96 水、毒、ふくらはぎ

水の中に浮かんでいる。目の前で揺らめく光は太陽か?

「この毒取りで死んでも、文句言うなよ」

誰かの言葉を思い出した。若く、自身のある頼もしい男の声だ。その男は今、仲間とともに水の中に浮かんでいる。俺もその一人だ。

岩に打ち付ける波の形が変わった。潮が引き始めた。

「いくぞ」

男と仲間たちは一斉に潮の引く水面を目指した。

動き出したのは俺たちだけではない。水底を這うものたち、巨大なくねるものたち、それらも水面へ駆り立てられる。

赤く棘のあるものが今まさに自ら殿とした時、出んとした時、リーダーの男がそれを掴み、返す手でその毒棘をふくらはぎに刺した。仲間たちもそれに続き、似た生き物を己の身に刺す。俺もだ。太い棘はやすやす皮膚を突き破り、毒が体を回る恐怖が首を掴んだ。

「この毒取りで死んでも、文句言うなよ」

俺はその言葉になんと返したのか。


気づくと岩の上で寝ていた。地の底に貼り付けられ、陽の光は肌を焼き焦がす。

「よお、気がついたか」

彼の声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る