最後の魔女92 エルスレインの魔の手1

 慌しくドンドンとドアを叩く音と共に金属音の擦れ合う音が微かに聞こえる。鎧を着た兵士に違いない。そういえば、シルフィはお忍びで幻想花を探してたんだっけ。もしかしてここに居るのがバレたのだろうか?


「私が出ますわ。シルはここで待っていてね」


 ターニャさんとアリシアさんが入り口へと向かう。


「お姉様、あの人が全快したことがバレちゃうけどいいんですか?」

「本当はよくない。もう少し考える時間が欲しかったけど、仕方ない」


 だって、ターニャさんが話をしないとたぶん、シルフィが捕まっちゃうかもしれないから。

 だけど、これで術者に知られてしまうのが早まったのも事実。すぐにでも次の手を打ってくるかもしれない。打たれる前にこちらから打つしかない。


「ええ、それではこれで失礼しますわ」


 ターニャさんが戻って来た。


 やはりシルフィを捜索していた衛兵だったようだ。事情を説明して帰って貰ったみたいだけど。


 私はこの衛兵を尾行する為に眷属シャナリオーゼを召喚していた。


(久し振りに呼び出したかと思えば、いきなり仕事かにゃ)


 久し振りに呼び出したかと思えば、文句とはいい度胸ね。


(主人の命令は絶対。無駄口叩いて見失ったらお仕置きだから)

(にゃああ!)


 駄猫こと、にゃもを尾行役に任命する。勿論、周りにバレないように不可視の魔法を使っている。

 私の考えが正しければ、シルフィの行動を疎ましく思っているのは呪怨を仕掛けた本人だと思うから。


 さて、動くなら早い方がいい。


「ターニャさん、私を王様の所に連れて行って下さい」

「お姉様、それは危険です。いつぞやの剣王の事もあります。行かれるのでしたら私もお供します」

「大丈夫。無茶はしないから。それにリグには別に頼みたいことがある」


 リグの頭を撫でて何とか了承の許可をもらう。にしてもリグの外見が大人になっちゃったから、撫でる為にいちいちしゃがんで貰わなくちゃいけないのは少しだけ不便。


「リアさん、貴女は一体⋯」


 また怪しまれてしまったみたい。こんな時は⋯


「私はただの正義の魔技使い」


 新しく魔技使いと言うバリエーションを考えてみた。まぁ、冗談はさておき急いだ方がいいのだけど、ターニャさんは病み上がりだから今晩は安静にしてもらい、明日の朝に国王様に会いにいく運びとなった。


 私たちは個室を一室当てがってもらい、作戦会議を練っていた。


「お姉様の慈悲は神をも凌駕していますね」

「神様はリグの方じゃ」

「私は元です。それに神様じゃなくて、十二星? それに今は正反対の存在ですよ、フフフ」


 リグは妖艶な笑みを浮かべる。


 まるで悪魔のような笑み。あ、悪魔だった。まぁ、そんな事より明日の朝までにやっておく必要があることをリグに伝える。

 それは、国王様が何らかの精神汚染の影響を受けていないかの確認だ。

 急に豹変してしまった態度から恐らくそう言うことなのだろうと思っている。でもそれが見破れるのは解析が使える私だけ。リグには出来ないから頼みたいのはもう一つの方。

 それは、呪怨が使われた現場を特定して欲しい。あれだけのレベルの呪怨を施そうと思えば、それなりの準備とそれなりの時間、場所が必要になるはず。また使われても困るから現場を押さえて破壊して欲しい。まぁ、呪怨を行使するには何日も掛かる儀式が必要だからすぐすぐは大丈夫だと思うけど。


 リグは元気よく返事をし、そのまま一目散で駆け出してしまった。

 あーあぁ『バレないように』って言葉を言い忘れた。

 まぁ、リグなら上手にするよね、たぶん。


 そのまま一人寂しく、部屋で待つこと数時間。

 はぁ、お風呂が恋しい⋯。お風呂に入れないだけで、こうもイライラするとは⋯⋯むむぅ。


(ご主人、問題発生にゃ。さっきの兵を尾行したら周り回って王様の所に報告が挙がったにゃ)


 駄猫からの定時連絡だった。

 全く持って報告は要点を簡潔かつ明瞭にっていつも言ってるのに。


(で?)

(さっきのお嬢ちゃんを今すぐに連れて来るように命令が下されたにゃ)


 ふうん。まずは娘から事情を聞き出すのだろうか。

 もしかして、母親が全快したことは報告に挙がっていない?


 またしてもドアをノックする音が鳴り響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る