第17話
異形は人間たちの保護区の近くまで依子と雷三を送ってくれた。異形が保護区の扉を指差すと二人はお辞儀をして見せた。異形が目を細めて立ち去っていく。二人は保護区に背を向け来た道を戻る。
「依子、みなとって何?」
「船が出ていったり帰ってきたりするところ。空の港は空港って言うの」
「空を飛ぶ船?」
「飛行機よ。でもここはもしかしたら、宇宙船が飛び立つ場所かも」
「うちゅうせん?」
「それが本当にあれば、それに乗ることができれば、地球に帰れるかもしれない」
依子はなぜか体が震えるのを感じた。恐いのではない。寒いのでもない。武者ぶるいというものかも知れなかった。依子は思わず雷三の手をぎゅっと握った。
オレンジ色の通路を通り越し、二人は歩きつづけた。異形の往来はどこまでも変わらず賑やかで、通路の隅を歩いていく依子と雷三は異形たちの目を引いた。けれど誰も二人を捕まえようとはしなかった。時おり子供の異形が二人のあとを付いてきたが、すぐに親につかまり引き離されていった。二人は自由に建物の中を歩き回った。
扉があれば覗いてみて、角があれば曲がってみた。どの角も曲がると白い通路になり、やはり扉は見えず、すぐに壁につきあたる。どこまでも進めるのは大きくカラフルな通路だけのようだった。明かりが暗くなり人の行き来が少なくなったころ、二人は保護区の扉に行きついた。
「戻ってきちゃった……」
「この塔、丸いから通路も円形に続いているのよ。一周したら元の場所に戻るんだわ」
二人は少し引き返し、大きなベンチに登って抱き合って眠った。
目を覚ますと周りを異形たちがとり囲んでいた。依子と雷三が起き上がると異形たちは目を細め、二人を抱き上げたり頭をなでたりして満足すると離れていった。中には懐からクッキーを出して二人に食べさせてくれるものもいた。二人は少し苦いそのクッキーを少しだけ食べ、残りは懐にしまった。
異形たちが皆去ってしまってから二人は歩き出した。保護区に背を向けてゆっくりと歩く。角に当たったら少し離れて異形の出入りを観察する。色とりどりの服を着た異形ばかりが通る通路もあれば、銀色の制服を着た異形だけが出入りする通路もある。二人は角を曲がる制服の異形のあとを付いて走って行き扉の中に滑りこむということを何度か繰り返した。入る時には壁を押さないと開かない扉は、内側からなら近づくだけで開いた。異形がたくさんいて金属板を熱心に調べている部屋や、がらんとして大きな白い箱が置いてあるだけの部屋などを見て回った。
銀色の制服姿の異形のあとについてその部屋に入った時、二人はあっけに取られて天井を見上げた。天井に何本ものクレーンがぶらさがっていて、その一本一本が荷物をつかみ、壁の向こうの部屋に運んでいった。荷物は部屋から部屋へ流れるように消えていく。壁の向こうを覗いてみたかったが壁は高すぎ、二人にはどうやっても隣の部屋は見えなかった。
制服の異形は高い壁ボタンを押した。クレーンはぴたりと止まり部屋の中は静かになった。異形がもう一つボタンを押すとクレーンが隣の部屋の床に荷物を下ろしたようだった。依子と雷三は見つからないように積み上げられている荷物の陰に隠れていた。異形は壁の一部に触れて扉を開けた。灰色の布を身にまとった一人の異形がこちらの部屋に入ってきて制服の異形に金のコインを何枚か手渡した。それからクレーンから大きな袋を取り外し荷物のいくつかを開けた。
「金の籠だ」
空の籠を三つと束になった金の紐を抱えると、黒い飛行物体の中に籠と紐を詰めていく。
「人間を攫いに行くんだわ」
依子はつぶやくと、雷三の手をぎゅっと握った。高い壁の向こうで異形たちが話している隙に二人は駆けだし荷物と一緒に黒い球体の中にもぐりこんだ。急に扉が閉まり、がくんと揺れた。二人は金の籠に挟まれて身動きがとれない。
「依子、大丈夫?」
雷三が小声でたずねる。
「なんとか……」
依子も小声で答えた。床は静かに振動していた。わずかに呼吸音のような唸りが聞こえる。
「宇宙船が動き出したみたいね」
依子がつぶやいた直後、宇宙船は浮き上がった。急速に高く高く上っていく。依子と雷三は押さえつけられるような圧迫感に押しつぶされそうになりながら手を握り合って耐えた。しばらくすると上昇は止まり、今度は横に移動が始まった。二人は貨物室の中を転がり金の籠に押し付けられた。宇宙船はまだまだすごいスピードで飛んでいる。
「雷三、なんだか寒くない?」
「ほんとだ、寒くなってきた」
二人は黒い布で体をすっぽりと覆ったが、それでも耐えられないほどに気温は下がっていた。
「依子、籠の中に入ろう。どれか開いているかもしれない」
二人は急いで籠を探り始めた。
「雷三、これ開いてる!」
「こっちも開いてるよ」
「全部開けっぱなしなのかしら」
声を頼りに互いを見つけだすと、手近にある横向きに倒れた籠の中に入る。金の紐が開いていても籠の中は暖かかった。二人は手を繋ぎあったまま座り込んだ。
スピードはますます上がった。金の籠が転がり二人は籠の中を転げまわった。雷三は依子の体をしっかりと抱きしめ守っていた。
どれくらいそうしていたのか、二人が疲労で気が遠くなりかけていた頃、ふいに圧迫感が消えた。代わりにふわりと体が軽くなるように感じた。
「依子、なんか変だ」
「大丈夫、きっと宇宙に出たのよ」
「うちゅうってなに?」
依子は雷三に地球の事、宇宙の事、飛行機の事、宇宙船の事、依子が知っている限りのことを全部教えてやった。それはスイミーの部屋で毎日繰り返していた日常を思い出させた。二人が出会ってから今までなんど繰り返したか分からないことだ。依子と雷三は、やっといつもの二人に戻った気がした。
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