#10

 

 中空を漂流し始めた仮装巡航艦から、狙撃地点と思われるプラント衛星表面の、塔状構造物の方へ視線を移したノヴァルナは、訝しげに眉を寄せた。センサーが壊れた今の機体状況では解析は出来ない。


“誰だ?…ランか?…いや、あいつは俺がフェアンを守れと命じた以上、俺が殺られてもフェアンの傍を離れないはずだ”


 するとその疑問に答えるかのように、塔の裏側から一機のBSIが姿を現した。深緑色のそれは、敵の傭兵達が使用していた『ライカ』と同じ。ただ各部の形状が違う事から、ランの機体と同じく親衛隊仕様のようである。バックパックが大きく、展開式のレドームを背負っているところから、電子戦に特化した機体らしい。


“なるほど…俺んとこに、このゲームを持ち込んで来たのは、コイツか”


 口元に不敵な笑みが戻るノヴァルナ。しかし、相手の機体のショルダーアーマーに描かれたその家紋は、『ライカ』が主力機のミノネリラ軍サイドゥ家の『打波五光星団』ではなく、紫色の縁取りがされた黒い桔梗の花であった。


 相手は超電磁ライフルの銃口を下に向け、戦闘の意思はない事を示して、通信回線を開いて来た。


「初の御目通り致します。ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿下」


 通信は音声のみ。よく通りそうな男の声だった。若いがノヴァルナよりは年上に思われる。


「ああ、礼を言うぜ。いい退屈しのぎをさせてもらった。キオ・スーの石頭どもにも、ひと泡ふかせてやれたしな!」


 今までの命懸けの戦いもどこへやら、いつもの傍若無人の『カラッポ殿下』の登場に、通信機から相手の苦笑いの声が漏れる。


「ははは…」


 そしてさらに男の声は告げた。


「しかし予想外でした。殿下がこの機会をご利用なさらず、ご自分の機体まで持ち出されて、皆様をお守りになるとは」


「おう、やっぱそっちが、このゲームの正解だったか」


 ノヴァルナがあっけらかんとそう応じると、相手は一瞬、言葉に詰まったようだった。


「…と仰るには、それとお知りになられた上で、あえて御自ら戦われたのですか?」


 それに対してノヴァルナは、面倒臭そうに言い放った。


「またとぼけた事を。どうせ俺なら、城に残った連中が全滅した機会を狙って、この星系全域の支配に乗り出すだろう、と思ってたんだろうが…そうは行かねぇ!」


 この妙な言い回しには、相手も唖然としたらしい。


「『そうは行かない』ですか?」

 

 

「おう!そういうつまらねー期待に、肩透かしを喰らわせてやるのが、このノヴァルナの生き方だからな!」


「!!」


 息を呑む相手に、ノヴァルナは遠慮なく言い放った。


「あんた、どっかで今回の奇襲計画を知り、それを俺に密告して、俺がどう動くか試したんだろ?」


「恐れ入りました…」


「うちや隣国のサイドゥもそうだが、ホゥ・ジェンやウェルズーギにタ・クェルダといった、今の有力な星大名達はみな、主君や同族を倒して成り上がったのが多い。俺も…いや俺ならそれに倣って自分だけ城から逃げ出し、競争相手が減るこの機会を、掴みにかかるはずだと期待した」


「仰せの通り」


「それで俺がこの星系の支配に成功したとして、あとから『あの時、奇襲をお知らせしたのは私でした』と証拠を揃えて差し出せば、おかげで出世した俺の知己も、得られるってわけだ!」


「これはまた、歯に衣着せぬ仰りよう…」


「過小評価だ!」


「は!?それはどういう…」


「俺が、あんたの予想の範囲内だけで動いてたようなら、俺はこの先、あんたの思い通りに動く程度の人間にしか、成れねぇって事だ!」


「!!!!!!」


 ノヴァルナにズバリと言い切られ、通信機越しであっても、相手が顔色を失ったのが分かる。


「…恐れ入りました」

 

「アッハッハ!あんたそのセリフ、二度目だぜ」


 ノヴァルナの高笑いが響くと、相手の口調も柔らかなものに変化した。


「はい。一度目は単なる愛想、二度目は本音で降参という事で」


「ふふん!じゃあ、このゲームは俺の勝ちって事でいいな!」


「はい」


 そう言うと音声のみだった通信画面に、相手の顔が映る。冷静沈着という言葉を題に肖像画を描けそうな、切れ長の眼の若者。ノヴァルナより五つ六つは年上に思われる。


「名乗りがまだでしたね。ミノネリラ浪人、ミディルツ・ヒュウム=アルケティと申します」


「アルケティ家…ミノネリラのトキの一族に連なる者だな。て事は、その家紋が『星雲紋暗黒桔梗』か、実物は初めて見た」


 トキの一族とは、ウォーダ家宿敵のサイドゥ家が治めるミノネリラ宙域を、かつて支配していた星大名で、銀河皇国星帥皇族とも血縁がある古い家系であった。

 このミディルツという男が告げた『アルケティ家』は、そのトキの一族から分かれた支流の一つとされている。そしてミノネリラの浪人という事は、今現在サイドゥ家や、他の誰にも仕えていないらしい。


「…で?そのアルケティ家のミディルツが、なんでまた、ナグヤ=ウォーダの馬鹿息子なこの俺に、肩入れする気になった?」


 自分自身を見下したように尋ねるノヴァルナに、ミディルツは律儀な口調で答える。


「実は二年前…ノヴァルナ殿下の初陣をお見掛け致しまして、その時以来…」


 ノヴァルナの初陣について、その真相はランがフェアンに語った通りである。そしてそれはノヴァルナにとって、決して良い思い出ではない。


「ふーん」


 気のない返事をしたノヴァルナは、上空を漂う傭兵の仮装巡航艦に眼をやった。


「物好きな話だな…ま、そのおかげで今日のところは、最後まであんたに助けられたってわけだ」


 ギリギリの戦いで、モルンゴールの傭兵隊長から聞き出す余裕などなかったが、あの巡航艦を調べれば、傭兵達の雇い主が誰かなどの情報も得られるだろう。ミディルツもそのために艦を破壊せず、駆動部だけを狙撃してくれたに違いない。


 だが仮装巡航艦の拿捕は、思わぬ事で不可能となった。斜め下方向からの三本の太いビームが、仮装巡航艦の艦腹に立て続けに命中し、艦は爆発してしまったのだ。


「あーら、らー」


 仮装巡航艦が粉々になる光景に、ノヴァルナはこの上なくわざとらしい口調で、ため息混じりに呆れた声を発した。なぜなら艦を破壊した砲撃は十中八九、キオ・スー城からの対宙砲火だったからである。プラント衛星からのダミーの位置情報が途切れ、今頃になって、上空で異変が起きている事に気付いたのだろう。

 事実この時、キオ・スー城の対空射撃管制官は状況を知り、行動不能のウォーダ家の機体が、所属不明の戦闘艦に狙われていると判断して、慌てて援護射撃を命じたのだった。

 ただそれとていつもの傍若無人さを纏った、ノヴァルナの知った事ではない。


「まーたキオ・スーのアホウどもが、余計な真似しやがって…俺ぁもう、知ーらねーっと!」


 本気で飽きて来たらしいノヴァルナは、『センクウNX』の座席に座り直すと、シャトルと『シデンSC』に通信回線を開いた。


「フェアン、ラン。こっちは終わった。帰ろうぜ。ワリぃが動けねぇんで、迎えに来てくれ」


 フェアンもランも無事な事は当然、と飛び越して話し掛ける辺りが、いかにもノヴァルナらしい。しかしフェアンとランの方は、呆れたノヴァルナが、疲れたような口調で発した“動けない”という言葉を聞き、過剰反応してしまった。

  

「ちょ!!…に!兄様!動けない!?動けないの兄様!?大丈夫なの!?兄様っ!!」


「ノヴァルナ様!!ご無事なんですか!?ノヴァルナ様!?ノヴァルナ様っ!!」


 言葉のアヤで変な地雷を踏んでしまい、さしものノヴァルナも、まくし立てる二人の女の前ではタジタジとなった。


「い、いや。そうじゃなくて…」


「今行くから!!すぐ行くから待ってて、兄様!!しっかりして!!」


「イチ様!武装もないシャトルでは!!ノヴァルナ様は私が!!」


「なに言ってんの!兄様があたしに助けを求めてんのよ!!」


「いえ!ノヴァルナ様は私が!!」


「ランてば!あたしが命じた時は助けに行かなかったくせに、なんなの!」


 うんざりしたノヴァルナも大声になる。


「いや、なんともねーから!!無事だから!!ランまで一緒に騒ぐんじゃねーって!!おま、そーゆーキャラじゃねーだろ!!…ああ、もう!悪かった!!俺が悪かったって!!」


 通信回線はミディルツの機体とも開いたままであり、ノヴァルナの愛されぶりにミディルツは、「はははは…」と控えめな笑いを漏らした。


「よき女子ほど、男の人柄を見抜くもの…隠せませんな、ノヴァルナ様」


 そう語り掛けるミディルツに、ノヴァルナはニヤリと笑みを浮かべる。


「おう、いいな。その言葉。今回のチマチマした根回しより、よっぽどいい!」


「これは、思いがけずお褒めいただき…」


「今の言葉は気に入った!あんた浪人だろ?ウチに来ないか?ウチの馬鹿親父がこないだ、あんたとこのドゥ・ザンに仕掛けて下手こいたもんで、人手不足しててな」


 本気とも嘘ともつかないノヴァルナの言い草を理解出来ず、ミディルツはやや冗談めかして、真意を問い質してみた。


「はは…私が危機をお知らせしてお命を救って差し上げた事より、女子の心情を述べた事を評価して頂けると?」


「当たり前だろ?」


「はあ…?」


「あんたが俺の命を救ったのは、そうするのが定めだった。俺が生き延びたのはそうなるのが定めだった。それだけの事だろ?」


「!!!!」


「だったら、んな事より俺に、女心がどんなもんかを教えてくれる人間の方が、居てくれて有り難いってもんさ。俺だって女にモテたいからな。違わねぇか?」


「………」


 これにはミディルツも言葉を返せなかった。無茶苦茶なようだがちゃんと筋が通り、論法を成している。それでいてこの若者以外の凡夫が、同じ言葉を口にしても、一笑に付されるだけであろう。

  

「…………」


 ミディルツは無言のまま、星空に浮かぶノヴァルナの『センクウNX』を見詰めた。


 確かに領民達から『カラッポ殿下』『イミフ若君』と揶揄されている、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの人物像が、見せ掛けだと見抜いてはいた。だがそれでも、自分の将来において、出世の足掛かりに使える程度だろうという予想が、まさかこれほどの器量を秘めていたとは、ミディルツも思いもよらなかったのだ。


 そうするうちに、フェアンの操縦するシャトルが、プラント衛星表面と一定の高度を取り、ランの『シデンSC』を従えて飛来して来た。もちろんノヴァルナを回収するためである。


 するとランの『シデンSC』が急加速し、シャトルの前に出て操縦するフェアンに停止を促した。そして初めて見るミディルツのBSIに向け、ライフルを構えて強い口調で誰何する。


「誰か!?」


 全周波数帯で呼び掛けたランに、ノヴァルナが応じる。


「心配すんな、ラン。こっちは味方だ。ミディルツ・ヒュウム=アルケティ。今回の件の恩人てヤツさ」


「それは…失礼した」


 ランは非礼を詫び、『シデンSC』の持つライフルを下げた。さっきの通信で大騒ぎしたランが、いつもの口調に戻っていて、ノヴァルナは安堵しながら、ミディルツに問い掛ける。


「で?さっきの話、どうする?そういう心積もりもあって、俺達を助けたんだろ?」


 その言葉にミディルツは、苦笑を含んだ声で応じる。


「確かに、はじめはその心積もりでしたが…今回は、やめておきましょう」


「そっか」


 素っ気ない返事のノヴァルナ。


「今の私では殿下にとって、本当のお役には立てないと思い知りました。研鑽を積み、その時が来れば改めまして…」


「うん。わかった」


「仮装巡航艦が破壊されてしまいましたので、今回の件で私が入手したデータを全て、殿下のシャトルに転送しておきます」


「おう、助かる」


「では、いずれの日にか」


「おう!」


 淡々とした言葉を交わし終え、ミディルツ・ヒュウム=アルケティの操るBSIユニットは、足元に反転重力子の黄色く光るリングを放つ。

 プラント衛星表面から浮き上がった機体は、さらに二つ三つ、反転重力子リングを背後に一瞬発生させ、惑星ラゴンの裏側から姿を現し始めた、薄灰色の月に向かって加速、視界から去って行った。ミディルツを見送ったノヴァルナに、妹のフェアンから通信が入る。


「ね、兄様。今の男の人が、メール送って来た人?」


「そうだ」


「なんか、修業してまた会いましょう…みたいな事言ってたけど、なんの修業?」


「ん?…なんだっけ?…おう、俺に女心を教えてくれるための、修業…だったか?ハハハハハ!」






「え……」


 いつものようにとぼけたつもりのノヴァルナだったが、応じた妹が、変に間をあけて通信機から発した声は、冷えるようなトーンの低さだった。


「男の人を相手に女心って、兄様…キモい」


 そう言ったきり、接近していたシャトルと『シデンSC』は、宇宙空間に停止する。


「は?」


 とノヴァルナ。いったいフェアンは言葉の意味を、どう捉えたというのだろう。線が細く、どこか女性的にも見える容姿の兄を、変な方向に想像したのか?


「いやいやいや。なんか勘違いしてるだろ、フェアン?だよな、ラン?」


 困った時のラン頼みとばかりに、フォローを求めるノヴァルナ。ところがランも突き放すように、冷たく告げた。


「不潔です。ノヴァルナ様」


「はぁ!?いやいやいやいやいや。だからそうじゃねーって話だろ!おまえら二人して、何を想像してんだよ!…てゆーか、早く回収してくれよ!さっきまであんなに俺の事が、心配だったんじゃねーのかよ!!………………」

















死のうは一定 忍び草


…されど


女心は 定まらず



ノヴァルナ・ダン=ウォーダ













 今回のノヴァルナ・ダン=ウォーダがキオ・スー城で起こした、謹慎破りに絡む一連の騒動で、結局ノヴァルナ本人を含め、誰も罰せられる事はなかった。

 キオ・スー家中でも、今回の騒ぎで真に責められるべきは、油断の上に呑気に氏族会議を開いていたキオ・スー宗家であり、ノヴァルナが大暴れして、城の防御システムを緊急起動させ、自ら迎撃に急行していなければ、敵の計画通り奇襲を喰らい、首脳部の全滅もあり得た、という声が多かった結果である。




 またノヴァルナが持ち帰った傭兵に関するデータが、その日のうちにキオ・スー城内で消失した件は、その後も様々な憶測を呼んでいる。








 一方、ノヴァルナはと言えば、戦場となったプラント衛星から、前日注文しそこねたビーチタウンのアイスクリームショップにシャトルで直接降下し、今度は航空管制局とひと悶着起こしたという………






第1部:死のうは一定 おわり

 

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