第7話 便利屋⑵

「ここか……」


 依頼主である両親と別れた後、つい先日手に入れたばかりの情報を頼りに、あいつの部屋の前に来る。会うのはかなり久々だ。


 ピンポーン。扉の隣にあるベルを鳴らす。


 「はーい」顔が見えないタイプだから、俺だとは気付かず、素っ頓狂な声を出してくる。

 「宅急便でーす」俺だとは気付かれぬようは声を変えて、嘘をつく。

 「はーい」同じトーンの声が返ってくる。


 まんまと引っかかりやがった。




 「すいません、遅くなっ——」言葉を言い切らず、俺の顔を見るやいなや、目を見開いたまま固まった。


 前髪が目を覆うように長々と伸びているが、それ以外の部分はくせっ毛独特の寝癖をしており、ボサボサ。しばらく会ってなかったが、多少髪の量が増えたくらいで他は何もかも以前と全く変わっていない。変わっていないといえば服装も、上下は少し大きめのグレーのスウェットだ。


「よぉー久々だな、


 そう声をかけると、慌てて扉を閉めようとするマニア。俺は扉を掴み、こじ開けた。とは言っても、そこまで踏ん張ってはいない。多少力を込めたら、楽々と簡単に開いた。


「筋力ねぇな。たまには運動しろ」


「じゃなくてドラさんの力が強——」


 「邪魔すんぞ〜」俺はマニアの腕をくぐり抜けるようにして、中に入る。


「ちょっ、まだどうぞって言ってないですけどぉ!?」


 トイレと風呂場のある短い廊下の先に扉が見える。すりガラスが縦横に伸びた木で枠を定められた横スライドの扉。手をかけて開ける。ガラガラと音を立てる。「躊躇ないっすねっ!」というマニアの叫びを聞きながら、扉を全開に。


 相変わらず真昼間だってのにカーテンを閉め切って電気を煌々と付けているが、どうやらここは居間らしい。すぐ左手にはキッチンと冷蔵庫がある。裏を返せばそれ以外何もない。だからなのか、とても広いように感じる。

 奥に進んでいくと、棚に隠れて見えなかったが、右手に部屋を隔てる仕切りが見えた。


 ここか?


 その仕切りが襖であったため、今度は殆ど音を立てずに開いた。当たった。例のモノがでんとある。ここも同じくカーテン閉め切り、電気煌々。

 大きめのテーブルの上に、パソコン3台が。全て、大きめの黒い回転式コンピューターチェアに向けられ、置かれている。その上には、いつ使う機会があるのかよく分からないモニターが3台備え付けられている。

 パソコンのそばにあるキャスター付きサイドテーブルの上には、半分ほど残った開けっぱなしの100%トマトジュースにそれを注ぐステンレス製のマグカップ、パーティー開けされたポテチ、1つ1つ小袋に入ったチョコレートにこれまた1つ1つ真空包装されたカルパス、そしてマニアの大好物であり主食のグミが置いてあった。昔と変わらず、大容量と書かれている。


 主食がグミで主菜副菜類がその他のお菓子——「こんなもんばっか食ってたらいつかぶっ倒れるぞ」なんてセリフが頭をよぎったが、そんなこと言えば、「ご安心を。自分のことは自分が1番知ってます」なんて言い返されるし、実際前に言ってそう言い返されて腹が立った経験をしている。わざわざ繰り返す必要はないため、そのままスルーしておく。


 サイドテーブルの下に備えられてる収納スペースの一番下の3段目には、いつ使うのかが不明な白黒のコード類がプラスチック製の網目ボックスに乱雑に入れられていたが、残りの1・2段目には未開封のお菓子が山となっていた。

 部屋の後ろ側には、2人掛けのソファとガラスのテーブルも。前から思ってたが、いつもパソコンの前にいて、そこで食事や睡眠をとってるマニアにはいつのタイミングで使っているかよく分からない。人付き合いを避けているマニアにとっては来客用とも思えない。つまり、用途不明。謎のままだ。


「相変わらず暗いな」


 パソコンの奥のカーテンは完全に閉め切られている。


「前にも言ったでしょ? 僕は」とまた言おうとするので、「『トマトジュースが好きで日光とニンニクが嫌いなドラキュラ体質なんです』、だろ?」と耳タコな個人情報をこっちから話す。


 「……はい」なんで言っちゃうんだよ的ニュアンスのある歯切れの悪い返事が返ってきた。


 それじゃあ早速本題に、の前に俺は1つ訊ねる。


「そういやぁーなんで言わなかった? たこと」


 マニアの肩がピクッと動く。目は泳いでいる。


 「あと、ケータイの番号変えたんだな? 知らなかったよ」俺は追及の手を緩めない。


 「……またこき使われると思ったんです」俯いてボソボソっと話すマニア。


「人聞きの悪いことを言うな。少しばかり『協力』を頼んだだけだ」


「強制力を持った頼みは『協力』とは言いません! 『命令』ですっ!」


 元気を取り戻すマニア。

 「そもそも、どこでこの住所——」と言いかけて、あっ!と何かに気づいたように間を見開き、「もしかして……」と恐る恐る訊いてくる。


「トクダだ」


 「やっぱり……」うなだれるマニア。


「なんで、あの情報屋は僕の住所まで知ってんだよぉ!」


「知ってるっていうか調べてもらったんだよ」


「わざわざ?」


「わざわざ」


 本当は、もっと早くに必要としていた。先月のラウンドと松中の一件だ。その時も協力してもらおうとしたんだが、訪れた時には既に引っ越していた。その上、住所が不明。さらには業者や不動産屋を使っておらず、痕跡が一切ない状態。結果的に松中との繋がりが見えてからはトントン拍子で解決したから、大丈夫ではあったんだがな。

 でも、いつまたマニアが必要になるか分からない。俺はそれからもトクダには引き続き調べてもらい、ようやく見つかったのがつい先日——というわけだ。ったく……どんな手を使って引っ越したんだか。

 まあ見つかったし、これ以上聞くのは少しかわいそうか。これぐらいにしておいて、本題に入ろう。


 「でだ。今日はお前に」と口を開くと、何か察したのか「イヤですっ!」と叫ぶマニア。


「せめて、聞いてから答えろよ」


「ここに来た時点で既に言ってるようなもんですよ! 『今日はお前にハッキングしてもらいたい』でしょ?」


「そうだ」


「あっはっきり言っちゃうんですね。じゃあこちらも——イヤですっ!」


 ハァー……


 マニアはハッカーだ。正確には、だったに近いのか。今は殆どやってないらしいからな。今まで1度も逮捕されたことがなく、そこそこ有名だったそうだが、名前は確か……忘れた。

 てか、今まで俺はこいつのことをマニアとしか呼んだことはないし、これから呼ぶこともない。だから不自由はないし、そもそも思い出せるような名前だからこうしたのだし、戻す必要などない。


「どうせなんかのデータを盗めとかそういうのでしょ? で、実は裏にヤクザがいたことが後々分かって……とかそういうことでしょ!?」


 前のアレか。まだ根に持ってんだな。


「今回は違う」


「……じゃあ何なんです?」


「俺を教師にしてくれ」


「……ハァ?」


 マニアは口を開き、目をキョトンとさせていた。

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