第6話 時化(しけ)

 土佐沖を通過する時化(しけ)の影響で、鏡川沿いの桜は、殆ど散らされてしまった。

いわゆる春の嵐で、増水した河川の水は、茶色の泥流と化し

大きな樹の株などを下流へ押し流していた。


 長兵衛は、職務外ではあったが、河川の堤を見て廻り

危険箇所は、速やかに藩の土木部署に取り次いだ。


 普段おとなしく、温厚な鏡川も、この日ばかりは

昼過ぎまで荒れ続けた。


 やがて時化も、紀州沖に進み

鏡川の西の空に夕陽が見えるまでに回復した。


 堤を散策しながら長兵衛は、幸の事を心配していた。

なによりも随分と弱った・・・。

かなりの負担を辛抱しているのが見てとれる。


今までの四人の子供の時とは随分違う。


やはり高齢での妊娠には、無理が伴う。

今この年齢で、子供を望むのは間違いであったな・・・。


周りの景色が、なにやら虚ろな色に見えてきて

長兵衛は、自身の心の迷いを自覚した。


周りは夕暮れが濃くなり誰もいない。

堤防の大きな樹がある為に、北側からも南側からも

長兵衛の姿は見られない。


直立したままで、鯉口を切った。

鞘を左にずらしつつ、臍下に持ってくる。

速やかに抜かれた愛刀は、一瞬にして

仮想敵の眉間を払っていた。


上段から振り下ろされた刀の物打ちは

見事に敵の頭を真っ二つにした。


血振りをしながら、足を組み替え

左肩を引きつつ、鞘に静かに納める。

あっという間の居合いである。


心の迷いは、悪循環しがちである。

時にその迷いを自分で裁く必要がある。

ここは、その稽古場でもあった。

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