第97話 またマッスルブ?
ジャムカの願いとは何だろう。内容次第だけど聞けることなら検討するかな。
「望みとは何でしょうか?」
「なあに大したことじゃあねえ。俺はこの平原の王となる予定なんだ」
「この人数でですか?」
「んなわけあるかよお。平原は今揺らいでるんだぜ。聖王国やら何とかというとこに敗れてからなあ」
その話はフランケルでちらりと小耳に挟んだぞ。確かナルセスが草原へ出兵して、騎馬民族を打ち破ったとか。
「それで王になり聖王国を打ち破ると?」
「この平原はなあ。馬と生きる者たちのもんだぁ。勝手な事はさせねえ。追い返してやる」
「聖王国に占領されてるのですか?」
「平原の四割近くを持ってかれちまった。俺は騎馬民族の力を結集する」
「騎馬民族はバラバラなんですか?」
「氏族に分かれてるんだぁ。ジャダランやモンゴルのようになあ」
「なるほど。ジャムカ殿は一つの氏族を率いて騎馬民族を一つにまとめあげ、聖王国に取られた土地を取り戻すと」
「その通りだぜ。俺はもう王になる気は無かった。取り戻したら、あの女に譲るさ」
あの女ってのが誰なのか全く分からないけど、氏族の族長付近の人間なんだろう。
草原の王。蒼き狼の血を持つと言われる英雄ジャムカならば、聖王国を追い返す事も夢物語じゃないと思う。
「だいたい話は分かりました。私たちから武器の供給などの支援が欲しいのですか?」
「全く。話は最後まで聞くもんだぜぇ、ピウスさんよぉ。俺は王になる気はないって言ったよな」
「はい。そう聞きました」
「俺は聖王国を打ち払う。ここまでは良い。問題はその後だぁ。俺は草原を去りたいんだよ」
「事を成した後、ジャムカ殿を私たちに受け入れて欲しいと」
「そうだぁ。それが俺の望みだ」
「しかし、何故、私たちの所なんでしょう。事が成れば草原で平穏な暮らしを送れるじゃないですか」
「確かにそうだが……」
ん、ジャムカの目線が俺から逸れた。誰を見ている?
俺は彼の目線を追ってみると、その先にいたのは……
――マッスルブだった!
ま、まさか。ジャムカはベリサリウスと同じ趣味なのか?
い、いやそうと決まったわけじゃない。オークが珍しいんだよ。きっと。
だって見た目が人間から遠く離れているんだもの。全く、何考えてるんだ俺は。
「どうされました? ジャムカ殿」
「疑われるのも嫌だからなあ、正直に言うぜぇ。俺がそちらで余生を過ごしたい理由は、あの美女の種族と暮らしたいからだ」
美女? えーと、ここにいるのは、龍の姿のミネルバと、魔王エルライン。そして俺。
はて、何処に美女が?
「び、美女ですか……」
「そうだぁ。ピンク色の肌ってのは変わってるが、大層な美人だぁ。俺の故郷にもそうはいねえぞ。あれはああいう見た目の種族なんだろう?」
ピンク色! オ、オークのマッスルブの事かあ! ベリサリウスと同じ趣味だとおお!
英雄はオーク好きとかじゃないよな?
頭が痛くなってきた……カエサルまでオーク好きだったら、俺はどうすりゃいいんだよ!
オークは雄しかいねえんだよお!
「な、なるほど。オークと共に暮らしたいと……」
俺は何とか声を絞り出すとジャムカは感心した様に、「なるほど。オークつて言うのかぁ」とか言ってるう!
「約束は守る。湖より先には行かねえ。俺からはオーク族と暮らしたい。とうだ?」
「か、構いませんけど……良いんですか? 草原を捨てて」
「聖王国から草原を取り戻す。それは成す。俺達は風と大地の間で生きてるんだぁ。草原はそういった奴らが治めるべきなんだ。だから、取り戻す」
騎馬民族としての矜持が彼を突き動かしているのか。
草原は渡さない。聖王国から騎馬民族の土地を取り戻す。騎馬民族が治めるなら何も文句は無いってことか。
「了解しました。今後の連絡はどうしますか?」
「そうだなぁ。月に一度、湖に使いの者を派遣するぜ。それでどうだ?」
「分かりました! 簡易的な宿舎を作っておきます」
「助かるぜえ。ああそうだぁ。ピウスさんよお。俺が作る国の名を聞いてくれねえか?」
「ぜひ、教えて下さい」
「その名はモンゴル。どうだカッコいいだろう」
「モンゴルで良いんですか? ジャダランでは無く……」
つい言葉が出てしまった。ジャムカは何故モンゴルにするんだ。彼はモンゴルに敗れ処刑されたんだが。
「テムジンこそが草原の王。ここに奴はいねえが、俺が名を決めるってんならモンゴル以外ねえよ」
「テムジン殿に恨みは無いのですか?」
「一切ねえな。俺も奴も良くやった。蒼き狼は白き牝鹿に敗れたのさ。狼じゃあ国は治めれねえ。だから俺は敗れたんだ」
「なるほど。テムジン殿は友であり、敵では無いと」
「俺はそう思ってる。ピウスさん、あんたと喋ってると昔を思い出して楽しかったぜ」
「私も良い結果になり嬉しいです。ありがとうございます。ジャムカ殿」
「よおし、いっちょ美女達を毎日眺める事を夢見て頑張るぜ! じゃあなピウスさん!」
ジャムカは人を惹きつける笑みを浮かべると、手を振り馬へ戻って行った……言えない。オークは雄のみだとは。
俺の想像するファンタジー物ってさ、英雄がエルフの美女と結婚したり、ダークエルフとか可愛い悪魔娘とかと魔王がキャッキャしてるイメージなんだけど、何なんだこいつらはー!
オークと英雄のキャッキャウフフなんて見たくもねえし、想像もしたくない!
俺の夢を返してくれ!
関係ないが、ベリサリウスはエリスら美女達とハーレムでも作ってくれないかな。俺が想像して楽しい展開にしてくれよ!
……俺は今おぞましい想像をしてしまった。魔術なら可能なんだろうか? 今すぐエルラインに聞いてみたいところだけど、まずはミネルバに乗り込もうか。
「エル。マッスルブ。帰ろうか。俺は何かものすごく疲れたよ」
俺の言葉に二人は頷き、ミネルバに乗り込んだ。
上空の景色を眺めながら、俺はエルラインに聞くべきか、やめるべきか悩んでいた。聞きたくない気持ちの方が大きいんだけど……
「どうしたんだい? またうんうん唸って」
「い、いや、いいんだ。魔術の事を考えていただけなんだ」
「ふうん。魔術の事と言うのに僕に言わないんだ」
この空気は少しご立腹な感じがするぞ。逆に何でも教えてくれそうだ。
ええい、聞いてしまうか!
「エル。魔術で性転換て出来るのかな?」
「ん? 本命はベリサリウスだったの?」
「違う! 俺の事じゃないよ! 俺は性転換なんて考えた事もない!」
「んー。君も趣味が良くないね。僕は君たち生命体と作りが違うから」
エルラインの事でもないよ! 勘違いが酷くなる前に言わねば。
「それも違う! オークの事だよ」
「ブー達がどうしたブー?」
自分たちの事と思ったマッスルブが割り込んでくる。
「ピウス。最初に言っておくと、魔術で性別を変えることは難しいけど可能たよ」
「おお!」
「でもね。オークやハーピーの様に、性別が一方しか無い種族では不可能だよ。そういう種族なんだから」
「そ、そうか。ありがとう。エル」
言われてみると当たり前の事なんだよな。オークは雄のみの種族だ。もしオークの雌となると、それは別の種族になる。こうなると、新しい種族を生み出すことになってしまう。
存在しない雌を生み出す事は出来ない。エルラインの言う事は最もたった。
「さっきの事を気にしてたのかい? ジャムカだっけ」
「そうだよ。雄ばっかりだとガッカリしないかなあと」
「それはジャムカ次第じゃないの? 同性が良いって人間もいるしさ」
「そ、そうだな」
「君もそういった趣味があるんじゃないの?」
「何でそうなるー!」
「ティンとかカチュアとかに何もしないじゃない」
それはシチュエーションの問題だよ! エルラインの監視も大きな一因だとは、言いづらい。
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