第154話 ダリア対プロコピウス(本物)

 俺はティンとエルラインと一緒にミネルバに乗り、ロープをつり下げるとミネルバが浮上する。ロープの先には猫耳族がつり下がりギリシャ火を抱え込んでいる。

 馬車の前面には二本の梁が通してあって、ここにギリシャ火を流すことで燃え上がらせることができたのだけど、ベリサリウスはそれを使わなかった。猫耳族によるギリシャ火噴霧作戦も数ある作戦のうちの一つで、ベリサリウスは戦況を見てこれを採用したようだ。

 

 ベリサリウスの行けという合図と共に、俺達飛龍隊は敵兵の上からギリシャ火を噴霧し、燃え上がらせる。敵兵が浮足立ったことを確認すると、彼らの後方に残り全てのギリシャ火を燃え上がらせ炎の壁による後方遮断を実施する。

 

 既にモンジュー率いる騎馬隊が出立したのを確認していた俺達は、彼らが聖王国軍後方へ突撃するとその支援を行う。飛龍とミネルバが火を吐き、抜けて来る兵を燃え上がらせる。

 元々鈍重な構成をしていた聖王国軍は包囲されたからといって、そうそう迅速な動きはできない。ベリサリウスらも突撃を開始したようで、後は崩れて行くだけだろう。

 

 俺が上空から聖王国軍の動きを確認する限り、整然とした動きを保てているグループは二か所ある。一つはダリア率いる直属の二百名ほど。もう一つはナルセス率いる聖教騎士団三百名だな。

 ナルセスについては事前情報でただの観戦武官に過ぎないと聞いているから、俺達に立ちふさがってくることはまずないだろう。むしろこのまま炎の壁を通過し脱出してもらったほうが楽になる。

 

 ナルセスがピンチになった聖王国軍の指揮を執り、兵を鼓舞されたら非常に厄介だ。数ではまだまだ聖王国軍の方が多いから彼らが炎の混乱から立ち直った時、俺達は劣勢に立たされるだろう。

 そうなる前に決着をつけてしまいたいのだが、ナルセスが指揮を執ったとしたらその瞬間、兵は死兵へと変質しこちらに襲い掛かって来る。

 

 こうなれば、炎だろうが上空攻撃だろうが揺さぶりは一切効果が無くなる。

 

 ナルセスが出て来るかもしれないと懸念はしたが、まずナルセスが指揮を執ることはないだろう。何故ならカエサルがナルセスが指揮を執らないように政略を実施したからだ。

 彼の政略に綻びはない。カエサルが出来ると言えば出来るのだ。その点は安心していい。これまでもそうだったからな……

 

 もしナルセス達が炎を抜けてきたらそのまま通すし、ナルセス達にこちらから襲い掛かることもしないと事前にベリサリウス達と意思統一は出来ている。

 

 聖王国軍が混乱し、立ち直るまでに敵将ダリアを討ち取ることができれば最高なんだが。

 

<トミー。右斜め前方を見てくれ>


 心の中でプロコピウス(本物)が俺を促してくる。彼にはこの戦いで気づくところがあればすぐにアドバイスを欲しいと言っておいたんだ。

 プロコピウス(本物)が示す方向を見ると、ベリサリウスらの攻勢が緩い部分があることに気が付いた。その先は炎の壁もない敵左翼か。ぽっかりと一部分だけ脱出経路が開いている。

 

 これは、ここへ誘導しているのか?

 

<プロコピウスさん。これはあそこへ敵を誘導している?>


<そうとも。トミー。私達へ戦功を譲ってくださると言っているのだよ。ベリサリウス様は>


 ええと。プロコピウス(本物)はあの隙間へダリアが来ると踏んでいるのか。敵司令官が先頭となり活路を開くと。彼らからしてみれば、あのぽっかりあいた隙間から精鋭を持って脱出し、後ろに兵を続かせるのが良いように思える。

 ベリサリウスはそうなるように持っていったのか。

 

 で、俺に出て来るダリアを倒せと。

 ……気が重い。褒美なの? これ?

 

<ベリサリウス様の好意なんですか? これって?>


<もちろんだ。君のこれまでの奮闘にベリサリウス様は最高の舞台を用意してくださったのだよ>


 うわあ。プロコピウス(本物)の興奮した声を聞くと、もう……ね。危険に飛び込むのが褒美って発想が俺にはついていけねえ。

 

<プロコピウスさん。交代してもらえますか?>


<……なんだと! 君こそ。君の活躍があったからこそ、ローマはここまで来たのだぞ。それを……それを私に譲るというのか……君はなんという……心の広い>


 な、何やら感動されてるんですが、一番おいしいところだから君がやれと言われても非常に困る。ここは何としても押し切らねばならない。

 

<プロコピウスさんにこそやってもらいたんです。これまでのお礼です。この体もピンチの時戦ってくれたことも全てのお礼を込めて>


<……トミー。私はこれほどまでに感動したことは数度しかないぞ! ありがたく、君の意思を尊重しよう>


 よかった……盛大な勘違いがあるが、お互いの感覚は絶対に理解しえないからこれでいい。

 

 俺が改めてダリアの様子を確認した時、体の主導権が俺からプロコピウス(本物)へと変わる。

 後は任せたよ。プロコピウス(本物)。

 

 俺はミネルバへ降りる場所を伝えると、遠距離会話のオパールでモンジューら辺境伯騎兵隊へ指示を出す。

 例の抜け道へ。ベリサリウスが作ってくれた敵将への道へ。

 

 ミネルバから降り立ち彼女が口からブレスを二度吐き出すと、モンジューらが突撃する。彼女が吐き出したブレスの炎がはれると……長身の女戦士が姿を現す。

 本当に来やがった。あれはダリアだ。

 

 俺はゆっくりとダリアへと歩を進める。彼女も俺をじっと見据えながら腰の剣に手をやる。

 

「はじめてお目にかかる。ダリア殿とお見受けするが、いかがか?」


 俺は悠然と目前の女戦士ダリアを一瞥いちべつする。

 

「いかにも。私がダリアだ。そうと知って挑むのか?」


「なるほど。腕に自信があるようだ。貴殿のお相手……勝利の指揮者プロコピウスがつとめよう」


 俺は腰の剣を抜き放ち、ダリアへと向ける。それに対してダリアも剣を抜き下段に構える。

 

「望むところだ。私を相手に臆せぬその態度。なかなかの実力者と見える!」


 ダリアは嬉々とした表情で俺へと踏み込み剣を振るう。

 俺は彼女と剣を合わせず、僅かに上体を左に振るだけで攻撃を凌ぐと肩を竦める。

 

 俺の態度に激高した彼女は数度鋭い剣を放つが、その全ては風を切る。いつものことだが凄まじい読みだよ……プロコピウス(本物)は。これまで一歩も動いていないし……

 

「時にダリア殿。魔法は使わないので?」


 余計なことを……今のうちに斬り伏せればいいのに!

 舐められてると感じたダリアは俺から飛びのくとワナワナと震え呪文を唱える。

 

「後悔するなよ……筋力強化アルティメット!」


 ダリアの体が淡い赤の光に包まれる。


「ほう」


 俺は感嘆した声をあげるが余裕ある態度を崩さない。

 

「これで終わりではない。敏捷強化アジリット! 感覚強化センス!」


 青い光と緑の光が合わさり、互いに打ち消し合って彼女が纏った光は消え失せた。どうなったか全く分からないけど何かすごそうな気がするぞ……

 大丈夫かな。プロコピウス(本物)。

 

「分かっていない。君たちは分かっていないのだ」


 俺は呆れた声で呟く。

 

「その舐めた態度が取れるのも私の剣を見てからだ!」


 ダリアが一歩踏み出し、剣を横凪ぎに振るう! は、速い。見えないぞ。先ほどまでのスピードと比べると数倍以上。この速度は人間に出せる速度ではない。

 あのリベールより速いぞ!

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