最後の魔女40:ダンジョンマスター

 真っ暗な地の底に落ちてから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 私の体調は最悪と言っていい程に悪い。

 脱力感が私を襲う。


 そう⋯これは魔力欠乏症の前兆だったりする。こんなに苦しいのは一体いつ振りのことだろうか。


 何もしてないのに魔力が霧散していくのが正直堪える。眷属を召喚してもすぐに消えてしまう。

 召喚の際に供給した魔力が消えれば眷属は消える。

 私自身無尽蔵の魔力と自負していたけど、全然そんなことない。


「お姉様、顔色が優れないけど、大丈夫?」


 只の明かりさえにも回す魔力は惜しいと判断し、現在真っ暗な中を進んでいる。

 真っ暗闇なのに何故私の顔色がリグに分かるのかは不明。

 エスパーなの?


「大丈夫、じゃない。ゴールはまだなの⋯」


 互いに逸れないように手を繋いで移動していた。


 既に私の魔力は1/3を下回っていた。

 脱力感と倦怠感が半端ない。


 魔力回復薬?


 ないよ、そんなもの。

 あれは正直使えない。効果の程が話にならない。

 効果の程が、総魔力量に対して何%回復とかならまだ使えた。

 だけど、%ではなく数値での回復しかできない。

 例えば総魔力量10000に対して最上級の魔力回復薬が100しか回復しない場合、全快するまで100本必要になる。

 1本金貨10枚は下らない最上級回復薬を湯水のように使える訳がない。下級の回復薬に至っては、5〜10程度の回復しかしない。魔女ならまだしも普通の人だと総魔力量はかなり低いからそれで事足りている。

 つまり、魔力欠乏症を抑える術がない。

 仮に魔力が零となれば私は動けなくなる。魔女とはそういう生き物。一応そうならない為に奥の手はあるものの、そう易々と奥の手は使いたくない。


 つまりは、今の私は結構ピンチだったりする。


 ニーナは元々魔力とは無縁な為か、割と元気そうにしている。

 リグは私と手を繋いでからというもの、独り言をブツブツ言ってるし、なんだか様子が変。

 悪魔で魔力が枯渇すると現れる症状なのだろうか?

 でも私と違い元気そうなので放っておく。


 壁伝いに登ることも試みたけど、魔力を使わずに直角の壁を延々と登るなんて無理。

 せめて多少なりとも破壊できればまだ可能性はあったけど、破壊不可の加護でもあるのか私の魔法でも傷一つつかなかった。


 奥へ行けば行くほど魔力霧散の効果が強まり、最初の頃は数秒使えたライトの魔法でさえ、今は0.1秒程しか使用出来ない。


 という様々な方法を試したけど、一向に前進しなかった。

 今、ニーナの案で迷宮脱出の常套句、左手を壁に当てて進んでいればいつかはゴールに辿り着けるんじゃないか手段を取っていた。


 あれ、でもこの迷宮って、形を自在に変えるって話じゃなかった?


 駄目じゃん⋯

 このままだといつまで経ってもゴール出来ないじゃん。

 私は歩みを止めた。


「どうしたのお姉様?」

「少し考えさせて」


 まだ試してない手はないだろうか。

 私の使える魔法の中にこの状況を打開する方法は本当にないのだろうか。


 あっ。


 そうだ、あれがあったよ。

 私はマジックバックからとある物を取り出した。

 マジックバックから取り出すだけの魔力でさえキツいんだけど。


「2人とも私にしっかり捕まって」

「はーいっ!!」

「分かりました」


 リグかな。ちょっと強く抱き着きすぎ。痛いっ痛いから。


 さて、じゃ、行くかな。


 起動させると、地から足が離れ、そのまま中々のスピードのまま何処かへと向かった。


 視界ゼロの状態での移動って何が起こるのか起こってからじゃないと分からないから怖い。

 ましてや自分で動いている訳ではないので尚更。


(目的地へ到着しました)


 私の脳内に機械的な音声が流れる。


 ふっふっふ。このダンジョンを作った創造神もまさか私がこんな手法を使うなどとは考えもしなかっただろう。


 さて、鬼が出るか邪が出るか。

 ニーナは移動に酔ったのか、腰をついて伏せてしまった。

 リグは、えっとそろそろ離れてくれない?


「素晴らしい!!」


 !?


 我に帰ったリグがハッと警戒を露わにする。


 この場には私たち以外に誰かいる。

 でも見えない。それは気配のみ。


「まさかここまで辿り着く者が現れるとは思わなかったよ。この迷宮をつくって数百年。キミたちで3組目かな。最後に踏破してからは実に80年振りだね」

「そろそろ明るくしてくれない? ダンジョンマスターさん」


 リグも声のした方を凝視するが、やはり何も見えないのか、首を傾げている。


「そうだね。もう必要ないね。魔法とかその他諸々使えるようにしといたよ」


 流石はダンジョンマスター。話が早い。


 《ライト》


 ほんとだ、魔法が使えるようになってる。

 私の失われていた魔力も徐々にではあるけど回復している。


 ちょっぴり危なかった。


「あれ、ニーナ、大丈夫?」


 ニーナは辛そうに膝をついたままだった。


「大丈夫、、です。先程ので少し酔っただけですから」

「そうだよね、あんなにお姉様に密着したら酔っちゃうのは仕方ないよね」


 それ何か違うと思う。


「ねえねえ、ボクのこと無視しないでくれる?」


 目の前の偉そうに喋っているのは正真正銘このダンジョンを作ったダンジョンマスターだ。


 うーん。キモい。


 長身で中性的な声色。

 真っ黒一色の全身タイツ姿で、何より顔がない。

 のっぺらぼう。キモい。

 まあ人ではないのだから別に文句は言わない。

 むしろダンジョンマスターって、神とかと同系統に扱われていたような気がする。

 でもそんな事関係ない。


「で、早く私たちをここから出して」


 私はダンジョンマスターを睨みつける。

 威圧をたっぷり込めて。


「まぁまぁ、そう言わないでよ。折角ここまで来たんだからさ。うん、でもま、いいかな。じゃあこうしよう。僕に勝つ事が出来ればここから脱出させてあげるよ。拳で語り合おうじゃないか」

「え、ダンジョンマスターと?」

「うん、そうだよ。僕だってたまには表舞台に立ちたいじゃないか」


 いやいや、神と同格の存在に勝負なんて挑んだら命がいくつあっても足りやしない。

 って、おいおい何勝手にやる気になっちゃってるのさ、うちの妹は。

 準備運動を始めたリグ。

 そのまま飛び出してしまいそうだったので、頭を掴んで後ろへ放り投げた。


「あれ、来ないのかい? 2人同時に攻めて来たっていいんだよ?」


 だから神相手に勝負なんて⋯⋯ん、、あっ。


「ねえ、勝負の項目こっちが決めていいの?」

「ん、構わないよ。ボクはダンジョンマスターだからね。それくらいの寛大さくらいは持ち合わせているつもりさ」


 なにこれチョロい。


「じゃあ、じゃんけんで」

「ん?」

「だからじゃんけんで」

「じゃんけんとは、あれのこと? 遊びのあれではないのか?」

「じゃんけんを舐めないで。じゃんけんは、拳と拳で語り合う儀式。神聖なるもの。ダンジョンマスターは言った。拳で語り合おうと」

「た、確かに言ったね。分かった。ならば勝負だ! じゃんけん、、ポンっ!」


 はい、私の勝ち。


 私じゃんけんで生まれてこの方無敗だったりする。基本的にじゃんけんの必勝パターンは、遅出しをすること。

 でも普通は遅出しは反則。

 だから、ほぼ同時に出せばいいだけ。

 予め魔法で動体視力向上をかけておいたのだ。

 相手が手の内を晒してからこちらがそれに勝つ手を出す。それだけのこと。


「じゃ、約束。ここから出して」


 ダンジョンマスターは、何だか釈然としないと言った空気を放っていたが、


「仕方がない。約束だからね。じゃ、目を閉じて」


 そよ風が身体を突き抜けると、地面から脚が離れる。


「次に来る時は、他の勝負をしたいものだね。後、遅出しもなしで願いたい」

「え⋯」


 目を見開いた先に移ったのは、大地が広がっている光景だった。

 どうやら対岸に飛ばしてくれたみたい。


 って、遅出しバレてた。

 というか、心の中が読まれていたみたい。

 そうだよね、仮にも神と同格なんだもん、心の一つや二つくらい読むよね。


「本当にご迷惑をお掛けしました」


 ニーナが頭を下げる。

 本当にね。正直命の危険すら感じた。

 でも私は大人だから許してあげる。グリグリだけで。


「痛い! 痛たたたぁ!」


 ニーナはギブギブと言わんばかりに頭をガードする。


「お姉様、あれ見て。対岸に置いてきた馬車があるよ」


 あらま。

 ダンジョンマスターも親切ね。


 馬車はあったけど、バッカスの姿は見当たらない。

 主の私の魔力が枯渇した事によって、眷族であるバッカスも消えてしまったらしい。


 再び召喚しようと思ったけど、何だか今日は酷く疲れてしまった。

 魔力もまだ全然回復していないし、今日の所は身体を休めよう。

 ニーナも頭を抱えて涙目だし、きっと休息が必要なはず。

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