最後の魔女31:悪魔との対峙

 教会の際奥の棺の中にいた人物と対面している。

 この人が教会のトップ。教皇様のはず。


「なんだい? 私の顔に何かついてるかい?」


 教皇様は人間のはず。

 ならば、あの容姿はありえない。若作りの秘訣でもあるのだろうか? なら私にも教えて欲しい。

 いや、そもそも歳をとらない私には必要なかったわ。


「想像していたよりも若い」

「よく言われるよ。と言ってもこうして棺の外に出たのは実に数十年ぶりなのだがね」

「御託はいい。皆の魂を元に戻して」

「ほぅ魂抜きを知っていたか。流石は魔女と言ったところか」


 やはり人間じゃない。もっと危険な生物(・・・)。


(にゃもが先制攻撃するにゃ!)


 加速で速度を上げたにゃもが教皇へと迫る。

 そのまま突進と思いきや、直前で背面へと跳躍した。


 《氷の雨アイシクルレイン


 拳サイズの無数の氷針が上空から教皇を襲う。

 しかし、教皇はまたしても漆黒の腕でガードしてしまった。


(そのあたりは想定内にゃ! これならどうにゃ)


 《地雷震ランドアースマイン


 巨大な岩で出来た鋭利な突起が地面をえぐりながら教皇へと迫る。

 帯電している為か、バチバチと異様な色と音を発していた。


(これならその腕じゃ防げないにゃ)


 教皇は、漆黒の腕を地面へと突き立てる。

 漆黒の腕と魔法とが接触すると、まるで何事も無かったかのように魔法を打ち消してしまった。


(何見てたの? あれに触れると魔法消される)

(にゃにゃ! 魔法が無効化されるにゃんて、どう戦えばいいにゃ!)


 にゃもの動きが止まった一瞬の隙を突き、漆黒の腕がにゃもを捉えてしまった。

 もがいて抵抗するが、そのまま握り潰されやがて跡形もなく消滅してしまった。


「魔力が飛散したのを鑑みるに今のはキミの魔力によって作られた使い魔かい?」

「貴方に答える義理ない」

「黒猫と魔女とは、また滑稽な」


 眷属は私の魔力で構築されている。

 その魔力が消されれば眷属は消えてしまう。


「貴方は何者?」


 教皇はニヤリとその頰を緩めた。


「どうせすぐに死ぬ身、教えてやっても良かろう」


 教皇は得意げに語り出す。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 今から約80年ほど前の話。

 それは、私ですらまだ生まれてない頃の話。


 青年は、教会に配属が決まった新人神官だった。

 幼少の頃より、人々に奉仕する教会勤めに憧れ必至に勉学に勤しみやっとの思いでその夢を叶えた。

 しかし、青年が教会の中で見たものは、自身が思い描いていたものとは全く別世界だった。

 参拝や聖遺物などで得た資金で己が私服を肥やす神官長や大司教。

 しかし、青年が何よりも許せなかったのは、大好きだった尊敬していた聖女をまるで金儲けの道具として扱っていた事実だった。


 聖女の行う治療は、原則無償と決まってはいるが、それはこちらから要求しないと言うだけで治療に対する対価であるお布施はその限りではない。

 聖女は人柄も良く、人々からも人気があった。それを逆手に取った教会は聖女を酷使した。


 教会勤めの時間は国の法律として決まっていたが、少しでも多くの金が欲しい教会の上役連中は、出張治療を思い付きそれを実行した。

 名目としては、教会に脚を運ぶことの出来ない病人や怪我人の救済と謳われていた。

 皮肉にも国民からは人道的行為だと絶賛されて誰も批判する者はいなかった。

 ある時は、馬車で数時間を要する場所にまで治療を行いに出ていた。


 普段の教会での治療の後の出張治療。当初は5日に一度程度の頻度に過ぎなかったが、味をしめた当時の大司教はその数を徐々に増やし、3日に1回、やがて毎日となっていった。

 休日も全て働き詰めとなった聖女は身体を壊し、次第次第に衰弱していった。

 自らを治療する事の出来ない聖女は、一旦体調を崩すと安静にするしかなかった。

 しかし、性格の真面目な聖女は無理をして悲鳴をあげる身体に鞭打ち酷使した。

 そんな折、聖女と2人きりで話す機会が訪れた青年は、自分が密かに想いを寄せていたことを告げた。

 しかし、それは恋心とは違った母親に向けるような愛情だったのかもしれない。


 聖女はニッコリと微笑み青年の額にソッとキスをした。


「ありがとう、今の私が出来るのはこの程度です。私は教会に、神に身も心も捧げた身。貴方と添い遂げることは出来ません。でも嬉しかったです。その気持ちは本当ですよ? それに貴方は他の人と違い清い心を持っていますね。大切にして下さい。貴方だけは教会の中にいても清い心を持ち続けて下さいね。それがいつの日か誰かを救うことになるはずですから」


 僅か数分の出来事だったが、青年はその光景を生涯忘れる事はないだろうと悟った。


 それから暫くの後、身体を酷使し続けた聖女は限界を迎え、まるで眠るように息を引き取った。

 青年は泣いた。

 彼女が亡くなったことに対してもだが、それ以上に悔しかったのは、彼女をあそこまで追いやり亡くなる原因を作った大司教を始めとした教会の上役連中に対してだった。彼等は慈悲の言葉一つもかける事なく、逆に最近病状で床に伏せっている機会が長く、満足に治療出来なかった聖女が消え喜ぶ者さえいた。


 聖女を道具としてしか見ていなかった彼等は、壊れたおもちゃに興味などなかった。

 次なる新しいおもちゃを既に見つけていたのだから。

 繰り返される愚行。青年は教会に絶望しつつも辞めなかったのはあの時に掛けられた聖女の言葉だった。


 気付けば8年の月日が流れていた。


 青年に人生の転機が訪れた。


『力が欲しいか?』


 青年は決して聞いてはいけなかった悪魔の囁きに耳を傾けてしまう。


「その力があれば何でも出来るのか?」


『望む事全て、圧倒的なまでの力をくれてやろう』


 かの者の名は、第13位階悪魔シュダル。

 遥か昔の聖戦により身体を消失してしまった悪魔の成れの果て。

 その怨念だけが今の世に生きていた。

 そんな悪魔がたまたま波長のあった青年に悪魔の囁きをする。

 我が力を授ける代わりに我を解き放てと。


 青年は、悪魔の力を自身に取り込みその力を振るい、今までの恨みを晴らした。

 自身の犯行だとバレないように教会の悪しき体制に加担した奴らを一人、また一人と惨殺していった。

 悪魔の力を取り込むという事は、悪魔自身を受け入れると言う事。

 聖女に清い心と言われた青年も悪魔と融合する事により、最初は残虐な思念を思想を拒み続けていたが、次第にその身は悪魔色に侵食されていった。


 自らの敵を排除して行くうちに、気が付けば自らが教会のトップである教皇として崇められるようになっていた。


 それは力による征服。力による支配。


 結果、悪魔に身体を乗っ取られてしまった。それでも青年は最後の抵抗を試みる。


 それは、自らを教会の奥底に封印することだった。

 これにはさしもの悪魔も想定外だったようで、結果として永きに渡って封印されることとなってしまった。

 しかし、悪魔も封印の間際に自らのしもべを世に解き放っていた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これが今から50年前の話さ」


 私がアンと出会ったのが40年程前だから、その時には既にこの悪魔はいなかった。


 でも皮肉よね。

 腐敗した体制に嫌気がさしてリセットと言う名の復習を果たしたのに、また同じ事を繰り返しているんだから。

 既に青年本人の自我はないのだろう。

 封印中に完全に悪魔に乗っ取られてしまったようね。

 でも、感謝しますよ。


 貴方が封印と言う行動を取ってくれたおかげで今も一応は教会と言うものが存在しているのだから。

 サーシャとこうして出会う事が出来たのだから。


「だいたい分かった。もう果てていいわ。ご苦労様」


 《浄化》


 眩いばかりの光が青年を取り込む。

 そのまま光で全てを塗り固め消し去るように。


 やがて光が晴れると、そこに青年の姿はなかった。


 体長3mを超える黒い悪魔の姿がそこにあった。

 先程まで見え隠れしていた腕はやはり悪魔本来の腕だったみたい。

 割と本気でやったつもりだったけど、流石は第13位階悪魔と言うところかしら。


 悪魔は等級別にその強さが定義されていた。

 そもそも低級悪魔には等級自体も存在しておらず、強さを持った悪魔には第20位階から等級が振られている。

 低級悪魔の目撃例は意外と多いが、等級持ちである上級悪魔は非常に知能が優れており、狡猾だった。人の世界に姿を現すことは稀だった。

 ちなみに悪魔の頂点に立つとされているのは第1位階悪魔王サタンと言われている。

 目の前の悪魔は第13位階の悪魔。正直、魔族よりもよっぽどタチが悪い。

 私は過去に一度だけ等級持ちの悪魔と対峙したことがあったけど、それは最低等級20位階悪魔だった為、割と苦労せずに退治することが出来た。


 目の前の輩も真の姿を私に晒したからには簡単には終わらせてくれそうにない。

 だけど、この狭い空間だと出来る事は限られるはず。付け入る隙があるとすればそこだろう。


「素晴ラシイ力⋯貴様ノ身体ヲ貰イ受ケル⋯ユクゾ」


 あら、人の皮を剥がれたら流暢に喋れないのね。

 ん、私の身体を貰う? 冗談じゃないわ。

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