#03

 




「停船せよ。しからざれば攻撃する。繰り返す。停船せよ―――」




 駆逐艦級の護衛艦が三隻。素早く包囲体勢をとりながら、正面の一隻から停船命令の通信が、全周波数帯で入る。

 それと同時に、相手の主砲にロックオンされた警報が、マリーナ達のいる操縦室に鳴り渡り始めた。エネルギーシールドを失った宙雷艇など、駆逐艦の主砲であっても、一撃喰らえば即終了である。


「どうします!?」


 モリンがマーディンを振り向いて尋ねるが、そこにヤーグマーが肩をすくめて口を挟む。


「どうもこうもねぇさ。俺達ゃ、海賊じゃねぇんだし、わけを話せばいいだろ。サフローまで行くより、手間が省けていいじゃん」


 だが尋ねられた当人のマーディンは、ササーラと共に、無言で考える目をしていた。


「………」


 とその時、準惑星アコリスの表面に無数に空いた穴のうち、北極方向に20キロメートル程向こうの一つから、海賊船が飛び出して来る。マリーナ達を追っていた海賊船だ。きっとフェアンの放った囮の魚雷に気付いて、引き返して来たのに違いない。


 海賊船は一瞬、マリーナ達を発見してこちらに舳先を向けたが、周りに護衛艦隊がいる事に驚いた様子で、縦方向にUターンし、一目散に逃げ出した。それをマリーナ達の船の、右舷側へ回り込んでいた護衛艦の一隻が急加速で追って行く。青い曳光色のビームが連続して放たれ、立て続けに海賊船に命中。爆発を起こした海賊船は、虚空に砕け散った。


 その光景をスクリーンで見送り、マーディンはヤーグマーに告げる。


「ヤーグマー。エンジン停止だ」


 いずれにしても選択肢はない状況で、ここは相手の命令に従うしかない。

 ただ『ラーフロンデ2』を護衛し、海賊と戦ってはいたものの、全てを打ち明けて協力を仰ぐには、なんとも胡散臭い相手であった。


「ササーラ、奴らがどこの連中か分かるか?」


「いいや。識別信号も出ていないし、艦舷に家紋もない。艦型は皇国中央軍の駆逐艦に、似ているようだが…同系の企業が、建造したのかも知れん」


 ササーラは、コンソールに浮かぶホログラムの護衛艦を、指先で回転させながら、太い声で述べる。ササーラもマーディンと同じ考えらしく、浅黒い肌の顔をしかめていた。

 その直後、彼等の乗った船が、ドスンという揺れに包まれた。護衛艦が放った、拿捕用のトラクタービームに捕まったのだ。

 

 船が正面の駆逐宇宙艦に引き寄せられ始める中、マーディンはマリーナとフェアンに向き直って告げる。


「両姫殿下。ここはまず我等の正体は伏せ、当初の隠れ蓑であった、ガルワニーシャ重工役員の娘姉妹と、友人に社員という話で行きたいと思います」


 それを聞いたマリーナは、「分かりました」と即答した。すぐにでも兄のノヴァルナを助けに行きたがっていたフェアンも、ここは素直に頷く。二人とも、相手の駆逐艦に不信感を抱いているのは、同じらしい。


 続いてマーディンは、ササーラとヤーグマー、モリンを見渡し、『ホロゥシュ』筆頭として言い渡した。


「いいな、三人とも。何があろうと『ホロゥシュ』の名にかけて、両姫殿下だけはお守りするのだ!」


 その言葉にササーラは重々しく「おう」と、ヤーグマーとモリンは「ははっ!」と勢い込んで応える。

 やがて彼等の船は、空洞準惑星アコリスのパープルグレーに彩られた、穴だらけの大地から見上げる漆黒の空の中、駆逐宇宙艦の艦底部に強制ドッキングされていった………












 超圧縮反転重力子が宇宙に描いた、白い時空光の円を突き抜け、三隻の海賊船に接舷されたままの旅客船『ラーフロンデ2』が、通常空間へ転移を終える。

 周囲にめぼしい大きさの恒星の光がなく、星の海しかないところから、どこかの星系外縁部ではなさそうだ。


 ただその代わり、目印となるものがそこに浮かんでいた。老朽化が著しい大型の宇宙タンカーである。

 全長は宇宙戦艦並に、五百メートルはある巨大さだが、その船殻は色褪せ、長年に渡りスペースデブリに削られて傷だらけだ。所々に小さなクレーターまで出来ている。






「ふーん。あれが、海賊どもの母船ってわけか…またえらくボロいな」


 『ラーフロンデ2』の特別室に、仲間や部下と共に軟禁されたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、三人掛けのソファーに寝そべったまま、大窓の外の大型タンカーを眺めて、面白くもなさそうに言った。


 それまでの身分を偽り、一般客として通常キャビンに乗船していたのが、正体を明かした代わりに、船を奪った海賊から特別室を用意されるとは、皮肉な話である。まぁ、軟禁して閉じ込めておくのに、最適な場所という理由が本筋なのだが。


 


「で…殿下。俺達、大丈夫なんスかねぇ…」


 海賊の母船とのランデブーに、不安げな表情を向けたのは、この旅で新たに配下となった、トゥ・キーツ=キノッサだ。ノヴァルナの斜め左側の一人掛けソファーに、小柄な体を沈めている。


「さぁーなぁ~。ま、なるようになんだろ~」


 とぼけた声でやる気なさそう応えたノヴァルナは、ソファーの肘掛けに投げ出した脚を組み替え、「ふあ…あ」と大きなあくびをした。


「はあ…そうッスか」


 なんとも頼りない主君の返事に、頭を掻くキノッサ。


 ノヴァルナの向かい側に二つ並んだ一人掛けソファーでは、海賊の麻痺ビームで気を失った、ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の嫡男、イェルサス=トクルガルと、ノヴァルナの親衛隊、『ホロゥシュ』のヨリューダッカ=ハッチが座らされていた。

 また部屋のドアの脇では、女『ホロゥシュ』のラン・マリュウ=フォレスタが立って、警備をしており、時折狐のようなフォクシア星人特有の耳を、ピクリと微かに震わせる。


 やがて速度を落とした『ラーフロンデ2』は、大型宇宙タンカーに横付けし、エンジンを停止させた。

 改造して設置したらしい、幾つかの係留アームと接続ケーブルがタンカーから伸び、『ラーフロンデ2』を捕まえる。


 その揺れが、気を失っていたイェルサスとハッチを、ほぼ同時に目覚めさせた。元々意識を取り戻しかけていたところに、きっかけになったようだ。

 モソモソと体を起こしだす二人に、ノヴァルナが声を掛けた。


「おう、おまえら。気がついたか?―――」


 そう言ってノヴァルナも、体を起こしてランを振り向き、指示を出す。


「ラン。見てやれ」


「はい」


 短く返答したランは、早足で二人に歩み寄り、まず優先すべきイェルサスに、「トクルガル殿、どこか痛みますか?」と尋ねる。

 するとドアがノックされて開き、『ラーフロンデ2』に乗り込んで制圧した、“海賊”の指揮者―A班班長が、二人の部下を連れて現れた。


 改めて見ると、班長はやや頬骨の出た、端正な顔立ちの二十代後半の男である。ただ耳の形が、上下に尖った三日月形をしており、短い髪も鮮やかな紫色だ。ヒト種ではない。


“ラペジラル星人…って種族か?聞いた事はあるが、見るのは初めてだぜ…”

 

 ラペジラル星人は古くに、母星『ラペルザ』が爆発し、生き残りは流浪の民として、銀河皇国中に散り散りとなった種族であった。現在では、皇国の主要銀河ネットワークから外れた、幾つかの惑星に居留地を設けて暮らしているという。


「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿下」


 ラペジラル星人の班長は、ノヴァルナに呼び掛け、軽く頭を下げた。


「おう」


 ノヴァルナはソファーに腰を下ろしたまま、気安く応じる。


「先程はご無礼致しました。我が名はカーズマルス=タ・キーガーと申します」


 ノヴァルナは大きく一つ頷き、相手が高級軍人を意味する、『ム・シャー』である事を確信した上で、今度は真面目な口調で尋ねた。


「カーズマルス=タ・キーガー。ラペジラル人で『ム・シャー』とは珍しいな。誰に仕えている?」


「は…かつては、オウ・ルミルの星大名、ジョーディー=ロッガ様に仕えておりましたが、諸事情により、今は誰にも」


「浪人というわけか…」


 ノヴァルナはカーズマルスと会話しながら、その表情を窺っていた。ジョーディー=ロッガの名を口にする時の、カーズマルスが浮かべた眉間のシワに気を留める。


 ジョーディー=ロッガは、オウ・ルミル宙域国を古くから治める、ロッガ家の現当主であった。ノヴァルナとは直接の面識はなかったが、噂に聞く限りではなにかにつけ、古来の名家という看板を振りかざし、あまり好人物という評判はない。

 ただ元はロッガの家臣であったという、カーズマルスの表情は、その評判に根差すもの以上の、憎しみのようなものを纏っているように、ノヴァルナには見える。




 だがそのノヴァルナの思考は、新たな訪問者によって中断された。


 ドタドタと荒々しい足音と共に、開いたままのドアから大男が現れて、割れんばかりの声で叫んだからだ。


「ウォーダ家の小僧が乗ってたってのは、本当かぁああ!!!!」


 大男はどうやら、サイボーグのようであった。背丈は2メートルを越えていそうで、両腕はむき出しの機械製。両目の部分も、側頭部から細いゴーグル状の装置が覆っており、あとの部分は人工皮膚に包まれている。


 大男の敵意に満ちた雰囲気に、ノヴァルナもいつもの不敵な笑みを浮かべたが、そのノヴァルナの前に、ラン・マリュウ=フォレスタが割り込んで、自分の身を盾にした。


 さらに意識を取り戻したばかりのハッチも、『ホロゥシュ』としてノヴァルナを守ろうと、足をふらつかせながら立ち上がる。

 しかしノヴァルナは、“てめぇはまだ休んでろ”とばかりに、後ろから片手で腰のベルトを掴んで引っ張り、ハッチを再びソファーに座らせた。

 そしてその反動を利用するように、ソファーから立ったノヴァルナは、ランの肩に優しく手を回す。驚いて赤面し、思わず目を泳がせるランを下がらせ、サイボーグの大男に、お得意の挑発的な口調で問い掛けた。


「あ!?なんだ、てめーは?」


 ノヴァルナという人物を知らず、耐性のない大男には、頭に血を上らせるのにその一言で充分であった。


「なんだとは、なんだ!!このクソガキがぁあああ!!!!」


 当たれば頭がもげそうな勢いで振り抜いた、大男の機械の腕を、ノヴァルナは舌を出し、余裕の表情でひょいとかわす。


「ぬぉおりゃあああああ!!!!!!」


 ますます激昂する大男を、たまり兼ねたカーズマルスと二人の部下が、取り押さえようとする。


「クーギスの頭(かしら)!!やめろ!!落ち着け!!」


 するとその言葉を聞き、ノヴァルナは自分の頭を指差して、さらに煽りをかけた。


「はぁ?てめーが頭(かしら)だと!?そのわりに、中身は空っぽじゃねーか!!」


「なんだとぉおおお!!ぶっ殺してやるぞ!!ガキがぁああ!!!!」


 ますます激憤する大男。必死に止める兵士。ケケケと悪党顔で笑うノヴァルナ。目を覚ましたばかりで、わけの分からないイェルサスは、「ノヴァルナ様、もうやめようよぉ」と怯え、召し抱えられたばかりのキノッサは、頭を抱えて「なんだこれ、意味わからん」を、うわごとのように繰り返す。

 そもそも、命懸けで煽っているノヴァルナ本人が、理由もなくとりあえず煽っているだけなのに、キノッサがその意味を分かるはずもない。


 そんな阿鼻叫喚の光景に、若い女の声が雷鳴のように響いた。


「バカ親父!何また暴れてんだ!!いい加減にしな!!」


 ドアの方に皆が一斉に視線を向けると、そこには上下セパレート式のボディアーマーに身を包む、ややオレンジがかった肌が健康そうな、二十代前半と思しき美女が、ショートカットの黒髪で両手を腰にあて、豊かな胸を反らせて立っている。


 思わず目を見張るノヴァルナの前で、顔をしかめて大男を取り押さえるカーズマルスが、その美女に呼び掛けた。




「お嬢!」




▶#04につづく

 

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