最後の魔女71 強者との対峙2

「すみません、勇者様はいらっしゃいますか?」


 リグの拠点としている古城から徒歩で半刻程に位置する都市アージスに滞在していた勇者一行。

 そんな彼等の元に厄介な依頼が持ち込まれた。


 彼女の名前はサシャ。ここより南西の小さな農村に住んでいるのだが、最近近くの廃坑跡にてモンスターが発生していると言う。

 普段この辺りの地域は、のどかで平和なこともあり、モンスターの類を見かけることも稀だったのだが、村人の一人が様子を伺った際にモンスターの犠牲者となってしまった。

 身の危険を感じた村人は、勇者一行が近隣を訪れている噂を聞きつけ、討伐の依頼を申し込む運びとなった。


「状況は分かりました。すぐに向かおう。サシャ案内をお願いするぞ」


 緊急性を感じ、特に準備をせずに、勇者一行は出発した。


 道案内のサシャを連れて徒歩での移動だったこともあり、到着する頃には日がスッカリと沈んでしまっていた。


 村の入り口で待っていたのは、この村の村長でもあるカイジンだった。村長という割には意外と若く、年の頃は40代程度だろうか。

 本日はもう遅いからと、モンスター退治は明日からとなり、今日の所は村唯一の食堂でささやかな宴会が催された。


 次の日の朝、日の出とともに勇者アレクシス一行は目撃情報が寄せられた場所へと足を運んでいた。

 そこで見た光景は、何とも目を疑う光景だった。


「何で、こんなにモンスターの死骸が散らばっているんだ?」


 今回モンスター退治の依頼を受けたはずの彼等の標的が既に何者かにやられ、無残な状態で放置されていたのだ。


「この感じだと、倒されてからそんなに時間は経ってないわね。同業者かしら?」

「だと良いんだがな。気を付けろよ。何か鋭利な刃で大型魔獣が真っ二つにされてるんだ。悪魔⋯⋯いや、もしかしたら魔族の可能性だってあるかもしれない」


 アレクの考え過ぎとは言えない。けど、用心に越したことはないわね。

 ユリアーナが注意深く辺りを警戒していると、遠くから物音が聞こえて来た。視界を向けると、まるで何かから逃げるようにモンスター数体がこちらに向かってくる姿が視認出来た。


「ナイルは火炎陣の準備を。ジェイクは身を隠し様子を伺ってくれ。ユリアは俺の後ろに」


 突進するモンスターの群れを炎の壁が遮る。その隙をアレクシスが斬り伏せていく。撃ち漏らしは影に潜んでいるジェイクが毒を塗った短剣で弱らせ、トドメをナイルローズが魔法で沈める。


 そうして危なげなくモンスターを討伐し終えると、先の方に微かな人影が写る。


 一筋の閃光が目の前を走った。


 何かが光っただけのように見えたそれは、遠目に見える何者かの先制攻撃だった。


 一瞬過ぎる出来事にユリアーナは何をされたのか分からなかった。放心状態の彼女を舞い戻してくれたのは、バタリと背後から何かが倒れる物音だった。

 魔女ナイルローズが血を流し、倒れていたのだ。


「な、ナイル!」


 とにかく治癒ヒールしないと、ナイルが死んじゃう。


「ユリアーナはそのままナイルを連れて離脱してくれ。アイツは私が引き付ける! ジェイクはフォローを頼むぞ」


 考えてる時間はない。ナイルに最低限の処置だけ施して安全な場所へと移動し、なるべく早くアレクたちの元に戻らないと。

 その時、何を思っただろう⋯。私は心の中である少女に助けを求めた。

 神でもないのだから心に願ったことがその人物に伝わるとは思わない。だけど、何故だか助けを願わずにはいられなかった。


 ナイルを肩車して少し離れた岩場の裏へと回った。

 失った血の量が多かったから意識は戻らないけど、取り敢えずの危機は脱したかな。


 ごめんなさい、ナイル。少しの間待っててね。


 私はすぐにアレクたちの元へと戻った。

 そこで目に映ったのは、魔族の鋭く尖った爪に貫かられ、口から大量の血を吐き出していたアレクの姿だった。


 聖女である私が取り乱してはいけない。

 恐怖で叫びたくなるも必死に心の中で言い聞かせる。

 魔族の背後からジェイクがその首目掛けて猛毒が塗られている短剣を振るう。

 まさに相手の隙をついた絶妙なタイミングだった。

 仲間であるアレクを利用してまで作り出した最初で最後のタイミング。絶対に外してはならないとジェイクは自身が持てる最高の速度で抜き放つ。


 甲高い金属音だけが虚しく辺りに響き渡った。


 ジェイクの攻撃は確かに魔族の首元へと届いた。

 しかし、想定外だったのはその皮膚の硬度だった。皮膚と言うのも疑わしい全身が鎧のような濃い紫色の身体。その硬度は半端な刃物では傷すら与えられない程に硬かった。

 魔族はアレクを雑に放り出すと、背後を振り向き次なる獲物を見定める。


 暗殺者は闇に身を潜め、不意打ちを得意とする職業で、正面から堂々と戦闘を行うのを苦手としている。


 敵に察知されれば即ち逃げるしか手はない。

 しかし、それは手助けしてくれる仲間たちがいなければ成立しない。既に魔女であるナイルローズ。勇者アレクシスはやられてしまった。聖女は戦闘職ではない。

 つまり、暗殺者でありながら圧倒的に不利な状況でありながらジェイクは一人でこの化物を相手にしなければならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る