第54話 勝敗

 俺たちは、楽屋で言葉を失っていた。MCが、少年貴族の勝利を宣言したからだ。一万四千人の観客からは、歓声とブーイングが半々に上がった。


「真一……」


 少なからずショックを受けている俺の肩に、京がそっと掌を置く。思ったよりダメージは大きく、俺はそれにさえ返す言葉を持たなかった。


「おやおや司会くん、勝手に勝敗を発表しないでおくれ」


 のんびりとSeekerが割って入り、スクリーンも切り替わった。Seekerが胸の前で指を組み合わせ、愉快そうに笑っていた。


「今のは、司会くんの独断だよぉ。そんなに少年貴族が気に入ったんなら、君がプロデュースするんだね」


 その言葉に、俺たちはまた一瞬、緊張感を高めた。Seekerは、しまったといった風に、僅かに口許を覆った。


「おっと。こんな形での発表は良くないねぇ。私がプロデュースするのは──」


 皆が食い入るようにモニターを見詰める中、Seekerが口火をきった。


「──WANTED with reward。おめでとう、デビューするのは君たちだ」


 モニターからの歓声と、楽屋での俺たちの歓声が重なった。俺は我知らず、横に立っていた京を抱き締めた。それにつられるように、マコも正史郎さんに飛び付く。健吾は、俺たちの方へ来たが、俺が京の額に口付けるのを見て、察したように身を引き、一人で「やった!」とガッツポーズを決めていた。


 京が照れて俺を剥がしにかかるが、頑として譲らなかった。だが、モニターからの言葉に、仕方なく離れる。


「WANTED with rewardの諸君、さぁ、デビューライヴの始まりだよぅ。ステージに出ておいで」


 再びステージ袖の暗闇を通り、眩しい晴れ舞台へと歩み入る。頭の上のモニターで、Seekerが言った。


「さぁ、派手に決めておくれ。──WANTED with reward!」


 Seekerの声と共に、健吾がドラムを打ち鳴らした。期待の歓声と、女性客からの黄色い悲鳴が飛ぶ。まだ実感がわかない。だが初めてやった先程よりも確実に、俺たちも一万四千人の客も、このステージに慣れていた。


 正史郎さんが小声で、


「何をやりますか」


 と聞いてきたから、いつものライヴ通りの順番にやり、後はランダムに持ち歌のタイトルを言ってくれれば良いと伝える。作った曲は十五曲余りある。全部歌えばちょうど良いだろう。すぐに弾けるだけ、練習は充分に積んであった。


 健吾のスティックがリズムを刻み、改めて先程のグラムロックから始める。聞いたばかりだから、客も幾らか覚えて、サイリウムの波がメロディに合わせて綺麗に揃って揺れた。


 一曲目が終わると、健吾が得意のMCを始める。


「やあ、初めましての人も、今晩はの人も、盛り上がってるかー!?」


 一万四千人が吠える。


「そんなんじゃ聞こえないぞー! 盛り上がってるかー!?」


 咆哮が大きくなる。


「……オッケ」


 軽く健吾が言い、客席から笑い声が上がった。健吾のMCで、掴みは上々だった。緊張はとけ、次々と曲を重ねていく。最後にバンドメンバーの紹介を済ませ、一人一人、技を披露する。会場と俺たちの息が合えば、ハウスだろうが武道館だろうが、規模は関係なかった。


「ありがとう! これからもWANTED with rewardを応援してくれ!」


 楽器を置いてハケる俺たちに、サイリウムがブンブン振られる。それに応えて、手を振りながらハケた先には、ベンジャミンがいた。思わず身構える俺に、ベンジャミンは優雅に一礼した。


「おめでとうございます、WANTED with rewardの皆さん。わたくしどもの完敗です」


「でも、あんたらはMCのプロデュースでやるんだろ」


「さあ……どうでしょう。気紛れな方ですからね、まだお話はしていません。……アンコールがかかってますよ」


「ああ。……じゃあ、またどっかのステージで会おうぜ」


 言うと、闇の中に仄かに光る蒼い瞳が、驚いたようにやや見開かれた後、笑みの形に細められた。


「ええ。その時まで、ご壮健に」


 会場全体から上がるアンコールを受けて、俺たちはステージに戻った。正史郎さんのアカペラから始まるミディアムバラードは、何回も同じフレーズが繰り返される。健吾が「一緒に!」と言うと、会場全体が大合唱に染まった。


 ギターのソロパートで、俺と京は間近に向かい合って演奏する。離れる際に、演奏に真剣な京に軽く唇を触れさせると、京はハッと顔を上げた後、真っ赤になって数瞬演奏を途切れさせた。


 後で怒られるのは必至だったが、一万四千人の熱狂にまみれて、俺は我慢がきかなかった。

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