第31話 探偵⑺

 「それは、メガネの方? それとも年のいった方?」俺は2人掛けソファに座った田荘に訊ねる。

 脱走事件を解決してから3日経った午後、田荘と岸和田さんは事務所にやって来た。手には分厚い現金を持っていた。


「メガネの方です」


 てことは、この時期じゃメチャメチャ寒そうな格好をしていた方か。


 あの日の前後に一体何があったのか——臨時の隠れ家としてあのマンションに逃げ込んだマジマらはメガネ警官に見つかったのだ。


「灯りを見て『またか』と思った彼は、ここから出るよう促すため1人で中に入ったそうです」


 冬の時期は寒さをしのげるからと毎年誰かしらいるそう。だから、『またか』。で、メガネ警官が部屋に入ったところ、突然後頭部を殴られ気絶した。

 マジマは顔を見られたため殺害しようと提案するも、他のメンバーにより阻止されて、近くのゴミ置き場から持ってきた椅子にくくりつけておくことにした。


「くくりつけようとした拍子に、警察手帳が地面に落ちたそうです。それを見た5人は、もし無断欠勤でもすれば怪しまれる可能性がある。だからと言って返すわけにはいかない」


 結果、『休んで代わりに来た』ということにすれば、バレるリスクも少なくなり、警察の搜索状況も分かるのではないか、そう考えたのだ。そこで、白羽の矢が立ったのが、あの小柳と呼ばれていた男。


「その後、近くの交番に勤務しているもう1人もマンションに訪れたそうです。で、捕まってしまいました。それが先程先輩が言っていた——」


「年のいった方の警官だったというわけだな?」


「ええ」


 シザードールについては、俺の見立て通りだった。捕らえられていた理由は、「本物が捕まったらもう扮することができなくなってしまうから」だそう。


「そういや、オールバックの警官が着ていた制服は誰から奪ったんだ?」


 俺は膝に腕を置き、少し前傾姿勢で話を続けることに。


「あれは奪ったのではなく、近くの店で購入した衣装でした」


「購入?」


 それってつまり——「コスプレだったってことか?」


「はい。マジマは逃走犯でしたから表に出ることは危険なので、捕らえた者たちの見張りをしていたそうです。で、他の3人がシザードール役と警官役を交代でしてたみたいです」


 成る程な。


 「そもそもの話だが」俺はずっと気になっていたことを訊いてみることに。


「2500万の強奪事件について、マジマはどのタイミングで知っていたんだ?」


「知ったというか、もともと計画を立てたのがマジマです」


 田荘は話を続ける。


「マジマは盗み出す場所の候補を幾つか作っていました。マジマの逮捕後、残りのメンバーが詳しく調べ、その中で最も金のあると見込んだのが、ラウンドでした。それを知ったマジマは脱走を決意し、刑務所の中で淡々と計画を練りながら、外にいる仲間に命令を出して手伝わせてたそうです」


「てことは、マジマが脱走を指示してたってことか……」


「そういうことです」


 だがそうなると、さらなる疑問が。


「連絡手段は?」


 「手紙です」田荘の左隣に座っていた岸和田さんが会話を引き継ぐ。


「手紙、ですか?」


「はい。手紙に3桁から7桁程度の数字に変換できる双方にしか分からない文字を入れ込んでおき、それをマジマが事前に持ち込んでいた小説のページ・行・文字の順に照らし合わせ、文字に起こしていたみたいなんです」


 おいおい。「オッテンドルフ暗号かよ」


 「……なんですか、それ?」田荘が眉間に皺を作る。


「知らなきゃいいよ」


「はぁ」


「けど、手紙の検閲はされるはずだよな。受刑者が出すにしろ、受け取るにしろ。なのに、気づかなかった?」


 「その方法がまた特殊で」またも引き継ぐ岸和田さん。


「と言いますと?」


「その使う文字の部分には、外からでは修正液を、中からは二重線使っていました」


「毎回毎回、となると、不審には思わなかったんですか?」


「とはいえ、それだけで手紙の発受を禁止するのは流石に……」


 兼ねてから裁判では人権保障の観点から収容してる側が負ける傾向にある。その上、刑事収容施設法の制定や施行によって、受刑者の人権の保障が明文化され、叫ばれる現代。そうは簡単に規制できない、つうことかね。


「ま、とりあえずマジマの脱走は公にはならずに済んだし、これで事件はようやく無事解決したということですかね」

 

 そう言って背もたれに寄りかかると、「いや、まだ1つあります」と、今度は田荘は人差し指を立たせた。


 「なんだ?」俺は姿勢を戻す。


「どうやって居場所の連絡を?」


「……は?」


「来た時には先輩はもうマジマらと対峙してたでしょ?」


 ……あぁ、俺の話か。


「そりゃあもちろん、ケータイでだよ」


「それは、メールで送られてきてるんですから分かってます。俺が知りたいのは、そのタイミングについてです。話によると、結構長い時間あそこにいたそうじゃないですか?」


 「あぁ……それはだ、なぁっ」俺は両膝を叩き立ち上がる。そして、ソファ後方にある色んなものが置かれている掃除未開の地へ。通称、とは言っても俺しか読んでないけど、“山”。昔、「ゴミの“山”?」と言われたことがあるが、そういう意味ではない。俺にとっては全部、宝の“山”だ。ただ無造作ではあるから、汚くないといえば嘘になるけど……


 えぇっとー……確かここに置いておいたはず——あった。俺は尻を向けていた2人の元へ戻り、ソファに座る。あぁー、早く買い換えよう……痛てぇわやっぱ。そして、モノをテーブルに。2人は顔を近づける。


 「……なんですか、それ?」田荘は不思議そうにまじまじと見ている。


「送りたいメールを登録しておくと、ボタン1つで転送してくれるメール自動転送ボタン。製造者が言うには“送ルンです”。これをコートのポケットに忍ばせておいて、タイミング見計らって押したんだ」


 昔、『試作品だけど』って貰ったのを思い出して今回使用した。初めて。


「な、なかなかのネーミングセンスですね」


「……バカにしてるだろ? 後で言っとくからな」


「というか作ったの誰——」


 ハッとしながらも、口を開けたまま黙る田荘。


「ま、まさか……ドラゴンさんじゃ……」


 はぁ?


「あいつが、送ルンです、なんて付けると思うか? お前な、いくらなんでもあいつにビビり過ぎ」


「逆です。先輩がビビらな過ぎなんです」


「とにかくあいつじゃない」


「じゃ、じゃあ誰です? あっもしかして、タイガーさん——」


 「マッド」ったく……ビビりまくって埒あかねえよ。


「……誰?」


「知り合い。メカオタクのな」


「へぇー……」


「まあ、機会があれば詳しく話すよ」


「分かりました。あっ、拳銃についてですが——」


 帰り際に、ふと思い出した便利屋が田荘に渡したアレか。


「松中組の若頭補佐の指紋と一致しました」


 ん? 一致?? つまり、どこかで採取された機会があったということ。


「なんだ、前科持ちだったのか」


「いや。19の時に暴力沙汰で、手続き上の関係で採取した時のに引っかかったんです。その後、ヤクザの道へ入りメキメキと頭角を現して、若頭補佐になったという」


「ふーん……」


「それでちょっとお話ししたいことがあるんですよ」


 前かがみになる田荘。別にどこかで誰が聞いてるわけではないのだが、それにつられて、俺も、岸和田さんも前かがみに。


「先輩はラウンドという会社が松中組のフロント企業だったっていうニュースは……見てないですよね」


「テレビないからな」


「とにかく、そうだったんです。それで、これは未公表の情報なので秘密にしておいて欲しいんですが、その情報って実はマジマの逮捕とほぼ同時刻にあったある告発電話があったから発覚したことなんです」


「告発、って社員からのか?」


「名前を聞いたら、電話を切られてしまったので誰かまでは分からないんですが、おそらくそうでしょうね。それで、調べてみたら本当にそうで」


「警察はマークしてなかったのかよ?」


「組対も松中組がここ数年で急成長していたので、何か裏があるとは思っていたそうですが、まさかラウンドが関係していたとは全く……」


 神妙な面持ちで首を横に振る田荘。


「そんなに巧妙だったのか?」


「最近は色々と工夫が凝らされており、一見しただけじゃ分かりにくい傾向にはありますが、今回のそれは警察も検察もかなり細部にまで注意して照らし合わせないと見抜くのは難しいくらいに、上手く偽装されてたそうです」


「でも、その告発で明るみになった——」


「同時に、ラウンドの倉庫から大量の拳銃や麻薬が押収されました。調べが進んでいけば、取引相手などの情報が芋づる式に明らかになってくると思います」


「松中組はどうなるんだ?」


「あれだけの違法行為が明らかになったのでおそらく……解散でしょうね」


「まあそうだよな」


「それにしてもドラゴンはよくあんなの手に入りましたよね〜どっから手に入れてきたんだろ……」


 便利屋が松中組に乗り込んで、ボコボコにして病院送りにした挙句に奪ったとは流石にな……


「まああれだ。成り行き、ってやつだろ」

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