最後の魔女48:魔技使い1

「これが御神木ですか。改めて見ると大きいですな」

「こんなぶっとい木、どうやって伐り倒すんだ?」

「なあに、あの人を呼んでるらしいぞ」

「当初より1ヶ月も遅れましたが、これでやっと宿の解消になりますな」


 わいわいがやがやと御神木の周りに20人近い人物が集まっていた。

 後方の方には野次馬だろう、街の人々がゾロゾロと集結していた。


 袴を羽織り、祈禱師の出で立ちをした人物が前へ出る。懐から丁寧に折り畳まれた紙を取り出すと、ブツブツと何やら読み出し始めた。


 背後から何人かと一緒に白銀のマントを風になびかせ、明らかに業物感を漂わせた異彩を放つ剣を腰に携えた人物がやって来た。

 彼は、この世界に100人しかいない勇者の称号を持った人物でもある。

 彼は、ここダーブルの出で、且つ貴族でもあった為、事あるごとに呼ばれ、その力は重宝されていた。


 やがて祈禱師が祈りの言葉を唱え終えると、


「アレス様、ではお願い致します」


 彼がこの場に呼ばれたのは、他でもない。目の前に聳え立つ樹齢数千年の御神木を伐り倒す為だった。

 きこりたちが100人いた所で伐り倒すまで数ヶ月は要するこの大木をたった一人の勇者が任されていた。


 御神木の遥か上空の方に二人の少女が眼前で今まさに行われようとしていた行為を見下ろしていた。


「はぁ⋯本当にやるの?」

「私もあんまし気乗りしないけど、精霊と約束しちゃいましたしね。それより、中々手強そうなのが出て来ましたよお姉様!」


 何故楽しそうなのかねリグは。強い輩を見るとアドレナリンが上がるタイプだよね。どこの戦闘民族何だか。


 今朝方、私の元に舞い込んで来た精霊さんの願いは、この御神木を守って欲しいと言うものだった。

 それにしても精霊さんの宿り木を伐り倒すなんて、そんな大それた事をするなんて頭おかしいんじゃない?

 精霊さんがいるからその土地が安寧で居られるってこと分かっているのかな?

 伐採の計画が決まってからというもの、毎夜毎夜この街の領主の夢の中に潜入し、必死に中止してもらうように訴えかけたけど、ダメだったらしい。

 どうしてそんな回りくどいことをしているのかと言うと、精霊は人間たちの目には見えないから。直接物申すことが出来ない。

 だから擬似的な方法をとる必要があった。


 強者の気配を纏った者が御神木に近付いてくる。

 うーん、たぶんあいつがこの木を伐るんだろうね。


(お願いしますお願いします! 魔女様!)


 やる気なさそうに枝に座っている私の袖を引っ張る精霊さん。

 うん、精霊さんは悪くないよね。悪いのはアイツら。自分たちが一体何をしようとしているのかを分からせてやる必要があるね。


「リグ、行ってよし」

「あ、ごめんなさいお姉様⋯。あいつ、たぶん勇者です。勇者に対して悪魔である私は何も出来ません。それこそ近付くことも命の危険が⋯あ、でもお姉様のためならやります!」

「う⋯」


 何それ⋯初耳なんですけど。

 あーもう! 私が行くしかないじゃない!


 でもただ蹴散らしても意味がない。時間稼ぎじゃ、また次が沸いてくるだけ。


 《眷属召喚サモンシャロン


 彼女ならばまさに適任だろう。


 召喚された妙齢の女性は空中で跪き、私に対して頭を垂れる。


「頭をあげて。今日はお願いがあるの」


 彼女の名前はシャロン。

 純白のドレスを見に纏った天使をイメージして私が創造した子。後ろには綺麗な虹色に輝く羽を持っている。まんま天使。何処から見ても天使。マジ天使。私の創造は完璧。


 私はシャロンに事の顛末を念話で説明する。

 全てを理解してくれたシャロンは私に一礼すると、宙に浮いたまま下へと降りて行った。

 賢い眷属を持つと主人は楽よね。どこかの猫にその爪垢を煎じて飲ませてあげたい。


 下を見下ろすと、今まさに勇者が腰の剣に手を掛けようとしている時だった。


 そんな最中、まさに天から天使の出で立ちをした美女が降りてくるではないか。

 当然、その場にいた全員の時間が止まった。まるで時間停止の魔法でも喰らったかのように。


 突然現れたと言う驚きもあるが、何より目の前の彼女はまごう事なき美女。

 男なら当然の事、同性でさえも目を奪われないはずもなく、それは目の前にいた勇者も例外ではなかった。


「初めまして、この地に住まう者たちよ」


 シャロンは、空中で華麗に挨拶する。


 小声だけど、辺り一帯に適度な音量で響き渡る様はまさに天からのお告げと言っても過言ではない。

 領主は負い目を感じているのか地に伏せ頭を下げていた。


「あ、貴女は⋯いや、貴女様は?」


 一番近くにいた勇者が若干緊張しながらシャロンに話し掛ける。


「私はこの地に棲まう精霊の主をしています。本日は貴方方にお願いがあって参りました」

「ね、願いとは?」


 シャロンはニコリと天使の笑顔を向ける。


「ん、後方の野次馬の何人かが赤い顔して倒れた」

「お姉様、目が良いですね流石です。私には倒れたまでは何とか分かりましたけど顔の色までは判別出来ませんでしたよ」


 いや、それでも十分目はいいと思うけど⋯。一体ここからどれだけ距離が離れていると思ってるのさ。


「この御神木はこの地を守る精霊の宿り木となっています。伐り倒してしまえば、精霊は拠り所を失い、この地を去ってしまうでしょう。そうなれば、この地は精霊の加護を失うことになります」

「精霊の加護を失えばどうなると言うのだ!」


 今回の件に最も力を入れていた貴族がシャロンを睨みつける。


「いくつかありますが、そうですね、身近な例を挙げるとすれば、豊かな土壌が失われ、作物が育たなくなり、飢饉が起きるでしょう。天災に見舞われる事もあるでしょう」


 大多数は今の発言で顔が青ざめている。にしても、即興にも関わらずシャロンの演技力も大したものね。私には出来ないよ。


(何だか楽しそうねシャロン)

(はい、リア様。段々と調子が出て来た所です)


 まんざらでもないようだ。

 ちなみにシャロンは戦闘はからっきしダメ。仮に勇者と戦う事になった場合、相手にもならないだろう。

 シャロンの能力はその見た目通りで、癒しの力を持っている。相手が死んでいなければ全快まで回復させてしまう程の使い手で、私も今まで何度もその命を救ってもらった大恩人でもある。

 でも眷属が主人に支えるのは当然のこと。


「アレスよ、構わずに御神木を切り倒しなさい!」


 おおー。仮にも精霊の主と名乗る相手の願いを無視するのか。面白い。でもとうの勇者はどう出るのかな。


 勇者は再び剣の柄に手を触れる。

 もしもその剣撃を振るうならば私が出る必要がある。

 シャロンだと御神木と一緒に真っ二つになっちゃうからだ。


「カーバイド卿、申し訳ありません」


 勇者は、手を離すと両手を天へ上げた。


「どういうつもりだ! 私の命令が聞けぬというのか!」

「アレスよ、目の前の精霊が本物であるとは限らんぞ。魔族や悪魔が化けている可能性だってあるんじゃからな」


 うん、良い線ついてるけど、どちらもハズれ。


「父上。目の前の事象を無視して、それでも断行など私には出来ません」


 勇者は膝をつく。


 勇者なんて胡散臭い奴らばかりだと思っていたけど、あいつは結構いい奴のようだ。

 勇者が手を下さない以上、あの御神木は大丈夫だろう。

 一般人がどうこう出来るとは思えないしね。


「アレスがやらないと言うのなら、当初の予定通り、燃やすしかあるまい」

「最近このダーブルに来られた魔技使い様・・・・・に頼むしかあるまいな」


 !?


 聞き捨てならないキーワードが。

 魔技使い様? 何それ。

 もしかして私と同じ魔女?


「ジル殿、やはりお願いしても良いかな?」


 野次馬の中から一人の初老の男性が出てくる。


「ふぉっふぉっふぉ。任せてもらおう」


 勇者と相対する。


「天罰の怖い腰抜けは引っ込んでおれ」

「貴方は精霊様の申し出を無視すると言うのか!」


 面白い展開になってきた。

 私としては勇者を応援しないといけないんだけど、あの魔技使いと言うのも気になる。


「どうかお願いします。御神木を傷つけるのはやめて頂けないでしょうか?」

「精霊とやら。儂はな、世界を旅するしがない魔技使いじゃ。金を貰い依頼されれば何じゃってする。それにのぉ⋯」


 ジルが右手をはためかせると、突如としてシャロンの辺り一帯が爆ぜた。


「あんなみたいな偽善野郎が大嫌いなんじゃよ」

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