彼女達の置かれた状況は、あまり冗談を言っている場合ではなくなって来た。


 ササーラとマーディンが、オープンデッキに並んで見るその先では、広い歩道を削り取ったように設けられている馬車停めに、パルペット星人を振り切った陸戦隊員達が飛び出し、そこに停め置かれてあった馬車の一台を奪ったのだ。


 その馬車はタクシーであり、アンドロイドの御者によって、昔ながらの馬車同様に、直接動かされる仕組みとなっているのだが、陸戦隊員の一人がそのアンドロイドの御者に襲い掛かって、馬車から突き落とすと、ロボット馬の手綱を握った。

 それに続いて九人の陸戦隊員が、座席へ山積みに飛び乗った馬車は、明らかな定員オーバーで、ガラガラと重そうに車輪を響かせて走り出し、車道へと強引に割り込む。


 すると車線を後ろから来ていた、反重力駆動の小型トラックが、追突しそうになって慌ててハンドルを切り、隣の車線を走る、ダチョウのような姿のハルピメア星人のカップルが乗ったオープンカーと接触した。

 小型トラックは接触のはずみで横転し、荷台に積んであった果物類を車道にぶちまける。

 一方のオープンカーは反対車線に飛び出し、対向車をどうにかかわしたものの、今度は向こう側の歩道に乗り上げて、そこにあったホットドッグの屋台に突っ込んでしまった。


 ケチャップとマスタードまみれになり、よろめいてオープンカーから降りてくる、ハルピメア星人のカップルの姿にフェアンが「あちゃー」と呟きながら、“あれ?…あの二人、前にもどこかで会ったような気が…”と眉をひそめる。

 

 だが事態は切迫しており、小隊の半数―――十人の陸戦隊員を乗せた馬車は、今の小型トラックの起こした事故で、後ろからの交通の流れが止まった車道をひた走ると、フェアン達の乗る路面電車との距離をみるみる詰めて来た。オープンデッキでマーディンとササーラが身構える。この先のアミューズメントパークで迎え撃つ予定だったが、どうやら大幅な修正が必要なようだ。


 ところが、一定の速度でしか走らない路面電車にギリギリまで幅寄せした馬車は、加速を続けて一旦電車の前に出た。そして速度を緩めて路面電車の前側の方の乗降口の位置で並走し、そちらから陸戦隊員が飛び移り始めたのである。

 電車には当然一般客も乗っており、固唾をのんで成り行きを見ていたのだが、これで一気に車内が騒然となった。


 馬車を操るために一人を残し、九人の陸戦隊員は路面電車に乗り込むと、その無法ぶりを注意しようとした観光客らしい男性を、先頭の隊員がいきなり殴りつけた。他の乗客達を威嚇するためだ。

 実際にそれは効果があり、殴られた男性が気を失って倒れるのを見て、あとの乗客達は驚愕の表情のまま凍り付く。

 ただ路面電車は無人の自動運転となっており、このような騒ぎが起きても停止しなかった。車外センサーが進路に障害物を感知しない限りは、誰かが非常停止ボタンを押さないと停車しない仕組みで、誰もが恐怖に駆られて、そこまで頭が回らない状況となっている。


「マーディン、姫様達を頼む!」


 ササーラは強い口調で告げて、車内をこちらへ向かって来る陸戦隊員へ突進した。

 すると先頭の陸戦隊員は、腰を落として上着の懐から、剣士が腰の剣を引き抜く要領で、棒状のものをササーラめがけて突き上げて来る。高圧電流で相手を麻痺させる、伸縮型の麻痺警棒(スタン・ナイトスティック)だ。


 しかしササーラは『ホロウシュ』の中でも、格闘術では最強である。相手の動きを素早く読むと、手首を返した拳で、突き上がって来る警棒を握った腕に一撃を加え、これを難なく叩き落した。そしてもう一方の拳で、愕然となった相手の側頭部を殴打し、ノックアウトする。


 その背後から別の陸戦隊員!こっちは麻痺警棒を両手で握って、短刀のように真っ直ぐ構え、ササーラの真正面から襲い掛かった。

 ササーラは身をかわして相手の手首を両手で掴み、顔面に頭突きを喰らわす。ゴン!という鈍い音とともに「ギャッ!」と悲鳴を上げた陸戦隊員は、あおむけにのけ反って倒れ込んだ。

 しかも腕を跳ね上げた拍子に、斜め後ろにいた仲間の首筋に麻痺警棒を触れさせてしまい、不運なその仲間は、頭突きを喰らった男以上の大声で絶叫して意識を失う。


 ササーラが一筋縄ではいかない相手、と認識した陸戦隊の男達は、数歩下がって身構え直した。それと同時に最後尾にいた二人がハンドサインで示し合い、ガラスのない窓枠の縁に手をかけて車外に身を乗り出すと、屋根によじ登る。

 二人の屋根の上を走る足音が車内に響き、ササーラは後ろを振り向いて警告した。


「行ったぞ!マーディン!!」


 その隙を突いて飛び掛かってきた陸戦隊員を、ササーラは振り返る事無く、太い腕だけを後ろに振り回して殴り飛ばした。



▶#11につづく

 

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