第21話 帰り道

 あくる日、俺は朝から公園前の道路工事の交通整理に励んでいた。近所にある大きめの自然公園で、出勤が楽で助かる。もう長く工事をしている為、無邪気な子供たちが、俺に挨拶をしては通り過ぎていった。


「おじちゃん、おはよー!」


「コラッ。誰がおじちゃんだ。お兄さんと呼べ」


 わざと怒ると、子供たちはキャーッと歓声を上げ走り去っていく。いい玩具おもちゃにされているのだが、子供は嫌いじゃない。単調な仕事の合間の、息抜きになっていた。


 それから何時間か、歩行者を通していると、声が掛かった。


「真一!」


 仕事に集中していて気付かなかったが、目の前には京がいた。


「お、京。風邪治ったか?」


「うん。すっかり。真一のお陰だよ」


 と、嬉しそうに大きな目を細めた。


「そりゃ良かった。昼番か?」


「そうなんだけど、眞琴さんが、あと一日大事をとって早めに帰って良いって」


「何時だ?」


「五時」


「お、俺とおんなじだ」


「じゃあ、またご飯一緒に食べよう」


「おう」


 そんな約束をして、俺と京は分かれた。


    *    *    *


夕方。工事の後片付けが全て終わる頃には、午後五時を少し過ぎていた。ヘルメットを脱ぎ、乱れた髪を手ぐしで治していると、駆け寄ってくる足音がする。これには俺も気付き、振り返って笑みを見せた。


「京」


「真一!」


 ほぼ同時に名を呼び合う。心地良い瞬間だった。目の前まで小走りにやってくると、朝に会った時と同じ――いや、それ以上の微笑みを花咲かせた。つられて俺も頬が緩む。


「一緒に帰ろう、真一」


「ああ」


 警備員の制服のまま、自然公園の中を突っ切って、徒歩十五分の道を並んで帰る。チラチラとこちらを見ている京が気になって、尋ねた。


「どうした?」


「何だか……ドキドキする」


「俺がカッコ良くて?」


 冗談めかして言ったが、京はストレートに返してきた。


「うん」


 思わず声をたてて笑ってしまう。何て素直な奴なんだ。


「制服が格好良い」


「何だ、俺じゃなくて制服か」


 意地悪く拗ねてみせると、京は両の拳を握って力説した。


「制服を着てる真一が!」


「あー、分かった分かった。ありがとよ」


 ブラウンの頭に掌をポンポンと置いていなす。辺りはまだ、街路灯のつかぬギリギリの薄暗さ。俺は、京の手を握った。


「真一……」


 咄嗟に引こうとする手を、逃がさず強引に握る。


「誰も見てない」


 そのまま指を絡めて握り直すと、観念したのか、京は俯いて俺より二回りは華奢な拳を預けてきた。


 ざあっと風が吹いて木立が揺れ、京の小さな呟きをかき消した。


「え? 何だって?」


「……何でもない」


 気になって何度聞いても、京は何でもない、と繰り返すばかりだった。けれど、固く握りあった掌が汗ばんでいて、何となく想像はついた。


「変な所で頑固だな」


 一つ笑って、俺は握っていた腕を上げ、京の手の甲に軽く口付けた。桜色の頬になった京から苦情が上がったのは、言うまでもない。

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