最後の魔女75 未来を変える

 恐る恐る目を開ける。

 

 あぁ、私の身体⋯ちゃんとあるね。無事に戻ってこれたみたい。だけど、え、この夥しい量の血。私のだよね。ヤバくね。サンドバックってこゆこと?


 ⋯ヤバい。今戻った意識がまた遠退きそう。


 私はウェルズの度重なる魔法を受け、既に瀕死の状態だった。ユリアーナは、うん大丈夫だね。まだ生きてる。

 ボロボロだけど私は倒れなかった。『アンタのそんなチンケな魔法如きいくら喰らっても平気なんだからね!』って言う精一杯の強がりのつもりだった。


 でも、そんな私の無駄な努力が功を奏したようだ。痺れを切らした魔族がユリアーナをその場へ放り投げ、私目掛けてその鋭利な爪を振るう。

 こんな状態だからもう動けないと思ったのだろう。直接その首を狙いにきた。

 アンタの考えは概ね正しい。だけど分かってないことがあるよ。


 それはね、私が悪魔一の負けず嫌いってことだよ。


 引き付けて引き付けて、私の首に触れるその瞬間。悪魔の腕で爪を掴み上げる。


「痛ったいっつってんでしょうがぁぁ!」


 転移の隙を与えずただひたすらに殴り続ける。腹や足や手、そして顔を入念に。


 ひとしきり殴り終えると、魔族はピクリとも動かなくなり、絶命した。それを確認した私もその場に死ぬように崩れ落ちる。


 薄れゆく意識の中で誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。あぁ、もう一歩も動けないや⋯まぶたが重い。でも、これであの最悪な未来は回避出来たよね。ざまぁみなさいよ。


 あぁ⋯これ⋯で⋯悔いは⋯ない⋯。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 フカフカな感触。何処からともなく匂ってくる良い香り。

 もしかしてここが噂に聞いた天国かしら。期待に胸膨らませ目を開ける。


 見慣れない白い天井。木漏れ日がさして少しだけ眩しい。

 隣で可愛らしく『スースー』と寝息を立てているのは、ユリアーナだった。

 私、生きてたんだ。何も覚えていないけど、ユリアーナに助けられて看病されてたのだろうか。看病中に疲れて寝ちゃったのかな。そんなユリアーナの顔をジーッと眺める。

 暫く眺めていると私の視線に気付いたのか、小さく伸びをした後に薄らと目を見開いた。


「おはよう」

「おはようリグレ⋯⋯って目が覚めたの!」


 ユリアーナは驚いた表情を見せたかと思えば今度は目に涙を浮かべていた。


「うーん、どうやら生きてたみたいって、わわっ」


 私に抱き付き、そのまま大泣きしてしまった。


 何というかこんな経験がない為、こういう場合にどのような対応を取っていいものか分からない。一人ワタワタと慌てつつも、頭をワシャワシャと撫でる。結局はユリアーナが泣き止むまで付き合うこととなった。


 その後、ベッドから降りた私の姿を見て、ユリアーナが赤面すると、すぐさまベッドの中へと戻される。


「そ、そういえばリグレッドの服、血で汚れちゃってたから全部脱がしていたのを忘れてた。ちょっと今から買ってくるからこの部屋から絶対に出ないでね」


 ドタドタとユリアーナが部屋を出る。


 改めて自分の姿を見ると、確かに一糸纏わぬ姿だった。

 悪魔は他種族と違い、ある程度成長しきると姿形はそのままで止まってしまうという特性を有している。そんな中でリグレットの場合は珍しく、幼女の姿のまま見た目の成長はストップしていた。


「変なの。こんなチビ助の姿で、すっぽっぽんでも別に誰も気にしないでしょうに」


 私は目が覚めてからあることをずっと考えていた。

 それは、あの思念だけの状態でいた時に怪しげな人物⋯⋯いいえ、アプロディーテ様に頂いた褒美についてだった。


 私はあの時、前世の記憶の断片を善行の褒美と言う形で授かった。

 私はどうやら前世は十二星なる神様みたいな存在だったらしい。詳しい経緯は分からないけど、大昔に大罪を冒して悪魔に転生とか冗談みたいな本当の話。

 でもこれで今まで感じていた疑問とか違和感とかの正体が一本の線に繋がった。悪魔なのに命を奪う争いに抵抗があったのはそう言うことなのね。前世の私の意思が拒絶していたってことだよね。

 まぁでも前世の記憶を多少思い出したって程度で、私としての人格とか性格だとかは変わっていない⋯と思う。時間差でこれから変わっていけば分からないけどね。


 そんなこんな自問自答していると袋をたくさん手に携えたユリアーナが入って来た。


「リグレット。さぁ、お着替えの時間よ」


 なんで、顔がニヤニヤしてるんだろうと思いつつ、その後私は丸一日中、抵抗の甲斐も虚しくユリアーナの着せ替え人形と化すのであった。

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