第42話 留守電

 朝から夕方までの警備員の仕事を終え、携帯を見てみると、着信があった。昨夜ゆうべ結ばれてからの今日だ、京だと確信して確認するが、意外にもそれは健吾だった。少しだけガッカリしてメールも確認する。これも、健吾からだった。


 何だ? メールを開くと、何かのURLが入っていた。文面はなし。いぶかしみながらも、そのURLに繋ぐ。YouTubeだ。


『──今日は、俺たちWANTED with rewardのデビューライヴへようこそ!』


 ハッとした。映像は不鮮明だが、携帯で撮ったとおぼしき動画は、昨日の俺たちだった。音声は鮮烈に入っている。


 再生回数を見ると、投稿されてから僅か十二時間で、六千二百回を超えている。コメント欄には、「何これカッコいい。聞いた事ないけど、インディーズなの?」「歌も演奏も上手いよな。顔がよく見えないのが残念」「私たまたま会社帰りに見てたけど、ルックスも超良かったよ。ファンになっちゃった♪」などといった賛辞が並ぶ。


 正史郎さんを引き入れるのにいっぱいいっぱいだったが、こういったプロモーションもありだったな、と投稿した奴に感謝する。と同時に、俺は健吾の番号を押していた。待ちかねたように、すぐに電話は繋がった。


『もしもし、真一先輩? 動画見ました?』


「ああ、今見た」


『ヤバイっしょ? どんどん新曲作って、ネットにアップしたら、俺たちイケるんじゃないっスか?』


 携帯の向こうの声が弾む。確かに、今の勢いは大切かもしれない。


「そうだな……まずあと十曲は作って、箱でライヴだな」


『俺も曲作るっス!』


「ああ、俺も作る。音源はパソコンに送ってくれ」


「了解っス!」


 通話を終えると、頭の中が音符でいっぱいになった。軽音部の頃から十年ほどバンドをやってきたが、これほどインスピレーションのわく手応えのあるメンバーは初めてだった。同僚への挨拶もそこそこに、俺は急いで家路を辿った。


    *    *    *


 家に帰ると、留守電のランプが点滅していた。また健吾か? ディスプレイを覗くが、知らない番号だ。再生ボタンを押すと、何処か間延びした低い男の声が聞こえてきた。


『やあ、WANTED with rewardの、海堂真一くんかぁい? YouTubeの動画はもう見てくれたかねぇ……あれをアップしたのは私さ。ライヴの後、君の車のナンバーから、この番号を調べさせて貰ったよ』


 男は、偶然俺たちのライヴを見かけ、YouTubeでの反応も見た上で、俺たちのバンドをプロデュースしたいと言う。胡散臭い話だ。だが、最後に名乗って途切れた留守電に、俺は呆然と立ち尽くした。留守電の男はこう言ったのだ。


『私は、Seekerシーカーだ。やる気があったら、店においでよ』


 Seeker……! それはかつて、空前の大ヒットをとばした、伝説のヴォーカリストの名前だった。だが人気絶頂期に突然の引退をし、今は町外れで小さなミュージックショップをやっているという。本物なら、音楽業界を震撼させる話題になるだろう。


「Seeker……」


 呟いてどれくらい電話を眺めていたのか、やがてドアが合鍵で開けられた。京が、食材を手に入ってきて、ようやく俺は我に返った。


「ただいま……」


「京!」


「わっ……! ど、どうしたんだ真一」


 思わず俺は、京を抱き竦めていた。弾みでスーパーのビニール袋が落ち、中から玉ねぎが転がり出る。


「京、Seekerって知ってるよな」


「勿論。彼がどうしたの?」


「昨日の俺たちのライヴを見て、プロデュースしたいって」


「……え?」


 半信半疑な京にも、留守電を聞かせた。すると京は、大きな瞳を更に見開き、確信を持ったようだった。


「真一……! これ本物だよ! 俺、SeekerのライヴDVD、全部持ってるもん!」


 確かに、この独特の低音と話し方は、真似するのが難しいくらい個性的だ。今度は京の方から、飛び付いてきた。


「おめでとう真一! Seekerの店に行こう!」


「待て待て」


 抱き締め返し、今にも部屋を飛び出していきそうな勢いに、俺は笑いながら待ったをかけた。


「メンバーの了承が必要だ。俺は健吾、京は正史郎さんとマコを頼む」


「うん!」


 京が密着したまま、瞳を輝かせて見上げてくる。


「んっ……」


 堪えきれず、俺はその桜色の唇に口付けた。京も応えてくれる。俺たちがそれぞれのメンバーに電話し始めるのは、それから十分後の事だった。

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