最後の魔女85 怪しい影

「流石はお姉様ですね!」

「ちょっと、離れなさい!」


 人目を憚らずリグがリアに抱き付き、それをシュリが引き離す。

 ドレイクが倒れた影響で、対魔消失結界ジャッジメントが解かれた。


 周りを見渡すと、気を失って倒れている兵士たち。

 全員、辛うじてまだ命はあった。


「リア様、この者たちの処遇、どのように致しますか」


 敵の大将だったお爺さんは、結果的に倒してしまった。そうじゃないと負けていたのは私の方。だけど、良い気はしない。


 なるべくならば命は奪いたくない。


「記憶の改竄だけ。命の危ない者には治癒を」


 意識を失っている者以外、この場所には私たち以外にはいなかった。ついさっきまでは⋯


「お優しいことですね」


 警戒心の強いシュリちゃんでさえ気が付いていない。誰かが急に私たちの前に現れた。


「誰よアンタ!」


 いつのまにやら閉ざされた入り口が開いており、そこに立っていたのは、仮面を被っていた一人の少年だった。

 右手には刀身が紅く美しい輝きを放っていた剣を握っていた。

 あの剣は、お爺さんが使っていたものと同じ?

 チラリと視線を送ると、先程まで落ちていた剣の一本が無くなっていた。


「アナタたちに用はないですよ。僕げ来たのはこれを回収する為ですから」

「何意味の分からないことを言ってるの。生憎と今すっごく機嫌が悪いの。アンタで憂さ晴らしさせて貰うわ」


 リグが大きく跳躍し少年へと悪魔の腕を振るう。地面が抉れてひしゃげ、何本も亀裂が入る。

 しかし、そこに少年の姿はなかった。


「もうこの辺りにはいないようです。完全に気配が消えました」


 一体、何者だったのかしら。

 剣のコレクター? あの剣なんか凄い業物だったから、もしもの時に備えて回収される手筈になってたのかな?


 兵士たちの記憶改竄を終えた私たちは、シュメルハイツへと戻って来た。

 なんて言うかあんな事があった以上、早くここを離れた方がいいよね。


「すぐに出るよ」

「はい、どこまでもついて行きますよ」


 月の家の居心地は良かったんだけどな。でもしょうがないよね。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あまり良い趣味とは言えない赤一色の部屋の中、座して待つのは、豪華絢爛な衣服を身に纏い見事なまでの髭を生やした高貴なる人物。何処かの貴族と思しきその人物の前に一人の少年が跪いていた。


「戻ったのかアレス」

「はい、今し方」

「その様子だと、無事に持ち帰って来れたようだな」

「割と簡単な依頼でした」

「流石だな。あの剣王から奪って来るとは。まぁ、何にせよこれで大きな野望の実現に限りなく近付いたではないか」

「ああ、そうそう。剣王は死んだよ。教皇ご自慢の飼犬だったのにね。今頃悲しんでるんじゃないのかな」

「なに、あの剣王を倒したのか。流石にお前でもまだそこまで実力はつけていないだろう。それか、危ない薬でも使ったのか?」

「僕じゃないですよ。こっちの方が驚きの情報なんだけどさ、剣王を倒したのはなんとあの魔女なんだよ」


 魔女は世間体にも50年以上前に滅んだと言われる者たちのことだ。


「あの魔女狩りから生き延びた者がいたと?」

「剣王を圧倒するくらいには強かったね。あれは僕も戦いたくないね。今はまだ勝てる気がしないよ」


 あのアレスがここまで絶賛する魔女とは一体。

 しかし、あの方の野望実現の為には是非とも手駒に加えたい所だな。もしも障害となり得るようならば全力で排除する必要がある。


「アレス。お前は引き続き残りの五龍の遺産の回収をしろ」


 アレスは、ニヤリと笑みを零し、一礼だけしてこの場から消えた。


 さて、件の魔女とやらを仲間に引き入れる準備もせねばな。


「アイシラはいるか」


 暫くすると、ドアがノックされ少女が入ってくる。


「お待たせして申し訳御座いません。お呼びでございますか」

「うむ。其方に特例の任を言い渡す」


 アイシラへの特任は、アレスの報告にあった魔女に近付き親交を深め、人となりを探り、こちら側に引き込めそうならば勧誘してくるようにとのものだった。


「もしも、こちら側に相応しくないもしくは、拒否された場合は如何致しましょう」

「言わずとも分かるであろう」

「承知致しました」


 アイシラもまた仰々しく一礼し、この場を後にする。

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