104 指輪、トラ、手品師
テントの中は照明が絞られ、中央の、教室一つぶんぐらいのステージだけが光を反射するように調整されていた。客席は半円状にそのステージを囲み、その反対側には垂れ幕から降りる階段がステージに伸びている。
「お次は召喚士の登場です」
浮かれた雰囲気には少し不釣り合いな落ち着いたアナウンスの声に合わせ、垂れ幕を払って登場したのは、大きなシルクハットにタキシードスーツを着た男だ。服自体はモノクロだが、身体中につけた腕輪や指輪、ピンやワッペンなどがギラギラ光を反射する。不自然に大きく釣り上げられた笑顔からも、どこかインドの胡散臭い土産物のような男だった。
彼は帽子を取って大仰に客に挨拶すると、シルクハットを器にして中に懐から取り出した粉末をふりかけた。そしてマッチを擦って放り投げ、スクリーンにカウントダウンが表示される。3、2、1、0。
すると腹がビリビリ震えるような唸り声とともに、一頭の虎が飛び上がった。どこからと言われればシルクハットの中からとしか言えない。男は周囲を警戒する虎に背を向けて客にまた大仰な挨拶を送る。すると虎が爪を立てて男の背に飛びかかった。声もなく男は下敷きになり、虎が2、3度、牙を打ち立てると、それが当然と言わんばかりに肉を引っ張り出して食べ始めた。その場の観客誰もが突然の事態に理解できなかった。照明は暗く、近い客席からでも虎の下がどうなっているのか見ることはできない。やがて観客がパニックになる頃には、男の痕跡はすっかりなくなってしまっていた。
悲鳴、絶叫。ある客は我先にと扉に押しかけ、またある客は目の前の光景にただ立ちすくむ。扉の前は過密状態になり、あわや圧死かと思われた時、ぷうぅぅーと間抜けな音がテントいっぱいに広がった。おならだ。ステージの虎がオナラをしたのだ。さっきから虎はステージの中心でじっとしていたのだが、気の抜ける音に客が目を向けると、何やらブルブ震えている。最初は小刻みだったのが、だんだん痙攣のような大きい振動に変わっていく。3、2、スクリーンにカウントダウンが映し出された。1、0。。大きな版オンとスモークがたかれ、ステージが白い靄で覆われた。煙の帳の中には一等の大きな虎、そして一人の男がその後ろに立っていた。まさか。観客たちは馬鹿げたこととを考えた。あれはさっき食われたマジシャンなのでは? 果たしてスモークが晴れると、そこに立っていたのは茶色のスーツを着たあの男には違いなかった。よれたスーツにはギラギラした装飾が光を放ち、顔にはあの大げさな笑顔が張り付いている。男はもう一度一礼して大人しくなった虎に向き合うと、抱え上げて一口で虎を丸呑みしてしまった。
そのままにこやかに垂れ幕の階段を登り、姿が隠れると、照明が切り替わりないゴトもなかったかのようにアナウンスが続いた。
「次は二人の道化師の登場です」
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