最後の魔女63 堕天

 水晶に映し出されていたのは、女性が今まさに押し入った賊に斬られようとしている様だった。


「行かせないよ」


 心配そうな顔で、水晶と私の間に立つイル。


「ごめんね、やっぱり見捨てられないよ」

「死ぬかもしれないんだよ? それに⋯あまり勝手な行動は、神様から罰を与えられちゃうかもしれないんだよ」

「イルに迷惑を掛けるつもりはないよ。これは私の独断だから、誰かに聞かれたらそう答えて」


 私はイルの頭をいつもより多めに撫でる。何となく分かる。これがイルとの最後だって。たぶん、このまま外に出て行ったら私は、ただでは済まないと思う。


 じゃあ、なんで分かってて行くのかって?


 見捨てられないからだよ。


 途中で投げ出すくらいなら、最初から助けたりなんかしないよ。


 私はイルに別れの挨拶を告げて星の社を後にした。



 振り下ろされた大剣を不可視のフィールドで弾き、その者の首を撥ねた。


「あ、貴女⋯いえ、貴女様は、もしや」


 振り返り、彼女の頭を優しく撫でる。

 私は一緒には行ってあげられないけど、せめて身を守れるように、ある神術を施した。


「大きくなりましたね。後は任せて、早くお逃げなさい」


 私は、この地の住人たちを救う為、その力を奮う覚悟を決めた。


 神力を使い、文字通り賊たちを消し済みにしていく。まるで、私が私じゃないみたい。


 なんだろう⋯


 意識はあるのに、私じゃない誰かがこの身体を動かしてて、それを上の方から見てるような感覚⋯



 気が付けば、私の前には数多の侵略者の屍が積み上げられていた。


 しかし、周りにはまだその何倍もの数の敵兵が、私に向かって攻撃を仕掛けようとしていた。


 もう神力は使い果たして、義体の身体もボロボロみたい。一歩も動けないや。

 元の身体に戻る力も⋯もう残ってないね。

 ははっ⋯⋯あの子たちは、無事に逃げられたかしら。


 矢が、剣が、魔法が私の身体を貫いた。

 所詮は偽物の身体。痛みは何も感じないや。



 景色が暗転する。


 あれ、何だろう⋯⋯此処はどこ?


 気が付いた先は、先程の戦場ではなく、花々に囲まれた庭園だった。


 見下ろしても、自分の身体はなく、丸くてモヤモヤした、まるで意志だけの存在になったみたい。もしかして、幽霊?


「まったく、とんでもないことをしてくれましたね」


 あ、この優しそうでいて、少し儚げな感じの声は、アフロディーテ様?


「聞こえていますか?」


(あ、はい!聞こえてます!)


「何故あんなことをしでかしたのかは、貴女の心の中を見れば分かります」


(ごめんなさい⋯)


「責めはしません。だって貴女は後悔などしていないのでしょう?」


(はい、後悔はしていませんが⋯)


「貴女が危惧しているあの娘ですが、無事に逃げ遂せたようですよ」


(それは本当ですか!?)


 良かった、良かったよ⋯

 あの娘が無事なら⋯⋯。これで私は思い残すことは⋯⋯


 あぁ、私の身勝手な行動で迷惑を掛けてしまった十二星の皆様や、アフロディーテ様、それにイルに⋯⋯謝罪をしたかったなぁ⋯


「こんな時でも、貴女は自分のことよりも他人の心配ですか」


(すみません⋯)


「謝罪は不要です。さて、私も忙しい身です。早速ですが、貴女への処分を言い渡します」


 何を言われても素直に受け入れる覚悟だった。


「貴女には、堕天の刑が下されました」


 聞いたことがあった。

 それは、まだ私が天界で十二星になるために勉強していた時だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ、アフロディーテ様ぁ、堕天ってなあにぃ?」

「貴女は勉強熱心ですね。堕天とは、私たち神や十二星などが悪魔堕ちすることを言います。そんなに怖い顔をしないでも大丈夫ですよ。特殊なケースで且つ余程の大罪を犯さない限り、堕天の刑が執行されることはありません」

「堕天しちゃうと、どおなるの?」

「そうですね、過去に堕天の刑が執行されたことは1回だけしかありません。あれは、十二星の乙女座でしたね。十二星である彼女は、あろうことか地界に住む人族に恋をしてしまったのです」

「恋をしてしまったら、大罪なんですかぁ?」

「仮にも下位神である十二星がただの人族に恋をするのは許されないのですよ。貴女にもいつか分かる日が来ます⋯」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(はい、全てを受け入れます)



 私の承諾が堕天の始まりだったのか、視界がどんどんと意識もまた遠退いて行く。


「微かに前世の記憶を持ったまま、悪魔に転生するのです。記憶があることで、より罪悪感を感じるようにとの一説があります。悪魔とは、邪な衝動を抑えれないと聞きます」


 アフロディーテ様は、一雫の涙を溢した。


「いいですか、シュティア。自我を強く持ち、悪の心に囚われないで下さい。そしてまた、いつの日か⋯⋯」

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