最後の魔女18(幼き聖女様)
「キミは⋯⋯迷い込んで来たのかい? いや、そんな訳ないか。キミからもらった聖力⋯いや魔力で私は復活出来たのだから」
(にゃ! ご主人様! 隠れてるのにバレたにゃ!)
駄猫は自身の姿を見えないように隠蔽していた。
だけど、この部屋に入る際にどういうわけか、透明化の魔法が解除されてしまった。
それよりも、何故彼がここにいるの?
私は駄猫を通して目の前の人物に話し掛ける。
「あなたは、レイランなの?」
目の前の人物もまた、予想外の問いかけに驚いた表情をしている。
「そうだよ」
「うそ。だって、レイランは30年程前に最後にアンがここに来た時に居なかった」
「キミは誰だい?」
「私の質問に答えて」
少しの間があった後、レイランは語り出す。
あの日、アンが怒鳴ってこの小部屋から出て行った後、この部屋を訪れるアンとは違う気配を感じたレイランは、アン同様に自身の姿を消してやり過ごした。
レイラン自体は、シオン様の作り出した人形に過ぎない。作り出された際に注ぎ込まれた聖力を使い姿を消したそうだが、やり過ごすために殆どの聖力を使い果たしてしまい、自身の身体自体を維持する事ができなくなくなってしまったそうだ。
「だから消えてしまったと? あなたのせいで、アンがその後どんな目にあったのか知ってる? 何十年も苦しんだんだよ?」
その後の経緯を簡単にレイランに説明する。
「そうか⋯やはりアン様はあの指輪を使ったんだね」
自分でもびっくりするくらい感情が高ぶっているのが分かる。レイランに言っても仕方がない。悪いのは彼じゃない。そんなのは分かってる。だけど⋯
「怒鳴ってしまってごめんなさい。あなたは何も悪くないわね」
レイランは、寂しそうに虚空を見つめていた。何か思うところがあるのかもしれない。
「あれから30年経ったって言ったね? 彼女は⋯アン様はまだご健在なのかい?」
「⋯亡くなった。5年前にね」
「そうか、僕はまたしても主人を失くしてしまったのか」
シンミリしていた空気を一瞬で駄猫が吹き飛ばした。
「お前、にゃもの魔力を奪ったにゃ?」
一瞬の沈黙が訪れる。
駄猫は空気が読めないのだ。
「ん? ああ、ごめんね。今は猫ちゃん? だね。部屋に入った際に少しだけ魔力を頂いたよ。そのお陰でこうして実体化する事が出来たんだ」
「簡単に奪われるお前が悪い」
「にゃ!」
「キミたちは、一体⋯」
そういえば、まだ話していなかった。
「私たちの事はどうでもいいの。今この場にアンの意思を継ぐ者。彼女の娘が聖女として、ここ王都へ来ているの。亡き母の無念⋯いいえ、今も尚苦しんでいる王都に住む人たちを解放する為に」
「アン様の娘! その方に会わせて下さい!」
真っ直ぐに向けられた瞳に、彼の真剣さが伺える。
「ええ、機会を見つけて連れてくる」
おっと、どうやらこっちにも少し進展があったみたい。
(こっちの状況が変化した。あとはにゃも頑張って)
(え、待ってにゃ! この後どうすればいいにゃ!)
駄猫が何か叫んでいるがどうでもいい。
サーシャの方に動きがあったのだ。
それは、サーシャの母、アンについての話しだった。
「あなたのお母様は、この王都におられる間、とても立派な聖女様でいらしたと聞き及んでおります」
なんて事はないその発言にサーシャ自体少し思うところがあったのか、聖女モードに入っていたサーシャの顔が少しだけ綻ぶ。
「⋯そうですか」
サーシャの表情の変化を感じ取ったのか、気遣うそぶりを見せる。
「そういえば、お母様は不慮の事故で亡くなられたのでしたね、ごめんなさい」
一見優しい言葉を投げかけているように見える。
だけど私には、何処か相手の腹の探り合いをしているそんな気がする。こちらは元々そのつもりだったけど、もしかしたらあっちもそうなんじゃないだろうか? だとすれば、考えられる理由としては、サーシャが何故急に王都を訪れたのか? 表向きは聖女同士の顔合わせなのだけど何かを警戒している気がする。
私に嘘は通じない。
それは魔法ではなく長年生きて来て身につけた技みたいなもの。
私自身が嘘で塗り固めた生き方をしてきたせいで、相手が嘘をついているのかどうか、自然と分かるようになっていた。人は嘘をつく時に何処かしらにサインのようなものを無意識のうちに出してしまう。隠そうと思ってもどうしても出てしまうもの。少なくとも私の目は誤魔化せない。
さてと、サーシャ。
そろそろ作戦開始といきましょ。
「そういえば、参考までに教えて頂けないですか? 私のいる大聖堂では、資金繰りに困っていますの。隣国からの援助と参拝者の方の最低限のお布施で何とか切り盛りしています。ここ王都では、どのような方法を取っておられるのでしょうか?」
イキナリ突っ込んだ質問かもしれないけど、こちらとしても長期戦を構えるつもりもない。
私たちは事前に打ち合わせをしていた。
どうやって相手から聞きたい情報を聞き出すのかを。で、結局話し合った結果、単刀直入に「教会運営費ってどうやって確保してるの?」と聞くことだった。
「そうですわね。私は聖女様のただの教育指導係ですので、詳しい事は存じていませんが、そちらと同じで、参拝者の方の貴重な寄付で運営していると聞いておりますわ」
「えっと、それだけでしょうか?」
「はい、わたくしが存じているのはそれだけでございます」
(うそね)
私はサーシャに念話で話しかける。
この部屋に入る前にサーシャと念じるだけでお互い話が出来る魔法を行使していた。
(うそというより、何かを隠している感じだと思う)
(知ってて何かを隠してるってこと?)
(うん。だいたいその程度じゃこんな大きな教会を運営していくのは無理なのは火を見るよりあきらか)
(分かった、その辺聞いてみるね)
何気なしにサーシャと会話をしているが、相手に会話している事を悟られずに念話を行使する事は意外と難しい。元々感情の起伏が大人しい私は、何の問題もないのだけどサーシャは違う。
念話だから口に出す必要はないのに混同しちゃって喋っちゃう事数十回。念話の練習に数日を費やした。
私は聖女の侍女としての作法、言葉遣いをサーシャから学び、サーシャはバレない念話の使い方をみっちり私と特訓していた。
というひそかな頑張りがあって、今の完璧たる念話使いのサーシャが誕生した。
私の自慢の弟子。 (念話の)
「この教会はこんなに立派なんですもの。それに歴史もありますので、きっと信者の方や参拝に訪れた方は喜んで自ら進んで寄付なされているのでしょうね」
「そうですわね」
以前として聖母のような笑顔を崩さないマリア様。
これだと話が続かないや。
それまで黙って聞いていた聖女のミミ様がまさかの会話に参加してきた。
「私知ってるよー。お金はね、セイスイっていうのを売ってるんだよね」
ミミ様の言葉にメメ様が言葉を被せる。
「うん、セイシンタイっていう置物も売ってるよね」
「ミミ様、メメ様、今はわたくしがサーシャ様とお話していますのよ」
以前として、マリア様は笑顔のままだったが、先ほどまでの聖母様の笑顔とは少し違う。
言うなれば、般若の笑顔のような感じで笑顔なのに怖いという矛盾が生じた。
その空気の変化を感じ取ったのか、ミミ様とメメ様は恐怖を察知するかのように、その小さな身体をビクリと震わせた。
マリア様も今の2人の発言は予想外だったのだろう。
参拝者のお布施しか知らないと言った手前、幼い2人の聖女様が知っているのは少し説明がつかない。
でも、こちらとしてはナイスフォローだと2人になでなでしてあげたい。
怖がらないで、そんなに怯えなくてもいいんだよ。
(でもこれでハッキリしたね。未だに聖水を売ってお金にしているみたいだね。あと聞きなれない聖神体? ってのも売ってるみたいだし)
(うん。後で裏付け必要)
(取り敢えず悪い空気の流れには持って行きたくないから、適当にフォローしつつ、話を切り上げるでいいかな?)
(うん、いいと思う。こっちも調べる内容出来たから)
「わたくしもあまり詳しい内容は存じていませんの。ごめんなさいね」
マリア様が「オホホ」とごまかしている。
まさかの身内から痛いところを突かれて、困惑している。だけど知らぬ存ぜぬで通す作戦だろう。こちらとしても、そういう事実があったという事が分かれば深追いするつもりはないので、サーシャの言った通り話はここまでで切り上げる。
話を終えた私たちは、部屋から出て、聖女の公務の時間だと言うので、ミミ様とメメ様のお仕事振りを拝見させてもらう事になった。
公務が始まる30分前だと言うのに、聖女様の治療を求める民衆の列が遥か先まで続いていた。
その光景にサーシャが聖女としての使命感を感じてしまい、「私も手伝います!」と言って、3人で公務にあたっていた。
ミミ様とメメ様も幼いながら、ちゃんと治療を施している。聖女様が使う治癒術は、怪我や病気をたちどころに治してしまうという反則めいた代物だ。
私も似たような魔法を行使出来るけど、私のは治すのではなくて、怪我や病気になる前の状態に戻すだけ。結果はどちらも同じだと思うけど、根本的にその過程が違う。
結局公務の時間いっぱいを費やし、なんとか治療を求めてやってきた人を全員終えた頃には、日が暮れ始めていた。
サーシャはお昼も食べずに必死に治癒にあたっていた。
しかし、聖女の力は永久ではない。魔女である私が魔法を使う時に魔力を消費するように聖女様もまた魔力に似た聖力というものを消費する。
サーシャは生まれ持って聖力の蓄積量が多いらしく、その年でも余程の数でなければバテることなく治癒を続ける事が出来る。
そう、私の親友のサーシャはとっても優秀なの。親友が優秀だと、なんかちょっと嬉しい。
しかし、まだ幼いミミ様とメメ様は、途中何度かバテてしまい、休憩を挟んでいた。幼いから無理もないよね。と思っていたけど、聖力というのは、実は生まれた時から大人になるまででその量自体はほとんど増えないのだとか。
むしろ、年を重ねるごとに少なくなっていく傾向らしい。
だから、おばあちゃんになっちゃうとほとんど聖力が無くなっちゃう。
2人がバテていたのは、聖力的もそうだけど、体力的にもキツかったんだと思う。
だってまだ6歳だしね。
2人は、公務中にも色々とサーシャと話していて、双子だという驚愕の事実が判明したりもした。
確かに似てるなぁとは思ってたけど、まさか双子で聖女様ってなんか凄いよねってサーシャも興奮してた。
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