第31話 トランプ

 マンションに帰ってからも、俺たちは興奮気味にマコの演奏について話していた。夕飯の後、いつものように眠るまでの時間を二人で過ごす。


「眞琴さん、凄かったな」


「ああ。人は見かけによらない、ってのの見本みたいな奴だ」


「真一、それひどい」


 京が、堪えつつも噴き出した。楽しそうな京を見るのは好きだった。怒ってる京も、泣きそうな京も、京ならどんなカオでも好きだったが、中でも一番好きなのは、キスした後のカオだった。


 キスして、滅茶苦茶にしてしまいたい衝動を押さえ、俺は負けず嫌いと知っている京に切り出した。


「京、トランプでもしねぇか」


「え、ギターの練習は?」


「今日の出来映えなら、合格だ。たまには、違う事しようぜ」


「え、良いけど……ババ抜きくらいしか知らないよ」


「おう」


 俺は引き出しからトランプを取り出し、テーブルの上でシャッフルした。二等分にしたカードを合わせ、一枚づつ交互に噛ませて手早く混ぜる。


「わっ。凄い真一、マジシャンみたい」


 いちいち色んな事に顔を輝かせる京が可愛くて、俺は頬を緩ませた。


「じゃ、負けた奴は罰ゲームな」


「えっ」


 符合するカードを出しながら言うと、京は目を丸くした。始めからこれが狙いだったとは、気付かせない。これで京は、より『負けず嫌い』を発揮させる事だろう。


「負けた方が、勝った方の言う事、何でもきくんだ」


「な、何でも?」


「ああ。俺は負けないから良いけどな」


 途端、京が肩をいからせる。


「俺だって負けないもん」


 ジョーカーは初め、俺の手の中にあった。一枚だけ飛び出させて構えてみたり、一番端っこを引いてみたり、単純だが思いの外楽しいゲームになった。特に京にジョーカーが渡った時は、悔しがる様が愛らしかった。


 そして最後、京が二枚、俺が一枚になる。京は躍起になってカードをシャッフルし、俺を惑わせる。だがポーカーフェイスの出来ない京の視線で、どちらがジョーカーかは丸分かりだった。ひょいとカードを一枚引いて符合した山に出すと、


「あーっ!」


 京が叫び声を上げる。俺は、得意気に京に言ってみせた。


「さーって、何して貰おうかな……」


「もう一回!」


 何回やっても結果は同じだろう。


「やるだけ無駄だ。さ、京」


「うう……」


 京は、泣きそうに顔を歪ませる。まだ罰ゲームではないのに、眼福だった。


「ちょっとこっち来い」


 俺は、ベッドに腰掛け手招く。その俺の悪童めいた表情を見て、京はテーブルでジョーカーを持ったまま固まった。


「あ、お前今、ヤラシイ事考えただろ。京は耳年増だからな」


 からかうと、京は見る見る真っ赤になる。


「違う!」


 もっと苛めたくなってしまうが、本当に泣きそうだから、笑って優しくベッドの隣をポンポンと叩いた。


「冗談だ。良い子だから、ここ座れって」


「何にもしない?」


 そろりそろりとやって来て、俺の示した隣に座り、見上げてくる。


「そうだな……少し、する」


「真一……」


「約束を破るのか?」


「う……」


 生真面目な京の性格を利用する。我ながら、悪い男だ。


「じゃあ、目ぇ瞑って動くなよ」


「う……うん……」


 京は、ちょっと俺を見詰めてから、素直に従った。俺は愛しいその頬に口付ける。


「ん」


 ──チュッ。


「ん」


 五~六回口付けたが、その全てに「ん」という返事が返ってきて、思わず俺は噴き出した。何だその可愛い反応は!


「京、返事しなくて良い」


 口元を覆って肩を揺らす俺に、京が瞳を開きかける。


「だって……」


「おっと。目ぇ開けるなよ」


「あ……うん」


「だって、何だ?」


「だって……」


 瞼を閉じて頬を上気させたまま、京はややあって答えた。


「気持ち良いんだもん」


 その言葉は、思いがけず俺を興奮させた。


「京……」


 どうしてくれよう。ふと壁にかかっていた面接用のスーツ一式が目に入る。これだ。俺はそこからネクタイを取り出すと、京の両手首を一纏めにして縛り上げた。


「真一……!?」

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