最後の魔女94 獣人の少女

「くそっ、話が違うじゃない。なんであの女まだ生きてるのよ!」


 ここは王城西の塔最上階のエルスレインの寝室。一緒に居るのは黒いフードを被った人物だ。


「あの呪怨は解呪出来るはずがないんだけどな」

「現にターニャはピンピンしてたじゃない!」

「娘が国外に出たのは恐らく解呪薬を作る為だよ。さしずめ幻想花を探しに鉱山都市トレランス辺りか。だけど解呪薬を作るには腕の良い錬金術師が必要なはず。一体何処でそんな輩を見つけたのか」

「こっそり聖女を連れ込んでいたんだから知り合いの錬金術師にでも頼んだんでしょ。そんな事より、もう一度やるわよ」

「無理だよ。お前も知っているでしょ。準備に最低でも4日必要だ」

「だったら今すぐ取り掛かりなさいよ!」


 無茶を言う。何故僕がこんな奴の言いなりにならないといけないのさ。妹が人質にさえ取られていなければ、こんな奴⋯。


 エルスレインに逆らえないのか、渋々といった表情で黒フードは準備に取り掛かるべく地下へと降りて行く。


 ここは、西棟の地下4階の一室。黒フードはここを呪怨の儀式を行う場所として使っていた。この扉には厳重に施錠が施されていた⋯はずだった。


「な、何故鍵が開いて⋯」


 すぐに部屋の中に駆け込む。

 恐る恐る視線を向けると、その中にいたのは、僕よりも小さな女の子だった。

 迷子になって潜り込んできたのだろうか、いや、そんなはずはない。施錠は外から破壊されていた。少なくとも目の前の容姿の少女にそんな芸当が出来るとは思えない。


「お前は何者だ」

「待ってたわよ。この場所はアンタの部屋で間違いないわね?」


 その時、僅かに感じたこれは殺気?

 明らかに目の前にいるのは少女じゃない! やられる前にやるしかない。

 懐から短剣を取り出し、少女目掛けて投げる。

 この短剣は不可視の護符を貼り付けている為、常人には見る事が出来ない。


「危ないわね」


 少女の背後から巨大な黒い腕が現れたかと思えば、見えないはずの短剣をいとも簡単に掴んでいた。


「ば、ばけもの⋯」


 聞いた事がある。あれは高位の悪魔が使う悪魔の腕。僕なんかが抗ってどうにかなる存在じゃない。きっと目の前の少女は僕を狩に来たんだ。悪い事をした僕を⋯。


「何泣いてるのよ」


 え⋯

 慌てて目頭を抑える。自分でも気が付かない内に涙を溢していた。命令とはいえ、何の罪もない人を呪い殺そうとしたんだ。いつかは罰を受けないといけないと思っていた。それがまさかこんなに早いなんて。


「僕を殺しに来たんだろ! さっさとやったらどうだ!」


 何だ目の前の悪魔は⋯さっきから周りを調べるだけ。僕の命を奪いに来たんじゃないのか?


「おい! いつまで待たせるんだ。早く僕を殺せよ!」

「うるさいわねアンタ。そんなに死にたいのなら、こうしてやるわ」


 悪魔の少女が腕を振り上げた瞬間、私の意識が刈り取られる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 リグが呪怨の儀式が行われた場所を調査中に首謀者と遭遇。で、リグに勝てないと判断したその子は、殺せと怒鳴りつけ煩かったから黙らせて、お持ち帰りしたと。


「で、連れて来たと⋯⋯」

「はい!」


 だからズルいよ。目をキラキラさせながらの上目遣い。まぁでも確かにお手柄なのには違いないので、いつもより多めにリグの頭を撫でる。


 それにしても驚いたのはこの子。リグの話では僕僕言ってたから男の子だって事だったけど、フードを外してビックリ。可憐な女の子だった。

 だけど、それより驚いたのは、この子なんと獣人だった。

 この世界において獣人は結構珍しい。いない訳ではないが、滅多に人里には現れない。

 独自で集落を形成し、基本的に他人とは関わらないスタイルを取っている。何処かの国で獣人と共存している場所もあると噂では聞いた事があるから、私のいつか行ってみたいベスト3に入ってる。

 時々運悪く人族に見つかり、奴隷扱いされたり見せ物扱いされるパターンはあるけど、この子の場合は自由に行動出来てた感じだから後で聞いてみよう。

 取り敢えず、起きた瞬間暴れられても困るからベッドに見えない糸でぐるぐる巻きにしておいた。あれ、確か前にもこんなことがあったような⋯。まぁ、いいか。


 それにしてもよく寝てるね。リグってば、どれだけ驚かしたのさ。威圧を放って黙らせたって言ってたけど。

 私は特にすることもないので、獣人の少女の耳をもふもふしながら時間を潰していた。


 すると突然、少女の目が見開いた。

 私の顔と少女の顔との距離は15cm程度しかない。

 何故だか少女は顔を赤く染めて私の目を凝視していた。熱でもあるのかな?

 私はおでこ同士をくっつけて体温を確認した。うん、大丈夫。平熱かな。


「おはよう。気分はどう?」

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