10月13日 麻酔の日

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 本日2017年10月13日は「麻酔の日」である。


 麻酔の日は、1804年のこの日、世界で初めて全身麻酔による乳癌手術を成功させた事を記念して日本麻酔科学会が制定した一日である。


 今や医療行為に欠かせない麻酔であるが、未だになぜ全身麻酔が人体に効くのかが解明できていないというのは有名な話である。さらに言うと、麻酔には注射による静脈麻酔と、吸気による吸入麻酔の二種類あるが、この吸入麻酔もなぜ効くのか解明されていないらしい。

 そのくせ、麻酔と言うのは我々が思っているより遥かに危険な行為である。一万人に一人、あるいは十万人に一人は麻酔が原因で亡くなっていると言われている。

 

 一体誰がこんな無責任な医療を始めたのかと言われれば、実はそれが日本人だったと知る者は少ないだろう。

 世界で初めて全身麻酔を成功させたと言われる人物は、華岡青洲という江戸時代の外科医だった。彼が1804年に乳癌手術の為に全身麻酔を行ったと記憶に残されているのである。


 実は、彼はぶっつけ本番でこれを成功させたわけではない。華岡青洲は二人の女性で麻酔を試し、成功させるまでに一人を死亡させ、もう一人を失明させている。

 それだけを聞けば華岡青洲とは血も涙もない男だったのだろうと人は思う筈だ。しかし、事実は違う。


 死亡した女性は於継と言う。失明した女性の名は加恵である。

 於継は華岡の母親であり、加恵は華岡の嫁であったのだ。


 麻酔を受ける人間は、医学の進歩を願ったこの二人の女性と、己の命よりも大切な物を差し出した一人の男に感謝を送るべきである。

 なぜ効くのかわかっていない麻酔を延々と続けてこれたのは、その前に命を用いてまで実験台になることを申し出てくれた、三人の人間がいてくれたおかげなのだから。




 今日は麻酔の日。特別な一日である。

 我々は本日を祝福し、過ごさねばならないだろう。

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