第52話 武道館
黒いワンボックスカー二台は、武道館の関係者口に入って止まった。ライヴを観には何度も来た事があるが、関係者として裏から入るのは初めてだ。楽屋への道々、健吾が、興奮気味に辺りを見回した。
「凄いっスね……! 俺たちホントに、武道館に来たんスね」
「まだ来ただけだ。デビュー出来るのは、一組だぞ」
俺が慎重にいなすと、正史郎さんも言った。
「そうですよ。ぬか喜びは御免です」
そのポーカーフェイスからは何の感情も読み取れなかったが、正史郎さんもデビュー出来たら喜ぶらしい。そう思うと、何となく可笑しくなって、密かに喉を鳴らした。京が敏感に感じ取って、見上げてくる。
「真一、何笑ってるんだ?」
「いや……何でもねぇ」
「何よ、やらしいわね、教えなさいよ」
「何でもねぇよ」
俺は誤魔化して、楽屋を見渡した。運ばれたという楽器は、ここにはない。どちらが弾いても良いように、ステージにセットされているんだろうか? 気になって、俺は立ち上がった。
「ステージ見に行くけど、一緒に行く奴」
京と健吾が返事して、俺たちはステージ袖の暗闇に入っていった。先ほど記者会見が行われたばかりなのに、ネットで先に情報でも流れていたのだろうか、客席はすでに殆どが埋まっていた。
「やっぱSeekerのネームバリュー、ハンパないっスね」
「どうしよう、また緊張してきた……」
「落ち着け、京。取り合えず、トイレ行っとくか?」
「お手洗いでしたら、あちらに」
突然、異質な声が割って入った。ギクリとして横を見ると、気配も見せずにベンジャミンが立っていた。暗がりの中に蒼い目が二つ、仄かに光っている。一体、いつから居たのだろうか。薄気味悪い奴だ。
「おや、驚かせてしまったでしょうか。失礼しました」
蒼い光点が消え、ベンジャミンは一礼をした。
「余裕だな。ライバルだってのに」
「ええ、人生は長い。これは、そのほんのひと時の戯れに過ぎません」
「戯れだと!?」
俺が怒るより早く、健吾が怒声を上げた。このチャンスを遊び扱いされたのでは無理もない。だが健吾に出鼻を挫かれたせいで、リーダーという立場上、止めに入らざるを得なくなった。
「あんた、音楽を馬鹿にするのにも程が……」
「待て待て待て」
「真一先輩! こいつ気に食わないんスよ!」
ベンジャミンに詰め寄ろうとする健吾を制し、俺は奴に言った。
「お前の言葉、所詮負けても悔しくねぇ、って負け惜しみに聞こえるぜ。ベンジャミン」
張り付いていたような笑顔が、初めてクスリと内容を伴って笑った。
「失礼。そう取って頂いて結構です。それでは」
そう残して、ベンジャミンは去っていった。健吾が歯噛みする。
「真一先輩、俺、あんな奴に絶対負けたくないっス」
「俺も」
珍しく機嫌悪く、京も言った。緊張など吹き飛んでしまったようだ。かえって、バンドの為には良かったのかもしれない。
そこへ、正史郎さんとマコもやってきた。ムッとした表情の面々を見て、マコが驚く。
「どうしちゃったのよ。京までそんなカオして」
「ちょっと……ベンジャミンが……」
「え? ベンジャミン来たの? 何処どこ?」
途端にハートマークの目になるマコに、俺は怒りの消化不良の八つ当たりで、軽くげんこつをお見舞いした。
「ギャッ。何すんのよ、真一!」
「あいつは止めとけ。性格が悪りぃ」
などと話していると、スタッフが、客席が埋まった為、開演を早めると言ってきた。今しがた去ったばかりのベンジャミンも、圭人の後に付き従ってやってくる。いよいよだ。待たされた分、期待も不安も大きくなる。
「紳士淑女の皆さま方、お待たせしました! 今宵お届けするのは、Seekerのプロデュースバンドお披露目公演!」
歓声が地鳴りのように、わああっと上がる。大スクリーンに写し出されたMCは、ハイパーメディアクリエイターとして有名な人物だ。それにも驚いたが、いきなりの呼び込みにも驚いた。
「まずは、少年貴族!」
二人は顔を見合わせたが、躊躇なく出ていった。
「そして、WANTED with reward!」
負ける訳にはいかない。俺たちも、ステージモードに切り替えて、眩しい光の中へと歩き出した。
「Seekerプロデュースでデビュー出来るのは、どちらか一組!」
眼前には、見た事のない一万四千人の観客がひしめきあっていた。楽器はそれぞれ、ステージ上にセットされている。覚悟を決めて、俺たちは発表を待った。
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