第12話  診立て

 天保六年の秋は、全国至るところで小規模な一揆が起きた。

特に東日本一帯の米の不作が響き

幕府の打つ手は、全て、後手後手となった。


にも関わらず土佐鏡川は、今日も悠々と土佐湾に

清水を送り続けている。


 久しぶりに、良庵先生が往診に来て下さり

母子ともに順調な旨を告げてくれた。

「秋口には危ないと思うちょったけんど

よう辛抱して乗り切ったのう。もう安心じゃあ」


11月の初めには赤ん坊の顔が見られると言うことで

幸も長兵衛もホッと胸をなでおろした。


半里もない距離であったが、良庵は籠を仕立てて帰って行った。


「先生もお年を召されたのう」


「けんど先生の診立ては、しっかりしちゅう。

 何も言わんでも、あたしの身体の具合いの悪いとこを

 ちゃんと知っちゅう。流石じゃねえ」


「そりゃあ、何と言うたち、亀の甲より年の功じゃぜ」


 長兵衛は、毎朝、潮江天満宮に通い

無事安産を祈願し続けている。

それは、家族、使用人、近所の者、誰一人として

知らぬ者なしの生真面目さであった。


 いくら本人が若い、大丈夫と言っても

幸も40歳が近い年齢である。

何も起きずに母子ともども無事安泰。

長兵衛の祈りは、ただそれだけであった。

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