第33話 ドラム

 翌日、俺は京を介してマコに楽譜を渡した。今までやっていた曲は使えないから、即興で作ったメロディ。まだあてはないが、一通りドラムも楽譜に落とした。


 そして数日、俺は京にギターを教え、三人の予定が空いた日に、スタジオを取ってバンド練習をする事にした。


 昼番の終わったマコを店で拾い、車でスタジオに向かう。助手席には京。


「露骨にカップルなんだから!」


 と五月蝿うるさいマコを俺は放置し、やがて目的地に着く。馴染みのそこで、俺たちは楽器の準備を始めた。


 と、防音の筈の隣のスタジオから、音が漏れてきた。施錠が甘いらしい。それを隣に伝えに行くと、向こうもバンドで練習をしていた。礼を言われ、俺たちはしっかり施錠して演奏を始める。予想通り、三人の演奏はぴったり合った。


 それに満足し、俺たちはスタジオを出る。するとそこに、待ち受けている若い男がいた。


「チーッス」


「あ……? ああ、さっきの」


 そいつは、さっき音漏れを知らせに行った、隣の部屋で見た顔だった。脱色して白に近いほどの金髪で、京よりもやや小柄で十代かと思うほど若かったが、サイケなシャツの袖から覗く二の腕には、男らしくしっかりと筋肉がついていた。わざわざ待っていたのだろうか。


「何か用か?」


「おい健吾、まだか!?」


 スタジオの入り口から声が掛かる。


「もうちょいっス!」


 健吾と呼ばれた男は怒鳴り返すと、改めて俺たちに名乗った。


「二度めましてー。高橋健吾たかはしけんごっていうっス。単刀直入に言いますけど」


 軽いノリでそう前置きして、健吾は信じ難い事を言った。


「ドラム決まってないなら、俺入れてくれません?」


「は?」


 三者三様、その突拍子もない申し出に息を飲む。第一、


「お前、あっちのメンバーじゃないのか」


 訝しげに小柄な顔を眺め下ろすと、事もなげに言った。


「あ、あっちはサポートで三ヶ月組んだだけっス。その約束もそろそろ切れるんで、どうかなと思って」


「でも、俺たちの演奏、聞いてないだろう?」


 京が的確に指摘すると、健吾は朗らかに笑った。


「ああ、ルックスで決めたんスよ。あっちより、遥かに良いんですもん」


「あら。分かってるじゃない」


 面食らっていたマコだが、現金なもので途端にウェルカムな空気になった。健吾は続ける。


「俺、モテる為にバンドやってるんスよ。だから、ルックスで入る所決めるんス」


 にっこりと微笑み、俺を懐柔しにかかる。


「だから、取り敢えず名前だけでも教えて貰えませんか? 先輩」


 そう言えば、まだ名乗っていなかった。キッパリと言いたい事を言うイマドキの言動に気圧されていたが、俺は気を取り直して話をする事にした。


「海堂真一だ」


 京とマコもそれぞれ名乗る。健吾は、それぞれに頭を下げる。見かけや言葉遣いはイマドキのチャラさだったが、礼儀はなっていて、不快ではなかった。


「よろしくお願いします、真一先輩、京先輩、眞琴先輩」


「おいおい、まだ話は決まってないぜ」


 苦笑する俺に、ロナルドはデイパックからCDを取り出して渡してくる。


「これ、俺のデモCDっス。連絡先も入ってるんで、気に入ったら連絡ください」


 余程自信がなければ、こんな物言いは出来ないだろう。まさに言いたい事だけを言って健吾は、じゃ、また、と暗に再会を確信して去っていった。


「どうするの? 真一」


 マコが面白そうに、下から顔を覗き込んでくる。どうもこうも、デモCDを聞いて、もっと人となりを知らなければ組む事など出来ない。


「考える」


 とだけ言って、俺たちも車で帰路についた。マコを送り届け、二人して俺の部屋に帰る。


 デリで買ってきた夕飯を摂りながら、CDコンポに健吾のデモCDを入れた。ラベルには、いつも用意してあるものなのか、フルネームに携帯番号、アドレスなどが印字されていた。


 中身は、ドラムのあらゆるテクニックを使った演奏だった。その妙技は、思わず食事を喉に詰まらせたほどだった。


「真一、大丈夫?」


 京がお茶を手渡してくれる。


 このレベル……道理で自信満々な訳だ。「モテる為にバンドをやっている」という性格的欠陥を差し引いても余りある。


「京。アイツに口説かれても、浮気するなよ?」


 京がぷうと頬を膨らませた。


「しないよ。君の方が心配だよ」


 だが一瞬後、驚きに目を見張った。


「えっ……じゃあ……」


「ああ。健吾は巧い。今まで出会ったドラマーの中で一番」


「凄い……! 後はヴォーカルだけだな!」


 夕飯もそこそこに、俺は健吾のアドレスにメールを打ち出していた。もう一度会いたい。奴の思い通りになった訳だ。

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