#06

 


 

「ラペジラル人の売り買いを、ウォーダ家が仕組んだとは、どういう事だ?」


 真顔で睨み上げるノヴァルナに、指を差したままのヨッズダルガの怒声が続く。


「何をぬかしやがる!今更シラを切ろうってのか!?ガキだから知らねぇたあ、言わさねぇぞ!!!!」


「うるせーオヤジだな!!身に覚えがねーもんは、ねーんだよ!!」


 またひと荒れしそうな雲行きに、ランとハッチがノヴァルナの前へ来ようとした。

 しかしそれより先にモルタナが再び、ヨッズダルガの頭をゴン!と殴る。


「だから!話はあたいに任せなっつってるだろ!!」


「てめ、娘のくせに、さっきから親の頭をゴンゴン、ゴンゴン…」


「ゴンが二回のゴンゴンだけ!繰り返すほど殴っちゃ、いないだろ!!!!」


「ぐぬ!………」


 男の方が口喧嘩に弱いのは、どこの世界でも同じなのか、ヨッズダルガは言葉に詰まった。

 モルタナはノヴァルナに振り返り、苦笑して告げる。


「悪いね、にーさん。親父のヤツ、あんたらウォーダ家の人間を、ひとまとめにして考えてるから、よく分かってないのさ」


「と言うと?」


「この闇取引に関わってるのは、オ・ワーリ=カーミラ星系のウォーダ家さ」




 オ・ワーリ=カーミラ星系のウォーダ家とはすなわち、もう一つの宗家、カーミラ星系第三惑星マズルのイル・ワークラン城を本拠地とする、イル・ワークラン=ウォーダ家である。

 イル・ワークラン=ウォーダの現当主はヤズル・イセス=ウォーダ。それを補佐するクローン猶子のブンカーと、ヤズルの息子カダールと共に、オ・ワーリ宙域の皇都方面を統治しており、キオ・スー=ウォーダ家との協議によって、オ・ワーリを運営していた。ただし順位的には、兄筋であるイル・ワークランの方が上となる。


 ブンカーの『クローン猶子』とは、聞き慣れない言葉だが、これは星大名の家督継承権を持つ嫡男から作り出される、クローン人間の事を言う。

 それはこの時代に出現した新種の病気、『劇変病原体性免疫不全』により、壮年期を迎えるまでに急逝する人間が、社会的地位の高い層に続出し始めた事で、特に星大名の間で発生した慣例だった。

 『クローン猶子』の登場は、星大名において継承権の問題を複雑にさせたが、それ以上に血筋が絶える事を恐れたという、『新封建主義』の先祖帰りを示す一面である。


「ふふん。そうか…イル・ワークランの連中かよ」


 挑戦的な笑みを向けるノヴァルナに、モルタナは「やっぱりね」と頷き、さらに言葉を続ける。


「あんたらウォーダ家が、実際にはいがみ合ってる事は、あたいらも掴んでるけど…この話にゃぁ、にーさんのナグヤは関わってないようだね」


「ったりめーよ。だから身に覚えがねーって、言ってんだ…んで?何がどーなってんだ?」


 ノヴァルナの問いに応えたモルタナの話では、事の発端はオウ・ルミル宙域の中央に広がる、大暗黒星雲『ビディ・ワン・コー』の中に、超稀少鉱物『アクアダイト』を含んだ海を持つ、大型海洋惑星オクシアを従えた星系が、新たに発見された約二年前に遡る。

 このオクシアでのアクアダイト生産に、モルタナ達クーギス家の故郷、惑星ディーンの水棲ラペジラル人が、奴隷として使役されているのだ。


 だがヤヴァルト銀河皇国は、戦国時代を迎えて混迷しているとは言え文明社会であり、他種族…特に銀河皇国に参加出来るレベルに達していない種族を、奴隷化する事は厳しく禁じている。

 このため、ディーンの水棲ラペジラル人は、表向きは奴隷ではなく、元からオクシアに移住していたラペジラル人で、ロッガ家は不干渉であると公表されていた。


 しかし無論それには、惑星ディーンでのラペジラル人狩りから、オクシアへの輸送までを秘匿する必要がある。

 ただ本来ならイーセとオウ・ルミルは、宙域を隣接しており、輸送の問題は比較的難しくないように見えるのだが、その隣接部付近は、ナナージーマ星系を拠点とする、イーゴン教団の勢力圏となっていたのだ。


 ナナージーマ星系はどちらかと言えば、ロッガ家と敵対的な、ミノネリラ宙域のサイドゥ家寄りで、協力を求め難い。そこでイーセのキルバルター家と、オウ・ルミルのロッガ家の間に入ったのが、イル・ワークラン=ウォーダ家だった。


 イル・ワークラン=ウォーダ家は、両家と密約を交わし、捕らえて冬眠状態にした水棲ラペジラル人を、特製コンテナに詰めて定期航路の船に載せ、中立宙域内の観光惑星サフローで、オウ・ルミル側の輸送船に積み替えていたのである。




「いやしかし…ラペジラル人さ、強制的に連れて来といて、元からそのオクシアっていう星に移住してたとか言うの、無理があんじゃね?」


 モルタナから一通りの説明を聞いたノヴァルナは、僅かに首を傾げて疑問を述べた。


 それに対し、モルタナは眠ったままの水棲ラペジラル人の入った、冬眠装置を指差して応じる。


「それは、このコンテナ…冬眠輸送中に、ラペジラル人の記憶を、書き換える機能があるのさ」





「へぇ…そっか」


 間を置いて軽く返事をするノヴァルナだったが、その表情には軽さがない。




“ノヴァルナ様…怒ってらっしゃる?”




 狐の耳を微かに揺さぶり、そんな感じを抱いたのは、傍らでモルタナとノヴァルナの会話を聞いていた、ラン・マリュウ=フォレスタであった。

 人の逆を行きたがる自分の主君が、時に感情の高ぶりを、あえてサラリと流すように現すのは知っている。


 ある日突然捕えられ、目覚めた時には強制的に異郷の住人にさせられたという、認識もないまま、偽りの記憶で奴隷としての生活を、当たり前のように受け入れるであろう、目の前で眠るラペジラル人の不遇さに、怒りを覚えたのかも知れない…


 そう思ったランの隣で、イェルサスが躊躇いがちに、誰にという事なく問い掛けた。


「でもなんでそうまでして、ラペジラル人を連れていくのかな?…普通に必要な数だけ、アクアダイトの抽出プラントを作ればいいはずだよね?」


 それに冷めた口調で応えたのは、キノッサである。


「秘密施設ってヤツですよ」


「秘密施設?」


「アクアダイトの産出量を、事実より少なく申告して、差引分を裏利益にするためのね」


「本当なのかい?」


「ええ…たぶん。アクアダイトみたいな超稀少鉱物の産出量は、星帥皇府の監査を受けた上で申告し、新封建主義の屋台骨たる厳格なコンピューター管理の元で、正確に公表される…これをかい潜るには、非公式の抽出プラントを造る必要がある…ってね」


 それを聞き、ハッチが“よくわからん”とばかりに、赤髪の頭を手で掻きながら尋ねる。


「その秘密施設と、水棲ラペジラル人がどう関わるんスか?」


 その質問に師匠であるランが応えだすと、ハッチは慌てて直立不動となった。


「抽出プラントを余計に造るとなると、その分の資材とかが必要でしょ?でも、アクアダイトの抽出プラントみたいな特殊ものを洋上に造ると、すぐに分かる。海中に造るとなると、空気を吸う人間が生活するために、巨大な施設を余分に造らなければならない…それにどちらも人間が働く以上、どこかで近隣諸国に話が漏れる…あとは分かるわよね?」

 

「はあ…」


 飲み込めない様子で、首を捻りながら返事するハッチに、ランはため息をつく。するとランの代わりにノヴァルナがハッチに告げた。


「そんなお宝が大量にあると知られたら、オウ・ルミルは周りの国から、フルボッコにされるってワケだ」


「フルボッコっすか?」


 ハッチが目を見開くと、キノッサが顎を指で撫でながら、ノヴァルナの言葉を補足するように言う。


「あの宙域はミノネリラやエ・テューゼ、ワガンザに囲まれてるし、最近じゃあ、配下であるオルダニカ城の、アーザイル家も反抗気味だって話ッスからねー」


「よく知ってるじゃねーか」


 と、ノヴァルナ。


「えへへ。なんせ俺…いや私ゃ、森羅万象なんでも来いなんで」


「あー。そういやそんな事も、言ってたっけか…てゆーか『森羅万象』って、どっちかってっと、自然科学に使う言葉だぞ」


「え?そうなんスか?」


「ったく…」




“コイツと話してると、なんか調子狂う…”




 そう思いながらも、ノヴァルナは気を取り直して、今度はカーズマルス=タ・キーガーに尋ねる。


「今の話の流れじゃ、どうやらあんたがロッガ家を出奔した理由も、これらしいな?」


 その問い掛けに、カーズマルスは軽く頭を下げ、「はい」と応えた。その視線を眠る水棲ラペジラル人に向ける。


「かつての我が主君、ジョーディー=ロッガ殿は、私がラペジラル人である、という認識があまり無く…」


「まぁ、そんだけ外見が違ってれば、仕方ないだろがな」


 ノヴァルナの言うように、陸棲ラペジラル人のカーズマルスは、鮮やかな紫色の髪と三日月形の耳以外は、ほとんどヒト種と変わらず、青い肌とヒレの付いた耳に、魚類同様の鰓を持つ水棲ラペジラル人とは、まるで別種族だ。

 ノヴァルナがその事を口にすると、カーズマルスは苦笑いを浮かべた。


「確かに…私も祖父の代に遺伝子操作を行い、陸棲ラペジラル人となりましたので、些か違和感はあります」


「だろうな」


「はい…しかしながら、同胞は同胞。そして何より、我がタ・キーガーの一族は、遺伝子操作をする前は、惑星ディーンの水棲ラペジラル人だったのです」


「なるほど」


 ノヴァルナは納得の表情で頷いた。さらに聞くと、カーズマルスと『クーギス党』が出逢ったのは約一年前で、その時以来行動を共にしているらしい。


 そして次にノヴァルナは、再びモルタナに向き直る。


「で?ねーさん達が、このカーズマルスに肩入れする理由は、元は惑星ディーンに住んでた仲間ってワケか」


「それもあるさ―――」


 モルタナはそう言うと、コンテナの壁に拳を軽く押し付け、苦々しげに続けた。


「―――だけどそれ以上に、これはあたいらが、落し前をつけなきゃいけない事なんだよ」


「落し前?」


「ああ。言ったろ?あたいらは今から二十年前に、住んでた星から逃げ出した…って。その時、あたいらは一緒にディーンに住んでた、ラペジラル人を置き去りにした。見捨てちまったんだよ」


 すると、それまで口を開けば怒鳴っていたヨッズダルガが、娘のつらそうな物言いを聞き、珍しく声のトーンを落として告げる。


「あの時のお前は、まだ四つだった。お前は何も悪くねえ…ラペジラルの連中を見捨てたのは、逃げ出す事を決めたこの俺だ」


 そこにカーズマルスが歩み出て、宥めるように言う。


「それは仕方のない事だ、クーギスの頭(かしら)。あの時点で惑星ディーンのラペジラル人が、今のような状況に追いやられる事は予測不能だった。それに彼等との関係は、シズマパールの買い上げ交易以外は、不干渉だったのだろう」


 カーズマルスの言葉の最後に、何かにつけどこか商売っ気を感じさせる、キノッサが反応した。


「へぇ。シズマパールは、ラペジラル人が作ってたんスか」


「いや。そういうわけではないが、惑星ディーンに住むラペジラル人が貝を養殖し、生産するシズマパールは、特に質が高く、良い値がつくのだよ」


 生真面目にキノッサの質問に答えてやるカーズマルスを、ノヴァルナは“律儀なヤツだぜ…”と思いながらも、これまでの態度に評価を高めた。

 話によると、『ラーフロンデ2』を制圧したカーズマルスの部下は、ロッガ家を出奔する時に彼を支持し、ついて来たロッガ軍の正規兵らしい。つまりはそれだけの人望もあるという事だ。


「しかしまぁキルバルター家は、それだけ高値で売れるシズマパールの、地道な商売より、アクアダイトの闇取引で得られる利益に、旨味を感じたって事だろ?」


 ノヴァルナがそう告げると、キノッサは人の悪い笑みで応じる。


「そりゃあ、闇取引の闇が濃くなるほど、旨味は増すのが世の常でして」


「おう…って、いやいやいや。てめぇ、ホントに十四才かよ」


 とその時、不意にモルタナとヨッズダルガのNNLが、緊急コールと共に立ち上がった。カーブのかかった黄緑色のホログラム画面が、二人の視界の左側に浮き上がる。

 モルタナは人差し指で画面に触れて応答した。彼女達がいる宇宙タンカーの、ブリッジからのコールだ。


「なんだい?」


「ベシルス星系で、逃亡者を追っていた船からの連絡です」


 それを聞いて、モルタナは顔を緊張させた。ノヴァルナの身内の乗った船を破壊したという連絡なら、次の瞬間、この船倉が修羅場となる事は間違いない。


 “ええい、ままよ!”と、モルタナは音声回線を近くの出力端子へ接続した。たとえ最悪の結果であったとしても、どのみち隠し通せるものではない。

 その意図はノヴァルナ達にも伝わったらしく、全員が微かに身構えた。


「船と繋いで」とモルタナ。


 それはマリーナや、フェアンを乗せた船を追っていた二隻の海賊船のうち、岩塊に接触し、座礁状態となって漂流した方からの連絡であった。


「モルタナだよ。状況を報告しな」


 それに対し返って来た通信は、雑音が酷い。


「お、お嬢…ラステン達の船が、や、やられました」


 「なんだと!?」と声を張り上げるヨッズダルガを無視し、モルタナは通話を続ける。


「やられた?撃破されたってのかい?誰に?」


「護衛部隊の奴らです…『ラーフロンデ2』から、俺達が離脱するのに気付いて、追って来てやがったらしくて」


 仲間の悲報に、歯を食いしばるモルタナの背後で、ノヴァルナ達が互いに顔を見合わせた。


「それで…あんたらが追い掛けてた船は?」


「奴らの通信を傍受したんですが、奴らに捕まったようです」


「!!…」


 モルタナは報告に身をすくませた。背後にいるノヴァルナが、危険なオーラを放出しだしたのは、振り返らなくても分かる。


「それと…これも傍受した通信にあったんですが…」


「なに?」


「どうやら…俺達を潰すために、オ・ワーリから、幹部クラスが来るらしく…」


 さらに続けようとした通信だが、向こうの船で、他の乗員達が騒ぎ出すのが聞こえて、途切れる。 そして「奴らだ!!」という声を最後に、スピーカーからは何も聞こえなくなった。


「ブリッジ。どうなった!?」


 モルタナは即座に通信を、タンカーのブリッジに切り替え、確認させる。


「通信、途絶…超空間サーバーの状況から、電源を落としたのではなく、存在そのものが消えたようです」


 沈んだ声でブリッジが回答して来る。つまりは破壊されたという事だ。


「くそっ!!」


 怒りを含んだ声を上げ、モルタナは手でホログラム画面を振り払うようにして、NNLをシャットダウンした。


「また仲間が死んじまった!!」


 叫んだのはヨッズダルガだ。


「俺達が惑星ディーンを諦めたのは、これ以上無駄死にを、出したくなかったからだってのによぉ!!!!」


 ノヴァルナはヨッズダルガを一瞥し、モルタナに尋ねる。その口調には普段の無軌道ぶりがない。


「あの所属不明の護衛部隊は、どこの連中なんだ?」


 モルタナは気を取り直して応えた。


「ロッガ家の軍さ。ただし護衛艦はキルバルター軍の、中古品だけどね」


「なるほど。皇国貴族でもある、キルバルター家の旧式艦なら、皇国中央軍のと似た艦型も納得だな…で、俺の身内を捕まえたようだが、奴らの行き先は分かるか?」


「惑星サフローだよ。観光施設のある場所の、ちょうど星の裏側に、隠し駐屯地があってね」


 非武装中立宙域のベシルス星系内に、艦隊が入るのも条約違反だが、そのような駐屯地まで建設していたとは、呆れた話である。まぁ双方承知の上で、条約自体がすでに意味を成していないのだが。


「イル・ワークランどもめ、他のウォーダ家に黙って荒稼ぎかよ。胡散臭ぇ事、この上ないぜ」


 するとカーズマルスが、思いがけない事を口にした。


「この二年間のラペジラル人輸送で、イル・ワークラン=ウォーダ家は、莫大な利益を得ています。我々の内偵によると、そのほとんどが軍事利用され、先日は傭兵惑星サイガンから、マゴディというモルンゴール人傭兵隊長と、仮装巡航艦などを雇い入れたようです」


 その言葉に、ノヴァルナの瞳が鋭く輝く。




「なんだと?……」


 カーズマルスはさらに何か言っていたが、もはやノヴァルナは聞いていなかった。その思考を素早く巡らせ、今後の行動を話し合っているモルタナと、ヨッズダルガに向き直る。



何もかも気にいらねぇ―――



「よし!わかった!!」


 突然大声を出すノヴァルナに、全員が視線を集める。その中でノヴァルナは、敵意むき出しの笑みで告げた―――




「奴らのその企て、俺がぶっ潰してやるぜ!!」




▶#07につづく

 

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