第14話


 銀色の服を着た異形は乗り物の中に依子たちの姿を見つけると大きく目を見開いた。その表情が人間に似ていて、依子はまた笑ってしまう。ギーと重たい鉄の棒を引きずったような声で異形が何かを問う。けれどもちろん二人には異形の言葉はわからない。異形たちは顔を見合わせると、黒い球状の飛行機に乗り込み、依子たちの乗り物を引きずったまま街へと戻った。

 街は多くの異形でにぎわっていた。この街の異形たちも色とりどりの布を巻いていて通りは明るく華やかだ。黒い球状の飛行機がその道を乗り物を引きずって飛んでいくのを、異形たちが近寄ってきて見物している。乗り物の中に依子と雷三を見つけた異形は、やはり目を見開いた。


「ねえ、依子、みんな面白い顔するね」


 依子はくすくす笑ってうなずいた。

 飛行機は塔の真下にくると地上に下りた。異形たちが降りてきて、そろって塔の中へ入っていく。しばらく待っていると異形が入っていった扉が大きく開いた。


「あ!」


 依子と雷三はそろって声を上げた。異形に伴われて人間の男性が歩いてきたのだ。彼も異形たちと同じような銀色の服を着ている。二人は口を開けたまま男性を見つめ続けた。男性は乗り物に歩み寄ると笑顔で口を開いた。


「Can I speak English?」


「う……、えいご……」


「もしかして、日本人?」


 英語から日本語に切り替えた男性の言葉に、依子はぱっと明るい笑顔を見せた。


「日本人です! 日本語です!」


 男性は明るい笑顔を返した。


「日本語だね。ようこそ、僕たちの保護区へ。もう安心だよ」


 異形は二人がかりで乗り物にかかった金の紐を取り去ると、ぽかんとしたままの依子と雷三を抱き上げて地面に下ろしてくれた。男性は異形たちに手を振ると、建物の中に入っていく。男性は少し歩いて振り返ると呆然としたままの依子たちを手招いた。


 招かれるままに足を踏み入れた塔の中は、石造りばかり見てきた二人にとって目がチカチカするような色合いであふれていた。建物の基礎になっているのは銀色の金属で、鏡のように光って、通り過ぎる異形を映しこむ。通路には赤いカーペットが敷かれ天井は全面が明るい照明になっている。天井を見上げた依子は眩しさに目がくらんだ。あちらこちらに濃い緑やオレンジで何かの標識が描かれていて、それを見ている異形たちの服は紫だったり黄色だったり朱色だったり、とにかく派手な色彩だった。

 男性はきょろきょろしている依子と雷三のためにガイドを始めた。


「明るいだろう? ここは第三ドームの首都だからね。仲間たちも人間を見慣れているし、逃げ回る必要もない。それに……」


「ちょっと、待って。仲間たちって?」


 男性は異形たちを指差した。


「彼らの事だよ」


「異形が仲間だって!?」


 今まで黙っていた雷三が、突然叫んだ。男性も異形たちも、依子も驚いて雷三を見る。


「異形は俺たちを仲間だなんて思わない! 異形は人を捕まえる、人を閉じ込める、人を殺す!」


 男性は憐れみの目で雷三を見つめた。


「かわいそうに。今まで酷い目にあってきたんだね。でも大丈夫、ここは安全だ。君たち……、ああ、失礼。名乗りもしていなかったね。僕は正樹。君たちの名前を聞かせてもらえる?」


 雷三はふいっと横を向き遠くをにらんだまま口を開かない。依子がおずおずと名乗った。


「私は立花依子。この子は雷三です」


「雷三? 君も日本人なの?」


「いえ、違います。私がそう呼んでいるだけで」


 男性は柔らかい微笑を二人に向ける。


「ずいぶん深い事情がありそうだね。とにかくついてきて。悪い事にはならないから」


 正樹が歩いていく。依子はその場に留まろうとする雷三を無理に引っ張って正樹のあとについていった。

 いくつかの通路を横切り、いくつかの扉を抜け、何人もの異形に挨拶しながら正樹はその扉の前にたどりついた。


「ようこそ、保護区へ」


 言いながら開け放たれた扉の奥には、たくさんの人間がいた。肌の色も目の色も年齢も様々に、いろんな言語が飛び交っていた。


「おかえり、正樹!」


 三、四歳くらいに見える女の子が正樹に駆け寄り、腕にぶら下がった。


「ただいま、ミドリ。お友達を連れてきたよ」


 ミドリと言われた女の子は依子と雷三に目を向けた。雷三はあいかわらずむっつりとしたままで、依子はあわててミドリに笑顔を作ってみせた。ミドリもにっこりと笑う。


「キーキー!」


 ミドリが口を横に引き、異形のような声を上げた。依子は思わず耳をふさぐ。雷三が依子を背にかばった。


「ああ、ミドリだめだよ。急に仲間の言葉を話したら。初めての人はびっくりするからね」


 正樹がたしなめてもミドリは「キーキー」「ギシギシ」と喚きつづけた。


「もしかして、この子、異形の言葉が話せるんですか!?」


 正樹はミドリを抱き上げる。


「この星で産まれた子供達は皆しゃべれるよ」


「この星? ここはいったいどこなの!?」


「はっきりとした場所はわからない。広い宇宙のどこかにある惑星のうちの一つだ」


 依子は茫然と、ただ正樹の言葉を聞いていた。

 正樹の言う『仲間たち』はもともと違う星に住んでいた。そこから開拓地として今の星への移住が始まった。開拓は順調に進み豊富な鉱石を産出するこの星に、多くの住民が集まった。


「たくさんの人がいれば、なかには良くないことを考える人も出てくる。他の星から生き物をさらって来てペットとして売りつける輩がいるんだ。僕たちはそうやって集められた」


 話に飽きたミドリがむずがり、正樹はミドリを床に下ろした。ミドリは他の子どもの元へ走って行き、遊びに加わった。


「もう何十年も前から続いていたことらしい。この星で産まれてこの星で育った最初の人物は最近、七十八歳で亡くなったよ。ミドリたちはこの星で産まれた第四世代だ」


「そんなに昔から……。あの、正樹さんは、どっちなんですか?」


「どこで産まれたかって事? 僕は日本産まれだよ。十五歳までは日本人だった」


「日本人だった……って?」


「今は僕たちはただの『人間』さ。ここには国境もない、差別も、争いもない。僕たちは自由なんだ」


 正樹は腕を大きく広げ、室内を見渡した。部屋は本当に広かった。依子が立っているのは部屋の中心付近で、左右にも前方にも遮るものなく、ただのっぺりとした天井が広がっている。部屋の端から端までは五百メートルほどはありそうで、部屋の向こう側にいる人は顔も見えない。その部屋のあちらこちらに色とりどりのテントが張られている。人々は笑い、語りあい、和やかに暮らしているようだった。


「そろそろ食事の時間だ。君たち、お腹が空いているんじゃない?」


 聞かれて依子は空腹を思い出した。もう何日も水しか口にしていない。今にも腹がなりそうだった。

 部屋の中の人たちが扉の前に集まってくる。何が始まるのかと依子はきょろきょろと見回した。扉が開いて三人の異形が入ってきた。それぞれ手に大きなお盆を持っている。そのお盆が床に置かれると、何人かの人が立ち上がりお盆の上に乗った器を取り他の人に手渡していく。そのリレーは静かに行われ、器は列の最後の人まで届けられた。そのお盆をそれぞれ五人ほどの人がとり囲み、乗せられているクッキーを手に取り食べだした。全員に器が配られ終わるまで五分とかからなかった。


「さあ、僕たちも食事にしよう」


 正樹が受け取った器を依子と雷三の前に置く。雷三は歯ぎしりしながら言葉を絞り出した。


「こんなの食事じゃない。エサだ」


 突然立ち上がった雷蔵の腕を依子が引っ張って座らせようとした。けれど雷三は立ったままお盆の中身を睨みつけた。


「どうしたの、雷三? 人間が食べるものはエサとは言わないわ」


 雷三は依子を真剣なまなざしで見据える。


「ここは籠の中だ。広いだけでここも籠なんだ」


「そんな、雷三、だってここなら人間は自由に歩けるし……」


「俺はいやだ」


 雷三はふいっと依子から顔を背けると扉から出ていく。


「まって、雷三!」


 追いかけようとした依子の腕を、正樹がつかんだ。


「離して、雷三を追いかけないと……」


 正樹はにっこりと笑って言う。


「大丈夫。彼はすぐここに戻ってくるよ。人間はみんなここに集まるんだ」


 依子はなぜか正樹の手を異形の皮膚より冷たく感じていた。

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