第32話「出来んもんは、出来んぜ」
土佐に秋が近づいてはいたが、昼間は、まだまだかなりの暑さである。
夕方前には、必ずと言ってよいほど、鏡川の天神橋の下で二人で泳ぐ。
最初は、ぐずっていた龍馬も、泳ぎに慣れるに従い
自ら進んで出かけるようになっていた。
橋の下の南岸に、石垣で築いた突堤がある。
その下は深みになっており、雨で増水するとかなりの急流となる。
普段は、流れも穏やかで、子供達の絶好の遊び場となっており
特に突堤の先端からの飛込みが、皆の興味の集まるところであった。
年長者になると、平気で飛び込めるが、幼子では難しい。
突堤の先端から水面をのぞくと、かなりの高さがある。
しかも深みになっている為、水の色も異なる。
深みは、何やら不気味な藍色をしており、見方によれば、河童でも
潜んでいるような気がして来る。
飛び込むと、どこまでも沈んで行きそうな恐怖を感じる。
飛び込みさえすれば、その流れの先には、中州のような砂地が
あり、もし流されても、そこにたどり着けるので、下流の
浦戸湾方角の流れに身体を持っていかれることは、まずない。
それが、子供心に、わかっていても、なかなか飛び込めぬ。
龍馬も飛び込めなかった。
流れに沿って突堤の横をすり抜けて泳げるが
いざ、上に立って流れを見ると、足がすくんだ。
乙女がいくら声援を送っても、いられて、怒鳴りつけても
堤の上で固まる龍馬がいた。
「りょうま! なんちゃあ、こわいこと ないぜ。
思い切ってやってみいや。早うせんと、夏が終わるぜ」
「・・・・・・・」
今日こそは、今日こそはと、何度も挑戦したが、結局、一度も飛び込めずじまいで
土佐の夏は静かに終わりを告げた。
鏡川の水面に、にわかに秋が通過した。
いくら泳ぎたくとも泳げない冬が、その後にやって来た。
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