最後の魔女10(再会)

「それが私が知っているサーシャのお母さんの全て」


 私はサーシャがアン、つまりお母さんの話が聞きたいと言うので、昔話をしてあげた。


「私もね⋯お母様からリアのこといっぱい聞いてたから⋯ううぅ⋯」


 サーシャが突然泣き出してしまった。私はサーシャの元に寄り添い優しく介抱した。


「ごめんなさい、なんだか2人の境遇を思うと無性に悲しくなっちゃって」


 サーシャは涙を拭いた後、よろめきながらゆっくりと立ち上がり、部屋の奥の方から何やら小箱を持ってきた。

 私の前でその小箱を開けて中身を取り出した。その中身は見覚えがある。そう、私がアンにプレゼントしたペンダントだった。


「リアの言っているのはこれのことよね? お母様の宝物よ。生前はいつも身につけていたらしいわ。誰から貰った物なのかは、結局教えてくれなかったけどね」


 サーシャはペンダントを両手に抱えて、目を閉じて想いに耽っている。きっとアンのことを思い出しているのだろう。

 結局私はペンダントを渡して以来、アンと会うことはなかった。てっきりペンダントを無くしてしまったか、壊れてしまったか、はたまた失敗作だったのかと思っていたけど、どうやらどれも違ったらしい。

 私の作ったペンダントの効果により、頭の片隅にサーシャの気持ちが、なだれ込んできた。


「うん、ちゃんと伝わったよ。私に会いたいっていう気持ち」


 ならばなぜ、アンはそのペンダントを使わなかったのだろうか。仮に使っていたとしても、私は応えることが出来なかったかもしれないけど。


 その話は追々するとして⋯


 その答えはサーシャが教えてくれた。

 私と別れた後、アンは本格的な聖女の勉強を始めるために王都を訪れたそうだ。勉強という名目は仮のもので、まだ若かった聖女をこの世界の中心である王都にしばらく身を置き、国民達に聖女の存在を知らしめるのが本当の目的だったみたい。

 アンは、24時間監視された地獄のような生活を20年もの長い歳月送っていたそうだ。


 20年後、聖地アグヌスへと戻ってきたアンは、まるで洗脳されたかのような別人になってしまっていたらしい。

 きっと王都で何かされたに違いない。私はその話を聞いているだけで憤りを覚えた。


 それから幾分かの歳月が経過し、アンは夫となるパートナーを見つけて、暫く2人だけの生活が続いた。

 それまでは、聖女の仕事に没頭していたアンだったが、夫婦だけの仲睦まじい生活に徐々に本来の明るかった性格を取り戻していったそうだ。

 そして念願の子供を授かった。それがサーシャだった。


「私は明るかったお母様しか知らないけど、今の話は全部お父様に聞いた話よ」


 サーシャの両親は既に両方共亡くなっていた。

 5年前の惨劇の時に賊の手によって。

 これだけ護衛に護られているにも関わらず、襲われてしまうのだから、私から言わせたらお前たちは一体何をしていた。と一蹴したい。

 大好きだったアンを護ることの出来なかった無能な護衛と命を奪った賊たちが許せない。

 しかし、それと同時にアンの危機を察知出来なかった私も同じくらいに許せない。


「お母様はリアの話をする時、すごく嬉しそうに話してたよ。本当に嬉しそうに⋯」


 そう言うと、サーシャはまた泣き出してしまった。

 アンにもう一度会いたかったなぁ。


「あっ⋯」


 自分で言った手前、アンと話をする方法を思いついた。

 死後の世界に旅立った者と一度だけ、一度だけだけど会話することが出来る魔法があったのだ。

 サーシャが不思議そうな顔をしている。


「アンとお話し出来るかも」

「え? そんな魔法があるの?」

「うん、準備に少し時間が掛かるけど」


 サーシャ自身も急に両親に先立たれ、別れの挨拶すら出来ていなかったらしい。隣国を訪れていた時だったらしく、訃報を聞いて飛んで帰った時には既に火葬された後だった。


「お墓に案内して」


 死者と対話するには、その本人の遺骨もしくは遺灰が必要だから。

 何処か外の墓地に案内されるのかと思えば、この大聖堂の地下に聖女様専用の墓所があった。歴代の聖女様が眠る場所でもある。

 移動中は、透明化状態でサーシャと手を繋ぎ目的地へと進む。すれ違う人々に笑顔で挨拶して通り過ぎていくサーシャ。

 そして私たちは、三メートルは超えるであろう大扉の前へと辿り着いた。

 扉にはドアノブめいた物はなく、到底少女の力で開くとは思えない程の存在感を醸し出していた。

 サーシャが扉の中央にソッと手を触れる。

 するとどうだろうか。扉が中央から開き戸のように左右へと解錠していく。

 一体どう言う仕組みなのだろう?

 魔法じゃないよね?


「現聖女である私の血を感知して開くようにしてある特殊な術式が組み込まれています。原理は知らないんですけどね」


 中へと入ると、また自動的に扉が閉まった。

 中々に広い部屋だった。

 屋内にも関わらず、この中は公園のように草花が咲いていて、部屋の中央に一つの墓標が見えた。


 私は透明化を解除する。


「ここがお母様のお墓よ。ここも私がいないと誰も入れないから安心して。寂しくなった時に時々お母様と会話をしていたの」


 誰もいない場所だからか、またサーシャの口調が砕けていた。サーシャは大人びてはいるけど、実年齢はまだまだ成人前の子供に過ぎない。まだまだお母さんに甘えたい年頃のはずだし、寂しくなった時に会いたいのは頷ける。実際私もそんな頃があったしね。

 また、聖女様専用墓所の為、お父さんは別の場所らしい。サーシャも死んじゃったらここに納骨されるのだろうか。

 でもそれは、まだだいぶ先のはず。

 私の目の黒い内はサーシャは殺させない。私がサーシャを守る。もう二度とアンのような目には合わさせない絶対に。


「リア、本当にお母様に会えるの?」

「うん、一度だけなら私の魔法で死後の世界と現実の世界とを繋いで一時的にだけど連れてくることができる。でも、繫ぎ止めておけるのはほんの少しの間だけだから話すことは予め決めておいて」

「うん、分かった。でもリアも話す事あるんだよね?」

「私は一言だけだからもう決めてる」


 サーシャの準備が整うまで、私は墓所の中を見て回る。

 辺り一面が花畑になっている。花を踏まないように歩くのが大変なくらい。これを維持するには、かなりの手間と時間が必要だと思う。サーシャがやってるのかな?

 天井へ目を向けると、こちらを見下ろすような形で家族3人の仲睦まじい巨大な絵画が飾られていた。

 サーシャがまだ赤ん坊で、大事そうにアンに抱かれていた。

 アンの隣にいるのが、お父さんかな。優しそうな表情。アンの選んだ伴侶なんだもの、きっといい人だったんだよね。


「リア、待たせてごめん」

「決まった?」

「うん、何話そうかって色々考えたけど、結局最初に考えたやつに決めたよ」

「分かった。じゃ、始めるね」


 《輪廻魂魄帰還リジェネレーション


 冥府へと旅立った魂を自身の骨または灰を媒介として一度だけこちらの世界に呼び出す特定召喚魔法の一種。

 呼び出せる時間は術者の魔力次第。アンには短い時間って伝えたけど、実際どれくらい繋ぎ止めておけるのか私にも分からない。だってこの魔法、今まで一度しか試した事がない。

 自信が無いわけではない。ただ試す機会がなかっただけ。亡くなった両親や大好きだったお姉ちゃんには今でも会いたいとは思う。思うけど、今はまだその時ではないと思う。

 この魔法は、一度使用した相手には使用出来ないという誓約がある。つまり、死んだ人間と話が出来るのはたったの一度だけってこと。会いたいけど、今はまだその時ではない気がするからまだ使っていない。それだけのこと。


 私は目を閉じて呪文を唱えた。

 私の呪文に呼応するように遺骨の入った骨壺がフワリと宙に浮かぶ。

 サーシャは、その様をまじまじと凝視していた。


「⋯⋯アンの魂よ」


 呪文を言い終えると骨壺が眩い光を放つ。

 見ていられないほどの光が部屋全体を覆うように光り輝いた。

 やがて光が収まり、目を開けた先には一人の女性の姿が目に映る。何処か透明で、残像を見ているようでもあったが、天井の写真に写っていた女性と瓜二つの人物がそこにいた。

 その表情はまるで菩薩様ぼさつさまのように優しく私たちに微笑んでいた。次第に薄かった存在が色濃くハッキリと映し出された。


「⋯お母様⋯なの」


 私の隣にいたサーシャが既に目に大量の涙を浮かべていた。


「大きくなりましたね、サーシャ」


 聞き覚えのある声に自身の母親であると確信したサーシャは、アンの元に駆け寄る。そのまま勢いよくアンに抱き着いた。

 そして、エンエンと泣き出すサーシャ。

 うん、気持ちはわかるよ。たぶん私も同じ事をしたと思う。でもこっちの世界に呼び止めておける時間には限りがあるんだよ? サーシャ。


「お母様、会いたかったです⋯」


 サーシャは、悩みを打ち明ける。


「お母様、私⋯聖女としてこのままやっていける自信が無いのです」


 アンは微笑んだ表情のまま、優しくサーシャの肩に手を置く。


「私はいつでもあなたの側で見守っていますよ。だから何事にも自信を持って立ち向かいなさい。大丈夫。あなたなら出来るわ。だって、私の自慢の子なんですもの」


 アンはサーシャの頭を優しく撫でる。

 サーシャはコクコクと頷きながらアンの胸の中に顔を埋めている。


 アンと目が合う。

 最後に会ったのは40年以上も前のことなので、私のことを忘れていないか少しだけ心配だったけど、杞憂に終わったみたい。


「リアはあの頃から少しも変わらないのね」

「魔女だから」


 アンは「そうね」とクスッと笑っている。


 私が言いたいのはたった一言。

 時間は限られている。意を決して口を開く。


「アンに謝りたい」「リア、私ね、あなたにずっと謝まりたかったの」


 私とほぼ同時に同じ内容をアンが喋り出した。


「「え? 」」


 私が一言言いたいのは、謝罪だけ。

 アンを守れなかったこと、あれから一度も会いに行けなかったこと、謝る理由は数えきれない程ある。

 しかし、アンも謝りたいとはどういうことだろう?


「リア先に言うね? えと、あれから一度もリアのこと呼べなくて、ごめんなさい⋯」


 なぜアンが謝るのか分からなかったけど、その理由を説明してくれた。

 しかし、その内容は何とも切ないものだった。

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