#08

 

 一方、別働隊となって、ノヴァルナの母艦を探していた四機のBSIは、ノヴァルナがいま戦っているプラント衛星垂直面とは反対側の面で、衛星表面に船底部を張り付かせた長距離シャトルを発見した。


「こちらコムソー・セブン。いたぞ、あれだ」


 プラント衛星は広さ約二千メートル四方で、厚み約五百メートルの巨大さといっても、宇宙を高速移動するBSIにとっては、小石ほどのサイズだ。ただ窪んだ構造部に身を潜めたシャトルは、衛星のパーツのようで、探索のためにBSIの移動速度を落としていながらも、発見は容易ではなく、見つけた場所も何度か通り過ぎていた位置の間近だった。


「なるほど…逆探知を恐れて、センサーも作動させていなかったのか」


 別の傭兵が目標周辺から発信される、センサー波の有無を調べて告げる。


「なら向こうもこっちを視認する以外、気付きようがないってワケだ」


 四機のBSIはシャトルの視界を避けるように大きく迂回し、背後へ回り込んだ。


「おまけに見ろよ。馬鹿息子の母艦がどんなものかと思えば、ただの長距離シャトルだぜ」


 ノヴァルナが見せたドッキングベイ内の八方破れな行動に、少なからず警戒していた傭兵達だったが、怯えるように身を潜めたシャトルに舌なめずりする。おそらく武装もなく、まるで座った鴨だ。


「へへへ…あれならブッ壊さねえで、とっ捕まえた方が、使い道もあるんじゃねぇか?」


「ああ、そいつぁいい」


 モルンゴール星人の隊長が“質が悪い”と批判した、傭兵達の下衆な低俗さが、脆弱そうなシャトルを前にして、表面に出て来たらしい。もしシャトルを捕らえて、乗っているのが、美少女と領地で評判のナグヤ=ウォーダ家の姫だと知れば、フェアン・イチ=ウォーダがどのような目に遭うか、想像するのも悪寒が走る。


「よし。拿捕で決まりだな。行くぞ」


 コムソー・ファイブの符牒を与えられた機体に乗る傭兵が、口元を歪めて仲間に告げ、四機のBSIは横並びになって、フェアンの乗るシャトルに接近を開始した。


 だがその直後、両端のコムソー・シックスとセブンが、ほぼ同時に爆発を起こして粉微塵になる。プラント衛星の上空、二重太陽タユタとユユタが宇宙空間に放つ、まばゆい輝きの中からの狙撃だった。

 ライフルの発砲でステルスフィールドが解けたため、生き残った傭兵達の機体のコクピットに、上方からの敵警報が表示される。

 

「うっ!上だと!?」


 モニターの警報に上を向く、コムソー・ファイブの傭兵。だがその時には急降下して来た狙撃機体が、すでに前方で長刃の陽電子パイクを身構えていた。


「うわぁあああああ!!」


 コムソー・ファイブのヘルメットのスピーカーに、隣のコムソー・エイトの断末魔の絶叫が轟き、機体爆発の閃光が走る。


 その光が映し出したのは、紫と黒で塗装されたBSIユニット、『ECN-52シデンSC』だった。オ・ワーリ軍主力量産型BSI『ECN-50シデン』の親衛隊仕様機で、ノヴァルナらの乗るBSHOに近い性能を持つ。

 操縦者はノヴァルナの『ホロウシュ』、フォクシア星人女性のラン・マリュウ=フォレスタ。人間より敏捷性に優れた彼女の機体は、増加出力の半分以上を運動機能へ配分していた。


「イチ姫様には手出し無用」


 鋭い眼で見据え、声を落として告げたランは、宇宙空間で『シデンSC』をゆらりと滑らせ、左手の陽電子パイクを横下段に構えてシャトルを庇い、コムソー・ファイブの前に立ちはだかって、右手の超電磁ライフルを向ける。


「わあっ!!わあっ!!あわわぁっ!!」


 一瞬で三機のBSIを屠ったランの技量に、パニックに陥ったコムソー・ファイブの傭兵は、照準もつけずにランのBSIへライフルを乱射した。だがその弾は全く見当違いの方向へ放たれ、『シデンSC』にもシャトルにも当たる気配すらない。


「…………」


 ランは無言で引き金を引いた。傭兵の『ライカ』の頭が吹っ飛ぶ。さらに次の一撃。それは初弾命中でのけ反る形になった『ライカ』のコクピットを貫き、背部の小型対消滅反応炉を破壊して、敵BSIを火球に変えた。


「…ありがとう、ラン。怪我はない?」


 シャトルのフェアンから通信が入る。電波的妨害を避けるため、プラント衛星の中枢コンピューターと、有線で直接繋げているせいで、衛星の軌道を元に戻すまでは動けないのだ。


「はい。ありがとうございます。イチ姫様こそ、どこも何ともありませんか?」


「うん…」


 応じるフェアンの口調にいつもの明るさはない。自分の命を狙った敵とはいえ、目の前の戦闘で実際に人が死んでいくのを見ると、戦国の銀河に生きる姫であっても、14才の少女には気持ちが沈むのも当然である。


「こっちはもう大丈夫なんでしょ?…ランはノヴァルナ兄様の所へ行ってあげて」

 

「いえ、ノヴァルナ様の私への御命令は、イチ姫様の護衛…このまま御側に控えさせて頂きます」


「でも、兄様は一人で戦っているのよ。万が一の事があれば…」


「ノヴァルナ様がお決めになった事ですので」


「…………」


 頑ななランの言葉に、フェアンは口をつぐんだ。ランはランで彼女なりに、ノヴァルナを信じているのだろう。ランの兄に対する忠義が筋金入りなのは、よく知っている。


 ラン・マリュウ=フォレスタは前述した、ノヴァルナが不良狩りで得た親衛隊…『ホロウシュ』ではなく、祖父の代からナグヤ=ウォーダ家に仕えている家門の出であった。そのためもあって、ランはノヴァルナの初陣からすでに『ホロウシュ』を務めており、武人としてのノヴァルナの考え方や戦いぶりを、よく知っていると言える。


“ランなら、あたしの知らない兄様を知っている…”


 傭兵の別働隊を撃滅し、静寂が戻って来た中、微かな嫉妬を感じながらフェアンは再び口を開き、通信機でランを呼んだ。


「ラン…」


「はい」


「ノヴァルナ兄様は…どうしていつも、命がけの無茶ばかりすると思う?」


「さあ…それは御本人に、直接お尋ねになられた方が…」

 

「あたしが尋ねても、兄様は答えてくれないもの…」


「………」


 そう言ったきり沈黙が続き、ランも答えてくれないのか…と思いかけた時、『シデンSC』と回線を繋いだままのスピーカーの向こうで、ランはぽつりと言った。





「………初陣のとき」


「初陣の?…兄様の初陣?」


 急かすように問い質すフェアンの声に、ランはコクピットの中でひとり頷き、先を続ける。


「ノヴァルナ様の初陣…表向きの発表は勝利とされていますが…あれは嘘です」


「え?」


 ノヴァルナの初陣はニ年前、ノヴァルナの父ヒディラス・ダン=ウォーダの軍が、イマーガラ軍と戦った、『アズーク・ザッガー星団会戦』の中だった。


 この戦いに勝利し、ミ・ガーワ宙域の一部まで支配下に置いた事が、その後のヒディラスのナグヤ=ウォーダ家隆盛に繋がったのだが、マスコミ発表を含む公式記録には、初陣のノヴァルナもこの戦いで小さいながらも星系一つを征服、イマーガラ艦隊主力側面を圧迫した事で、勝利に大きく貢献したとされていたのだ。

 当時12才だったフェアンも、セルシュの爺からそう教えられ、「兄様、すごい!」を連呼した思い出がある。そして今でもそう信じていた…

 

「ノヴァルナ様の軍、つまり我々が征服したという恒星系…それはイマーガラ軍が自分達の同盟国ミ・ガーワの植民星系でありながら、居住惑星全土を住民もろとも、焼き払おうとした星系だったのです」


「えっ!?自分達の味方なのに!?」


「はい…そこはまだ新しい植民星で、住民も約五十万人と多くはなかったのですが、すでに全惑星規模でインフラ整備は完了していました。それを、みすみす我々に奪われたくなかったのでしょう」


「そんな!それで兄様は!?」


「ノヴァルナ様の命令で我々は急行し、惑星を艦砲射撃中のイマーガラ艦隊を追い払い、住民救助のため降下しました。ノヴァルナ様御自身も、我々『ホロウシュ』を連れて…」


「それで!?」


 そこまでは淡々とスピーカーから聞こえていたランの声が、不意に重苦しい響きを帯び始めた。


「だが遅かった…辺りは見渡す限りの焼け野原…あるのは累々と横たわる黒く焦げた住民の屍…それだけではなく、死に切れなかった者は、全身が焼けただれ…死ぬ以上の苦しみで呻き声を…ノヴァルナ様はそこに無言のまま、ただただ立ち尽くされるだけで…」


「………」


 言葉を失うフェアンだったが、ランの声はさらに絞り出すようなものに変わる。


「そして我々の前に…敵のBSIの大群が現れたのです…死体の山の下から…全ては我々を率いているのが、初陣を迎えたナグヤ=ウォーダ家の長男である、という情報を得た上での、焦土戦術を兼ねた罠だったのです」


「…………」


「その時我等、当時の『ホロウシュ』はノヴァルナ様の盾となり、私やマーディン殿、ササーラ殿ら若輩者を残して、ほとんどが討ち死にしてしまいました…」


「…………」


「我々はもはや残り数機となり、戦意を喪失していました…敵の狙いは、現代ではあまり行われなくなった焦土戦術…本来の戦争の生々しい姿を、まだ若く、初めて戦場に出た少年に見せ付けて怯ませる心理攻撃…事実、ノヴァルナ様は放心されているように思われました。或は敵はノヴァルナ様を捕らえて、人質とする目的だったのかも知れません」


「…………」


 ランの話を無言で聞くフェアンは、閉じた瞼に涙を滲ませた。

 兄の日頃の傍若無人さは感受性の強さの裏返しであり、時折見せる孤高さは優しさの裏返しである事が分かるフェアンだからこそ、兄が大好きなのだ。そんな繊細な兄がランの話した状況で、どんな心境に陥るか…考えるのも怖い。 

 しかしランの口調はそこでまた変わり、平淡なものになった。


「ですが誰もが諦めかけたその時…ノヴァルナ様は不意に…」


「不意に?」


「…高笑いをなされました」


「!!!!!!」


 その言葉にフェアンは、背筋を冷たいものが流れた気がした。兄の高笑いなら、『センクウNX』でキオ・スー城から逃げ出す際に、聞かされたばかりだ。息をのんでランに続きを促す。


「それで兄様は…?」


「高笑いされたあとのノヴァルナ様は、我々生き残った『ホロウシュ』も身を竦めるほど、単機で鬼神のように立ち回られ、敵のBSIを悉く討ち倒されて、我々は惑星を脱出する事が出来たのです」


 ランの語る兄の初陣の真相はそこまでだった。時には命を懸ける程の、兄の傍若無人ぶりは、その時の凄惨な体験によるものなのだろうか?…確かに15才という一番多感な時期に、初めての戦場でそんな目に遭えば、以後の精神活動に変調をきたしても、不思議ではない。

 しかしフェアンには、兄を慕う気持ちを抜きにしても、兄の気が狂れたとは思えなかった。ただそれを自分の頭の中で形にまとめるには、フェアン自身もまだ14年しか生きておらず、人生経験が足りない。


「ランは…どうしてその時、兄様は笑ったんだと思う?」


 ラン・マリュウ=フォレスタは21才。フェアンやノヴァルナより人生経験は積んではいる。とは言え世代的には大して変わらない。


「さあ…それこそ、真意はノヴァルナ様御自身にしか、わからない事でしょう」


 苦笑いを含んだ口調で、もどかしげに応じるラン。ただ自分なりの見解はあったらしい。


「…ですが私が思うに、その瞬間…ノヴァルナ様は御自分の中で、生きる事と死ぬ事の理不尽さに、“折り合い”をつけられたのではないでしょうか?」


「折り合い?」


 それはフェアンにはまだ思い至れない、難しい表現だった。しかしなんとなく理解は出来る。“折り合い”とは本来なら“妥協”という意味だが、この場合“全てを受け入れて納得する”といった意味が近いだろう。


「折り合い………」


 シャトルの窓の外に広がる、惑星ラゴンの大海洋を見詰めて呟くフェアン。するとランが静かな口調で告げる。


「そういえば、惑星から脱出してオ・ワーリに帰還した船の中に、ノヴァルナ様はメモ書きを残されていました」


「メモ書き?なんて書いてあったの?」








「死のうは一定いちじょう…と」






▶#09につづく

 

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