第109話 ノーベル賞の大村智先生の話で盛り上がる

 4月9日。最高気温は23度ほど、暖かな曇り空の土曜日の昼の12時。


 JR渋谷駅、緑の植木と低い竹垣(たけがき)に囲(かこ)まれた広場の、

忠犬ハチ公の銅像の前に、川口信也(しんや)たちが集まっている。


 信也と、彼女の大沢詩織(しおり)、信也の妹の美結(みゆ)と利奈(りな)、

信也の飲み友だちの新井竜太郎と、彼女の野中奈緒美(なおみ)、

竜太郎の弟の新井幸平(こうへい)、

マンガ家の青木心菜(ここな)と心菜の親友の水沢由紀(ゆき)の、9人だ。


 みんなで、スクランブル交差点を渡ってすぐの、レストラン・デリシャスへ行く。


 デリシャスは、竜太郎が副社長をしている、エターナルの経営で、

世界各国の美味(おい)しい料理やドリンクを提供する多国籍料理のレストランだ。


「ハチ公って、ご主人の亡(な)くなったあとも、10年間も、毎日この渋谷駅に来ては、

現(あらわ)れない帰らないご主人を待ったのね。

ご主人に忠実(ちゅうじつ)なハチ公の姿を想像すると、涙が出そうよ!」


 どっしりと凛々(りり)しく座(すわ)っている忠犬ハチ公を見つめる大沢詩織が、

信也やみんなを見ながらそう言う。


「ハチ公の主人を想(おも)う気持ちには、おれも感動しますよ。

ハチ公は、生前(せいぜん)から、新聞、ラジオなどの報道で、有名になったんですよね。

それで、町の人たちから、ハチ公の銅像を建設しようという声が出始めたんですよ。

この銅像の除幕式には、ハチ公も渋谷の駅長さんと一緒に見守っていたんですよね」


 犬とか、動物が大好きな新井幸平が、大沢詩織にそう言って微笑(ほほえ)む。 


「幸平さん。ハチ公って、何歳で亡くなったんですか?」


 美結(みゆ)が、新井幸平にそう聞く。


「13年間で、13歳ですよ。ハチ公は、蚊(か)にうつされる寄生虫のフィラリアで、亡(な)くなりました」


「ハチ公もフィラリアで亡くなったのね」


 利奈(りな)はそう言って、姉の美結(みゆ)と目を合わせる。


「でも今は、大村智(さとし)先生の『寄生虫による感染症の治療薬の発見』で、

フィラリアで亡くなるワンちゃんが少なったのよ!

利奈(りな)ちゃん、美結(みゆ)ちゃん、由紀(ゆき)ちゃん」


 マンガ家の青木心菜(ここな)は、利奈や美結や、

親友でマンガ制作のアシスタントをしてる水沢由紀(ゆき)と、目を合わせて、そう言った。


「大村先生って、日本のレオナルド・ダヴィンチって、呼ばれているわよね、すごいわ!」


 由紀はそう言って、心菜に微笑(ほほえ)む。


 マンガ家の心菜は、絵画の愛好家としても有名な、

『科学と芸術の融合が人類を幸福にする』を信条の1つにする、

ノーベル生理学・医学賞受賞の大村智を格別に尊敬している。


 信也たち9人は、レストラン・デリシャスの、

白を基調としたお洒落(しゃれ)な個室で、寛(くつろ)いだ。


 テーブルには、ジュースやワインや生ビール、ホタテの生ハム巻きなどの料理も並んだ。


「しんちゃんの故郷(ふるさと)の韮崎市(にらさきし)から、

大村智先生のような、おれたちの希望の光となるような素晴らしい人が現れるとはね!

大村先生の、自分の利益や得(とく)とかは二の次にして、

『若い人を育てる』という未来を見すえる経営哲学には、おれも感動するんですよ。

あと、『自然と芸術は人間をまともなものにする』と言っていることとかにも。

これは、ローマ時代からの言葉だと、大村先生は言ってますよね。

この考え方って、吉本隆明さんの考え方とも、ほとんど一致(いっち)しているよね。

ね、しんちゃん。あっはは」


 エタナールの副社長の新井竜太郎は、そう言って笑った。


「そうですよね。優(すぐ)れた人が考えることは、一致するか、似てくるんでしょうね。あっはは。

吉本隆明さんは、『ほんとうの考え・うその考え』という本の中で、

詩人で童話作家の宮沢賢治の考えや、

フランスの女性の哲学者、シモーヌ・ヴェイユの考えを引用しながら、こんなことを言っています。

『科学でも芸術でも、一流の人の到達する考え方は、その到達点は、

普遍的な真理の場所で、そここそ≪ほんとう≫の第一級の場所だ』と言っているんです。

そして、『いかにして、その真理に近づくかという考えだけがあれば、

そこへ到達できるんだ』とか言っています。

この考え方は、ヴェイユの考えたことで、ヴェイユの最後の到達点らしいんです。

吉本さんは、このヴェイユの最後の到達点を、

『たいへん、わたしたちに希望を抱(いだ)かせます。』と、その本の中で、語っているんですよ」


 そう言い終わると、信也は、みんなに微笑んだ。


「いい話だね。みんなの考えが一致する、そんな普遍的な真理の場所って、きっとあるんだよ。

吉本さんが言うように、希望がわいてくるなぁ!」


 竜太郎がそう言った。


「今度、みんなで都合(つごう)を合わせて、韮崎の大村美術館に行きませんか!

ここからなら、中央高速をクルマで、約2時間30分ですよね。ね、しんちゃん」


 マンガ家の青木心菜(ここな)は、そう言って、信也や竜太郎に微笑(ほほえ)んだ。


「そうですね、心菜ちゃん。いい考えですよね。今度、みんなで、行きますか!

美術館の隣には、みなさんが楽しめるようにと大村先生がつくった、

蕎麦屋(そばや)と温泉もありますよ。先生の自宅も、そのすぐ近くなんです」


 信也は、心菜やみんなを見ながら、そう言って微笑んだ。


 みんなも、美術館行きの話に、盛り上がった。


≪つづく≫ --- 109話 おわり ---

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