第22話 便利屋⑸
ったく……あれから溝口は黙り続けている。もう5分が経過。
「なぁー」俺は頭の後ろで手を交差させ、そこに頭を置く。
「いつまで黙り決め込む気だ?」
反応なし。
「このまま意固地になり続けんなら、実力行使も考えなきゃいけなくなる。組の若頭であろうお方がカタギに殴られ蹴られ救急車なんて、面子丸潰れじゃねぇか?」
俺は手を解き、両腕をテーブルに置き、体勢を前に。
「俺たちゃガキじゃねえんだ。話し合いでなんとかしようぜ。それとも、出るトコ出るか?」
溝口は大きなため息をつく。そして、気を張っていた表情から疲れた表情に崩れる。
「何が知りたい?」
まずは——「ラウンドは松中組のフロント企業なのか?」
「そうだ」
「だが、ラウンドの方がお前らの組が出来る遥か前に存在してた。それはどう説明する?」
「元々はウチとラウンドには接点など一切なかった。数年前に買い取ったんだ、経営不振に陥ってた時期にな」
溝口は続ける。
「ラウンドには金がなかった。だが、それでもなんとか存続していたのは20年っていう年月が作り上げたパイプだった。繋がりだったんだ。反対に、ウチにはヤクの売買で儲けた金があった。だが、新興勢力であるがゆえ、地盤はグラグラ。ひと度サツ(=警察)に見つかったら、すべておじゃん」
「利害関係が一致したってことか」
「ウチがチャカ(=拳銃)なりヤクなりをラウンドの契約として売り捌く。そして会社にはその売り上げの15%を渡す。危険な橋渡ってリターンはそれだけ。普通は飲まねえ要求も、よっぽど困窮してたみたいで、持ちかけたらすぐだった」
「儲けはどうした?」
「会社内に保管したよ、ウチが用意した金庫の中でな。何かとこじつけてサツがウチに来た時金が少しでも見つかれば、たとえヤクやチャカが検挙できなくても、それが何で得たものかっていう疑いが晴れることはないからな。こっちの想像通り、一度家宅捜索で調べられたが、そりゃあ酷く戸惑ってたよ」
勝ち誇るような笑みを浮かべて、続ける。
「さすがに、20年もやってる会社が買収されてフロント企業になってるとは思わなかったんだろうな。しかも、サツに捕まらないってことで少し有名になってな、おかげで続々と取引が舞い込んできた。バンバン遠慮なく捌けたよ」
「元々あった会社をフロント企業として利用したってことは、一般人も働いてたのか?」
「そりゃもちろん。社長から懇願されたし、こっちだってカタギが入ってくれてた方が隠れ蓑になる。知ってたのは社長と幹部連中だけだ」
「てことは、幹部の中には松中のモンはいなかったってことか?」
「あぁ。俺も含めて下っ端の方に入れられてたよ。ただ取引・契約内容の誤魔化しのために、課長部長クラスには入れていた。ま、面が割れてる俺なんかはそれよりも下だったがな」
そうすれば確かに警察にはバレにくい。奇をてらった作戦だ。
「それが——」
あぁ……まただ。俺は振り返り、「名前なんだっけ?」と扉の前にいる依頼主に訊ねる。
「小田切です」
そうだそうだ——俺は体勢を戻し、再開する。
「小田切さんがクビになった件とどう関わっている? そもそも関係はあるのか?」
「あるに決まってるだろ。じゃなきゃわざわざ、解散の危険冒してまで誘拐なんてしねーよ」
「なら早く話せ」
「確かに、ラウンドはいい隠れ蓑になった。だが、痕跡は消しきれなかった」
「というと?」
「利益が合わなかったんだ。会社の、書面上の利益と実際の利益がな。そんなの少し調べられたらすぐにバレる。そしたら何もかも終わる。そこで、『書面上に記載した金額を水増しし、それを横領したものがいた』という口実を作ることにした。わざわざこっちからは言わず、何かあった時に説明するための切り札としてな。当然、隠してたことへのお咎めは多少あるだろうが、全部が明るみに出るよりは何十倍もマシ。幸いなことに、今まで1度もバレずに済んではい——」
「俺をっ!」突然小田切さんが叫んだ。思わずそっちを見る。
「いつから俺を……クビにしようと?」
「面接の時からだ。就活に上手くいっていない、上に文句を言えず強く迫られたらあっさりと命令を聞くようなタイプの人間がちょうどよくてな、お前はそれにピッタリだったってわけだ。それで、採用した。クビにする要員でな。嘘の証拠を作るために必要な情報を手に入れるため、俺はお前に近づいた。雑談なんてその宝庫だ」
唇をきつく結び、黙って聞いている小田切さん。その表情は怒りと悔しさと哀しみを秘めているように思えた。顔写真の貼られたカルテを見た時、「俺……お世話になったし、尊敬してたし、何より信頼してました」と話してた。そんな人が自分の人生を狂わせた発端を作り出した人間だったんだからな。
俺は顔を正面に戻し、「で、なんで襲ったんだ?」と質問を再開する。
すると、「盗まれたんだよ……金を」片目を閉じ、頭を掻く。
「金って取引のか?」
「ああ」
「いつ?」
「一昨日の夜、11時から12時の間だ」
一昨日——
「しかも、盗まれたのは綺麗にウチの分だけ。ラウンドとして届けても、調べられ怪しまれるのは確実。最悪、そこから全てが終わる、なんてこともありえない話じゃない。それだけじゃない。ウチは大きな取引を間近に控えてた。組が一段とデカくなるようなバカでけえ取引だ。今までとは比べモンにならねえくらいのな」
前のめりになり、さらに続ける。
「たとえ取引と関係ないとしても、取引相手が金を盗まれたと知ったらどう思う?『もし、その金庫の中に取引について書かれてた書類が入っていてそこから足がかりされたら、自分たちは捕まるかもしれない。そんな不注意な相手とは取引したくない』って思うのが普通だ。ウチとしては、築き上げてきた信頼さえ崩しかねないことをするのだけはどうしても避けたかった。そしたら、あの居酒屋だ」
「居酒屋?」
すると、視線を俺から小田切さんに移動し、「あいつの依頼したのが」と顎で示してから俺の方を見て、「アンタだったって分かったんだ」と続ける。
「進捗状況を聞くための会話で、まさかの人物の名が挙がった。組長に連絡すると返答は『溝口、連れてきて吐かせろ』。だから、居酒屋から尾行して自宅で誘拐した」
ってことはつまり……
「俺に依頼したってことだけで、小田切さんを誘拐したってのか?」
「そうなるな」
知られてるってのも苦労するぜ、ったく……
「そもそも、素人が金庫を破るなんてこと、できると思ったのか?」
「いいや。そもそも金を入れてた金庫はそう簡単に開けられる代物じゃない」
「だったら尚更、なんでそういう結論になった?」
「焦ってたんだよ。取引が飛ぶかもしれないっていう大きな焦りが判断を狂わせた。自分で言うのもなんだが、俺は割と冷静に判断し、時には組長には隠していることだってある。激情型なんでな、何するか分からないこともしばしば。だから余計に、ろくに思慮せず話したことを心から悔いたよ。もう少し報告するのを待っていれば、組員が5人も病院送りになることはなかった。しかも、うち1人は若頭補佐。いい恥晒しだよ」
「若頭補佐って……もしかしてあのメガネかけたやつか?」
「多少加減してやってくれよ。アイツ鼻、折れてたぞ?」
「俺にバカとか言ったからだ」
「らしいな。禁句ワード言ったこっちの責任だから、これ以上は何も言わん」
俺は質問を続ける。聞いてて、引っかかったことがあった。
「『もう少し』『待っていれば』ってことは、何か分かったことあんのか?」
溝口は持っていたバッグを手元に寄せ、「監視カメラにこいつらが……」と1枚の写真を取り出し、こちらにスライドさせてきた。
手に取り見てみると、そこには3人の男が写っていた。辺りは暗いことから夜であることは間違いない。
「盗んだ真犯人だ」
溝口の発言に俺は意識せずスッと顔を上げていた。俺は再び写真に目を落とす。
「会社の電源を落とされて、ほとんどの監視カメラは使いモンにならなかった。だが、何台か最新で電池式のに交換してあってなその中で唯一写ってたのがこれだ。解析したら、3人とも小田切の特徴とは一致しなかった」
成る程な。ていうか……
「ありがてーのはありがてーんだけどよ、そんなに喋って大丈夫なのか?」
溝口はフッと笑みを浮かべた。諦めに近い笑みだ。
「さあな。でも相手はドラゴン。口を真一文字に閉じようが遅かれ早かれこじ開けられちまう」
よく分かってんじゃねぇか。
「じゃ、最後の確認だ」
まただ……
「名前は?」振り返り聞き、「小田切です」と教えられ、また視線を戻す。
「名前が覚えられないってのは本当だったんだな」
「まあな。で、改めて確認する。小田切さんは何も悪いことをしてなかった——そうだな?」
「ああ、その通りだ」
当の本人は煮えきらねぇだろうけどこれで、無実の罪を晴らす、という依頼は解決。
俺は立ち上がり、指をポキポキ鳴らしながら、溝口の横へ。
「分かってるよな?」
立ち上がり、「覚悟はできてる」と溝口は一言。目を見りゃ分かる。腹くくった男の目をしてる。
じゃあ……あっ、そうだ。テーブルの写真を手に取る。
「この写真貰ってくぞ」
なんか気になる。
「構わん。なぜか取引は飛んじまったから、意味はねえ。それに組長が金を探すのを諦めた。だからウチはもう探さない」
「幾ら取られたんだ?」
「2500万」
ほぉー……そんだけの大金だったら、そりゃあ必死に探すわな。
「あとは、探すなり無視するなり好きにすればいい。ウチはあんたらに干渉しない。だから、これで恨みっこなしにしようや」
「らしいが、それでいいか?」俺は振り返り、訊ねた。
「はい。俺ももう関わりたくないので」
溝口を見る。
「だそうだ。よかったな」
俺は腹に素早く1発打ち込み、眠らせた。
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