第33話 美樹と真央、恋愛を語りあう

3月9日の日曜日の正午ころ。下北沢の空、朝から晴れている。


 昨夜、小川真央は 清原美樹に メールをする。


<お元気?美樹ちゃん。明日下北の どこかのお店で お茶しない?>


<いいわよ。じゃあ、南口のモアカフェはどうかしら?時間は12時はどうかしら?>


<OK!じゃあ、12時にモアカフェね♪ ありがとう、美樹ちゃん♪>


 下北沢駅 南口から歩いて2分、住宅街の裏路地にある モアカフェ(moiscafe)は、高い天井の、ゆったり 寛げる 、客席数も40席の カフェである。


 2004年5月、解体が決まっていた築40年の民家を改装した 一軒家で、昼の12時から23時まで営業する カフェだった。玄関左手には 赤松の木がそびえている。


 清原美樹と小川真央のふたりは、階段をあがった2階の、窓からの陽の光がたっぷりと射し込んでいる広々とした部屋のテーブルで寛いでいる。


 美樹は ミントグリーンのラッフルギャザー・ワンピースに、ブラウンの透かし編み・ニットカーディガンを、真央は フラワープリント・ワンピースに、デニムジャケットというファッションだった。


 家具メーカー大手のカリモクのクッションのきいた黒いソファー は、客にも人気で、背をもたれて座って、目を閉じていれば、しんとした明るい昼下がりには、時間が静止したようなゆったりとした心地よい気分になる。モアカフェは下北沢の若い人々にも人気があった。


「真央ちゃんと モアカフェに来たのって久しぶりよね!」


 美樹は 天井のむきだしの梁を少し眺めると、目を輝かせて、真央にほほえむ。太くて丸い 横木の梁は 屋根の重みを支えている。


「そうよね。美樹ちゃんと前にお店に来たときから、わたしも今日まで来てなかったの。美樹はつきあいがいいから、大好きよ」


「ありがとう。わたしだって、真央が大切な友達だもの。精いっぱい、おつきあいするわよ」


 そんな会話にふたりはわらった。


 真央も、テレビとかで、タレント活動をするようになって、美女がいっそう美女になったなあ・・・と美樹は思う。そして、自分のことのように、胸が弾む感じに、うれしくなるのであった。


 清原美樹は、1992年10月13日生まれ、21歳。早瀬田大学、教育学部、3年生。

芸能プロダクションのモリカワ・ミュージックに所属する グレイス・ガールズのリーダーで、キーボード、

ヴォーカルを担当していて、2013年10月20日、デヴュー・アルバムの Runaway girl (逃亡する少女)と、その中から シングルカットされた Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)が、同時に ヒットチャート入りをしている。


 小川真央は、1992年12月7日生まれ、21歳。早瀬田大学、教育学部、3年生。ふたりは下北沢で育った、幼馴染みの親友である。美樹は身長158センチ、真央は160センチ。モリカワ・ミュージックに所属して、アルバイト感覚ではあるが、タレント活動をして、人気上昇中でもあった。


 美樹と真央は、クラシック・ショコラと紅茶のセットを注文する。あと1時間もすると、美樹の交際相手の 松下陽斗と、真央の交際相手の野口翼が、店に来ることになっている。そしたら、みんなで食事をすることにしている。


「どうしたの真央ちゃん、何かあった?」


「うふふ。三角関係よ」


「ああ ・・・・。そんなこと。三角関係もいろいろと大変よね。わたしも 川口信也さんと、

松下陽斗さんのことで、三角関係だったし。やっぱり悩んだもの。そして心の整理をして、信也さんに、ごめんなさいって、謝ったのよね、わたし」


「美樹ちゃんも大変だったわよね、あの時は。わたしの場合は、まだ、誰かに謝ったりするほど、深刻じゃないのよ。まだ、三角関係っていっても、まだ何も始まってはいなんだもの。自分ひとりの中で、迷っている贅沢な 悩みなんだから」


「わかったわ。真央が話していた、エタナールの新井竜太郎さんのことでしょう」


「うん、そうなの。わたしのことを気に入ってくれていて、つきあいたいっていってくれてるのよ」


「真央はモテるからな。エターナルって、 売り上げが3000億円で、マクドナルドと同じくらいの大会社なのよ。その副社長なんでしょう、新井竜太郎さんは。すごいお話よね」


「そうなの。そんなふうに考えると、ふらっと、竜太郎さんと、おつきあいしてみようかしらって、思っちゃうのよね。わたしって、ひょっとして、小悪魔的なオンナなのかしらって思ったりもして。だって、竜太郎さんのこと、何も知らないし、まだ愛してもいないのに、心が揺れ動いちゃうんだから、わたしって、小悪魔どころか、悪魔的なところがあるのかもしれないわ」


「真央ちゃん、そんなふうに、自分を責めてはいけないわ。誰にだって、小悪魔的なものは、絶対にあるんだから。精神分析学者のフロイトがいっていることなんだけど、わたしたちの心や精神には、イドと呼ばれる本能と、エゴと呼ばれる自我と、スーパー・エゴと呼ばれる 超自我があるんだって。姉の美咲ちゃんから教わった話なんだけど。フロイトのこの説をあてはめれば、現代人の心理や行動とか、犯罪者の心理とかが、わたしにも、よく理解できるのよね」


「わたしもそれは何かで読んだことある。フロイトは、イドを暴れる馬に例えるのよね、美樹ちゃん」


「そうそう。そして、エゴを、暴れる馬をなだめたり、調教したりする 騎手に例えてね。わかりやすいわよね」


「うん。その馬と騎手の例えは、印象に残るわよね。そんな部分だけは頭に残っているわ」


 真央がそういうと、ふたりはわらった。


「暴れ馬と、それを操る 騎手の他に、3つめの、スーパーエゴという 超自我があるんだけど、それって、道徳心とか良心とかそんな感じの心の働きのことよね。そのスーパーエゴは3歳ころから

親の影響によって現れはじめて、中学生ぐらいまでの間に完全なものとなるらしいの」


「なんだか、きょうの美樹って、心理学の先生みたいね」


 ふたりはまた楽しそうにわらった。


「陽斗くんは、1時には来るんでしょう?」


「陽くんは、1時だっていっていたわ。翼くんも、1時ころには来るんでしょ?」


「うん。そしたら、みんなで楽しく食事しましょう」といって、真央はいたずらっぽい目でほほえむ。


「真央ちゃんには、翼くんという、すてきな男の子がいるんじゃないの。新井竜太郎さんも魅力的だけれど」


「そうなの。翼くんのことは大好きなんだけどね。だから、わたしって、小悪魔的なのよ」


「そんなことないって、真央。真央のように、誰でも 迷うと思うわ」


「ありがと、美樹。美樹はいつも優しいよね」


 ふたりはまたわらう。


 現在、美樹の交際相手の松下陽斗は、1993年2月1日生まれ、21歳。東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の3年生。芸能プロダクションのモリカワミュージックに所属している。クラシック、ジャズ、ポップスと多彩なジャンルの、豊潤な演奏で、人気上昇の、若手ピアニストであった。


 真央の交際相手の、野口翼は、1993年4月3日生まれ、20歳。早瀬田大学、理工学部、2年生。翼と真央は、早瀬田大学の音楽サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で親しくなり、真央が翼からギターを習ったりしているうちに、交際するようになる。


「それでさあ。このちょっと、ややこしいお話だけど、イドと呼ばれる本能と、エゴと呼ばれる自我と、スーパー・エゴと呼ばれる 超自我って、結局、どんなことがいえると思う?真央ちゃん」


「うううん、わかんない」


 またふたりはわらう。


「イドと呼ばれる本能は、暴れ馬といわれるくらいだから、野性的で、原始的で、時には狂暴になったりするもので、快感をひたすら求める欲望の源だから、それを制御することは、コントロールすることは、むずかしいことなのよね。犯罪とかって、このイドの暴走なのかなって、わたしは思っちゃうの!」


「ううん。きっと、そうよ。イドが暴走したら、他人なんか、どうでもいいのよね、きっと。自分の欲望だけ満たされればいいっていう、暴れ馬なんだから。暴れ馬のほうが、まだ、かわいいわよね。イドの暴走した人間って、最悪!」


 ふたりはまたわらった。


「イドと呼ばれる本能の 暴れ馬はいるのよ、きっと。わたしはフロイトのこの説を信じるのよね。だからあとは、自我や超自我で、イドをコントロールできればいいのよ。イドの悪口ばかりいってしまったけど、このイドの原始的な欲望やパワーは、生命力や食欲や性欲の源でもあるわけなんだから、本来、とても大切なものなのよね」


「うん、美樹。イドの大切さ、わかる気がする」


「そうよ、真央。真央の小悪魔的なのは、わたしも認めるけど」


「やだわ、美樹ったら」


「でもね、真央。イドといわれる原始的な本能的な欲望や衝動って、人間が健康的に生きるためには不可欠な要素なのよね。ちゃんとしたイドのある人のほうが魅力的だしね。真央のように」


「美樹もね。そんなふうに、チクリとわたしをいじめる美樹にも、じゅうぶんに、イドの力が働いているわ。美樹も、ほんとうに小悪魔的なんだから!かわいい小悪魔で、悪女ってところね」


「女性は、小悪魔で悪女っぽいほうが、かわいいのよ、真央」


「ねえ、美樹ちゃん、わたしのこの問題って、どうしたらいいのかしら?」


「真央ちゃんにとって、大切な人を、真央ちゃんが真央ちゃんらしく、守っていけばいいのかな?新井竜太郎とのつきあいがダメということもないだけど。二股かけたって、うまくいくわけがないと思うのよね。こういう場合も、フロイトの説にあてはめれば、わかりやすいと思うの。スーパーエゴ、超自我の、道徳心や良心が大切になるんじゃないかしら」


「スーパーエゴかあ、わたしのスーパーエゴって、なんだか、頼りないきがする」


「そんなことないわよ。真央ちゃん。みんな、似たり寄ったりだわよ。イドも大切だし、エゴも大切、スーパーエゴも大切で、それらのバランスを大切にしてゆけばいいのよ。真央もわたしも、小悪魔的なくらいでいいんだから、元気に楽しくやってゆければいいんだと思うわ」


「そうよね、美樹。美樹と話して、ずいぶんと、気が楽になったわ」


 そんな恋愛談義に、ふたりはわらったりしていると、ちょうど1時には、グレーのジャケットにジーンズのチノパン姿で、松下陽斗が、「よお、楽しそうだね」といって、店内に入ってきた。


そのあと 1時5分頃には、ネイビーのカーディガンにジーンズで、野口翼も、 「やあ、みなさん」といって 笑顔をふりまいてやってきた。


 4人は、他の客も多くいる カフェの2階のテーブルで、和気あいあい、わらい声の絶えない、楽しい時間を過ごした。


≪つづく≫ --- 33話 おわり ---

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