最後の魔女7(聖女様は永遠に)

 私はお風呂に浸かりながらあることを考えていた。

 お風呂ほど素晴らしいものはないと思う。

 私は魔女だから肉体的疲労はないけれど、精神的疲労はある。お風呂はそういった、気疲れや嫌なことを全て忘れさせてくれる人類の考えた最大の発明と言っても過言ではない。

 出来ることなら、このままずっと浸かっていたい。


「ご主人様、ニヤニヤしてどうしたにゃ」


 はぁ⋯。


 この駄猫は⋯現実逃避中の良い気分でいた私をよくも一瞬でこのつまらない世界へと引き戻してくれたわね。


「お風呂中は喋るなって言わなかったっけ?」


(ギクッ⋯やばいにゃ、この眼はマジ切れの時の眼にゃ)


「ごめんなさいにゃ⋯」


その後は無言のまま至高の世界を堪能すること30分。


「ねぇ、にゃも。戦争⋯始まると思う?」

「魔族とかにゃ? どうかにゃ、すぐすぐはないと思うけどにゃぁ、魔族の動向は聖女様に聞いて見るのがいいと思うにゃ」

「聖女様か⋯」


 私が魔族に対して、ここまで危惧しているのは、魔族と会ったこと自体が数年振りだったこと。

 それが今日1日で2回も遭遇するなんて、今まで長生きしてきて初めての経験だった。

 もしかしたら私が考えているよりも魔族の侵攻は早いのかもしれない。

 聖女様とは、聖地アグヌスにある大聖堂に仕えている聖女のこと。

 私との出会いは、40年ほど前に遡る。


 聖女様という立場上、その命を狙う輩は、たくさんいる。私と出会った時も、まさに賊に命を狙われている時だった。

 聖女様には、天から神から授けられた特殊な力がある。それは、魔族に対して絶対的たる力。

 魔族は、聖女様に指一本触れることが出来ない。故に魔族に対して無敵だった。それと聖女が扱うことの出来る浄化は、魔族を滅することが出来る。

 魔法とはまた違う力のようで、以前術式を理解しようと試みたことがあったけど、駄目だった。

 どうやらその力は聖女様以外には使用することが出来ないみたい。魔法を極めた私が言うのだから間違いない。

 後は、魔王が復活したら分かるらしい。

 知ろうと思って知るのではなく、夢や神託などを通じて魔族の動向が分かるのだとか。なので、聖女様に会えれば魔族の動向もとい戦争がいつ始まるのか最新情報が分かるはず。


「にゃも、聖女様に会いに行くわよ」


 だけど、もう暫くはこの至高のお風呂に身を投じていたい。


 次の日の朝、私と駄猫のにゃもは、聖地アグヌスを訪れていた。


 魔法大全集第8節5-1転移テレポーテーション


 一度でも訪れたことのある場所に瞬時に移動することの出来る魔法。

 とても便利だけど、1日1回の制限付き。


「行くわよ」


 ここは聖地アグヌス。

 ガルディナ大陸の西側拠点の一つであり、4番目に人口の多い国だった。

 国中が強固な城壁と武勇の優れた騎士団で守られている為、別名要塞国家とも呼ばれていた。

 その中でも特に秀でているのは、魔族や魔物に対しての最高戦力とされている、聖騎士と呼ばれている存在。俗に言う聖女様の力を分け与えてもらった騎士達のことを指すのだけど。各国の騎士達は、聖騎士となるべく、聖女様のいるここ聖地アグヌスを訪れる。

 しかし、誰しもが聖騎士になれる訳ではなく、一定の強さが求められる試験がある。その試験に見事合格した優秀な騎士達が晴れて聖騎士となれるのだ。

 聖女様がどんな力を与えているのかは私も知らない。聖騎士と相対したことはないしね。

 でもかなり強くなるらしい。

 先程から引っ切り無しにゴツい騎士達とすれ違う。

 何やら慌ただしさを感じるが、私には関係ない。今は聖女様に会うことが第一優先。

 当時と変わっていなければ、聖女様がいるのは、この国の中心にそびえ立つ大聖堂のはず。

 でもこのまま行っても、聖女様に会える訳もない。

 聖女様自身とは顔見知りだし、まがりなりにも私は命の恩人だし、あの日以降も良くお喋りしに訪れていたし、私が魔女と知っている数少ない人間の内の1人。

 でも40年以上経ってるしなぁ。私のこと忘れてたりして。

 街中の情景は最後に訪れた時からかなり変わっている。

 しかし、大聖堂には全く変化がなかった。

 元々当時から大聖堂は未来を先駆けした造形をしていたので、時代がやっと追いついたって感じ。

 ということもあり、迷うことなく聖女様が当時いた部屋の前まで辿り着いた。今も同じ場所にいるという保証はなかったけど、何となく中から漂ってくる気配から分かる。

 でも前より感じられる力が弱い気がする。

 年相応かな⋯?

 当時は10台半ばの少女だったけど、今では50を超えているはずなのだから。

 コンコンコン、コンコン、コンとリズムを切るように扉を軽くノックする。

 これは、私と聖女様とで決めていたノックのサイン。


「⋯⋯えっ、今の音って⋯⋯は、入って下さい」


 一瞬、間があった気がしたけど、久しぶりなので無理もない。

 私は許可をもらったので、部屋の中へと入った。

 道中、ここに来るまでは姿を消して行動していた。そうでもしなければ入り口で止められていただろう。ここに来るまでも、何人もの聖騎士たちとすれ違った。それだけに聖女様が大事に守られているのが伺える。

 しかし、部屋の中に居たのは、少女ただ1人。

 あれ、もしかして部屋を間違えたかな?

 いや、でも私には分かる。この独特な感じ、間違いなく聖女様のものだ。

 少女は私の方をじーっと眺めている。何処か私の記憶の中にある最後に出会った頃の聖女様と被る。あ、そうか聖女様の子供かな?

 だとしたら、容姿が似ているのも頷ける。

 まるで艶やかなシルクのような銀髪を靡かせ、その瞳も髪色にも相まって青色にキラキラと輝いている。

 確か初めて聖女様に会った時、その瞳もダイヤのように光り輝いていたっけ。眩しいほどに艶やかな一方、その雰囲気は何処か儚げで、少し押しただけで脆く崩れそう。


「あ、えっと⋯」

「魔女様ですよね?」


 私が喋るのとほぼ同時くらいに彼女が口を開いた。


「お母さんから聞いたの?」

「そうです。亡き母・・・から魔女様のことはたくさん伺っておりました」


 え、亡き母?

 聖女様、亡くなっていたのか。


「亡くなっていたんですね、すみません、それは知りませんでした」


 聖女様は、5年前に病に侵されて亡くなったという。表向きは。

 しかし、実際は賊の手に掛かり亡くなったらしい。

 聖騎士の信用問題にも関わるので、本当のことは一部の者以外には秘匿されているようだ。

 それで、亡き母に代わり今は娘のこの子が聖女様を引き継いでいる。

 娘の名前は、サーシャ。歳は14歳だった。見た目の年齢的には私とそう変わらない。

 年の近い姉妹でも十分通用しそう。


「本日は私に、というより母に何か御用でしょうか?」

「古い知人と昔話がしたかったのと、それと最近魔族の動向が活発化してきているので、その辺りの情報が欲しいなと」

「私は確かに母から聖女の力を受け継ぎました。魔族の動向に対しても母ほどではありませんが、幾つか掴んでいます。ですがーー」


 この部屋に近付く足音が聞こえてくる。

 私がちょっと入り口の方を意識したのを察したのか、


「ここでは、邪魔が入ってしまいますね」


 そう言うと、彼女はニコッと私に微笑んだ。

 少しだけ待っていて欲しいと言われ、私はその場に待機する。

 彼女は、部屋の外に出て、何やら近付いてきた外の人物と話して再び私のとこまで戻ってきた。


「こちらへ」


 聖女様が私に手を差し伸べる。何の意味があるのか分からなかったけど、差し出された手を掴む。

 小さな手だなぁ、まだこんなに幼いのに聖女なんていう重圧に耐えているのかと思うと不憫で仕方がない。

 きっと、今までだって相当苦労したと思う。


「泣いておられるのですか?」


 あれ⋯私泣いてるの?

 確かに頬を伝うものがある。何10年ぶりかの感覚に言われるまで自分で気が付かなかった。

 慌てて涙を拭う。


「⋯特に意味はありませんので気にしないで」


 聖女様が既に亡くなっていたこと、その娘が聖女という重圧に耐えて必死に頑張っていること。知らず知らずのうちに、そのことを考え涙を浮かべてしまったみたい。


「魔女様はとってもお優しい方ですね」

「リア」

「?」

「貴女のお母様は、私のことをリアと呼んでいたので、聖女様もリアと呼んで下さい」

「分かりましたリア。では私のこともサーシャと呼んで下さい」


 サーシャに手を引かれ、部屋の中にあった隠し階段を降りた先に少しだけ広い空間が現れた。

 儀式か何かで使っているスペースだろうか。サーシャがすぅーっと大きく息を吸って、勢いよく吐き出す。


「ここなら私以外誰も来ないから安心してね!」


 私を案じてくれるサーシャ。あれ、口調変わった?


「私、堅苦しい喋り方は嫌いなの。上では周りの目があるからそれとなくしてるけど、1人の時は大抵こんな感じ」

「うん、いいと思う」

「それにしても本当に魔女様なんだね! 私ね、お母様に聞いた時からね、ずっとずっと会ってみたいと思ってたの!」


 サーシャは一体、魔女である私の何処まで知っているのだろうか。本来魔女は異端者とされ、見つけ次第即刻処刑される運命。

 しかし、最後の魔女が処刑されてから既に50年以上が経過している。

 既に世間では魔女は死に絶えたと言われていた。

 私が今も無事でいるのは、私の正体を知ってる人が誰にも話していないからだろう。

 そしてサーシャは、私の知りたかった魔族の情報を教えてくれた。

 約90年前の戦いでそもそも魔王は、死んでなどいなかった。瀕死の重傷だったが奇跡的に助かり、その時受けた傷を永い年月を掛け、ここ週間前に完全に回復したという。魔王の完全復活の影響で、最近魔族の動きが活発になってきている。

 サーシャも戦争開始の時期はまだ分からないそうだけど、今尚その為の準備を着々と進めているみたい。

 私の思っていた通り、主要都市への魔族の配置に既に乗り出しているという。

 私は、サーシャにブローチを手渡した。


「これはなーに?」

「それを持っていれば、離れていても会話することが可能になる道具」

「すごい、リアが作ったの?」

「魔法の力を使った応用みたいなもの」


 サーシャは私からブローチを手に取ると、目をキラキラと輝かせ、すぐに身につけていた。


「どう? 似合うかな?」

「うん、可愛い」


 その後も何気ない会話をかわしていく。その中で不意にサーシャに言われた。


「私たち、お友達だよね!」


 正直返答に困る内容に一瞬間を置いてしまった。


「⋯お友達には、なれない」


 私の返事にサーシャが凄く悲しそうな顔をする。

 それにしても感情表現豊かな娘だなぁ。


「それはボクから説明するにゃ!」

「わっ! びっくりした! え、猫が喋ってる!」

「ボクはご主人様の眷族にゃ!!」


 サーシャが目にも留まらぬスピードでにゃもを強く抱き締めた。


「にゃにゃ!」

「可愛いい! 猫ちゃん可愛い!」


 うん、初対面ならその行動も頷けるよ。私も最初はそうだった気がするから。

 でも、一緒にいると生意気だし、役に立たないし、そんな可愛いという感情はとうの昔に色褪せてしまったけど。

 暫くサーシャが駄猫を愛でているのをボーッと眺めていた。

 駄猫が時折、助けてという視線を送って来たが無視無視。駄猫には人権、いや、猫権なんてないのだから諦めて。


「モフモフ最高!」


 サーシャが意味不明な発言をしていたが、流石にこのまま放っておいたら1日中お触りし続けるかもしれない。

 しょうがない、一応私主人してるし助け舟を出してあげる。なんかもう見ていて哀れになってきたから⋯。


「サーシャ、にゃもが苦しんでる」


 あっ、ごめん。とサーシャが手を離す。


「⋯もう、死ぬかと思ったにゃ⋯」

「ごめんごめん! でも可愛すぎる猫ちゃんが悪いんだよ?」


 全く悪びれていないサーシャ。流石に聖女様というだけあって器がデカい。肝が座っている。


「話は戻すけど、なんでリアとお友達になれないの?」


 駄猫が口を開こうとしていたので、身振りでそれを否す。


「いい、私が話す。サーシャも知ってると思う。魔女は異端の者。見つかったら即刻処刑される。だから聖女様であるサーシャは、本当ならば私とは関わらない方がいい」


 間髪入れずにサーシャが反論する。


「そんなの駄目だよ! 私は、お母様からリアの話をいっぱい聞いたよ! 命を助けてもらったことも。リアは悪い人じゃないもん! 私は魔女だから友達になりたいんじゃなくて、リアだから友達になりたいんだよ!」


 まさかこんな言い返しがくるとは思っていなかったので、すぐに返事が出来なかった。

 しかし、同時に思い出していた。過去にも一度、全く同じことを言っていた人物を。

 当時私の唯一の友達でもあり、サーシャの母でもあるアンと。


「やっぱり、サーシャはアンの娘なんだね」

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