第87話 あーなんかトリップしたよー

「まずは小手調べといこうか!」


 緑の髪の美女は腕を振るうと、人一人分ほどある火炎が迸り俺に向かってくる!

 うおおおい! 避けて。俺避けてえええ!

 

 残念ながら俺は身動き一つせず不適な笑みを浮かべ、剣を腰だめに構える……

 

「曲芸か……曲芸には曲芸で答えよう」


 何やらカッコいいセリフを決めた俺が、目前に迫った炎へ剣を振るう!

 剣が炎に触れると、なんと炎が真っ二つに裂け、左右に別れた炎の塊が俺を通り過ぎた。

 

 ちょ! 無茶しなくていいから。少し腕にかすったって。少し焦げてる……

 俺の思いを全く汲み取ってくれないプロコピウス(本物)は、美女と睨み合いお互いいい笑顔で対峙する。

 全く何が楽しいんだか……


――二人がお互いに向かって駆ける!


 剣とかぎ爪で互いに襲い掛かるが、甲高い音がしてお互いの武器を打ち合う。剣を取って返す俺に反対側のかぎ爪で受ける美女。

 その隙をついて、美女は開いた方の爪を振るうが俺は上体を背後に反らし爪を避ける。

 

――二合、三合、四合と剣と爪を打ち合わせる二人。


 俺は五合目を打ち合わせた後、後ろへ飛びのくと美女と距離を取る。


「なかなかの腕だが……」


 プロコピウス(本物)はこう言っているが、彼女の膂力は俺をはるかにしのぐと予想される。軽く片手で振るった爪の衝撃は人間の膂力と比べ大人と子供ほどの差があるように思えた。

 スピードも俺の目では捉えることは難しい。この膂力とスピードは俺の記憶にある人物に近い。そうあいつだ。龍殺しドラゴンバスターのぺったん戦士リベール。

 リベールは龍を倒せる程の実力者だと言っていたが、目の前の美女は彼女の「ベルセルク」状態とそう変わらない実力を持つように俺には思えた。

 そんな相手に俺は――

 

――剣を腰に戻す。


 何考えてるんだ! こいつはあああ! 俺の心の叫びも虚しくプロコピウス(本物)は口を開く。

 

「だいたい分かった。当てれるものなら当ててみろ」


 武器をしまった俺は美女を挑発すると、美女は驚きに目を見開いた後、激高の勢いで俺へと駆けて来る! 頼むから安全に行ってくれえ!

 

<流水の動きの真髄を君に見せよう>


 心の中にプロコピウス(本物)の声が響く。俺へ戦い方を見せる為に挑発したのか? 戦いはもうあなたにお任せする予定なんだけど……

 

 美女のスピードは先ほどまでとは段違いだ。今までは小手調べだったんだろう……スピードはおよそ先ほどまでの三倍! 既に俺の目では捉えることは叶わない。

 美女の爪が迫る!

 

 彼女は憤怒で顔を歪ませているが、鋭い目をした彼女の美しさを少しも損ねていない。

 しなやかな肢体から繰り出される爪の一撃は軽く振るっているように見えるが、人間の限界を軽く凌駕する力を秘めている。


 しかし俺は上体を軽く反らすだけで、彼女の爪を流し、前へ一歩踏み込む。

 対する美女は長い髪を揺らし、強烈な蹴りを繰り出すが、俺は彼女の肘を指先で軽く突くと何故か彼女の蹴りが俺から逸れる!


 い、意味が分からない!

 続く両手の爪も蹴りも、俺は彼女の体のどこかへ触れてほとんど動くことなく凌いでいく。これから一体どう学べと言うのか……レベルが違い過ぎて何も参考にならないんだけど……

 

 仕方ない。まだまだ彼女の攻勢が続いているが、彼女の体を観察し少しでも動きを見ようか。

 

――あ、おっぱいが見える。何も着てないもんなあ。大きくはないが小さくはない。動くたびに少し揺れてる。プルンプルン。


 あ、見えなくなった。後ろに回ったからだ。ちょうど長い緑の髪が飛び跳ねた影響でふわりと上へ伸びあがっている。あーうなじもそそるなあ。

 おや、着地した彼女の頭にポンと俺が手のひらを乗せる。そのままナデナデ。おー。手触りいいね。


 彼女はものすごい勢いでこちらに振り返り、真っ赤な顔で口を開く。


「人間とは思えぬほどの実力は理解した! ただ、頭を撫でるなんて……」


「隙だらけだからさ。力もある。スピードもある。身体能力は人間を凌いでいるようだが」


「ならば何故当たらない!」


 彼女の荒々しい声なぞどこ吹く風と言った様子で、俺は彼女と目をしかと合わせる。彼女と俺はちょうど身長が同じくらいだから、真っすぐ立った状態だとちょうど目の位置が同じくらいだ。

 俺の身長は男としては平均より少し高い程度……そんな俺と同じくらいの身長の彼女は長身の部類に入るだろう。とはいえ……龍になれば二十メートルオーバーだから身長差ってレベルじゃあないけど。

 

 目があった彼女は少したじろくが、俺は構わず再び彼女の頭を撫でる。ああ、髪の毛の感触が気持ちいい。


「ば、馬鹿にするな!」

 

 彼女は顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「何故だと思う?」


「どれだけ爪を繰り出しても、お前をすり抜けるようだ! 何者なのだお前は……」


「ただの人間だよ。龍よ。人間だからこそなのかもしれぬ。君の動きを凌げるのは」


「意味が分からない! 一体何が言いたいんだ?」


「武芸というものは龍でも学ぶのかな?」


「もちろんだ。一通りの動きは学ぶ!」


「少し意味が違うな。人間の武芸とは、長い年月の蓄積だ。祖先の築き上げた武芸をより研磨し次の世代へ伝えていくのだ。分かるか? 龍よ。私の武芸は人の歴史の蓄積なのだと」


「ッ! 我々は基本動作を学ぶのみだ。しかしそれで充分……我々に敵う生物はあの魔王のような例外はあるとはいえ、ほとんど存在しない」


「巨大な身体能力に胡坐をかいていたのだな。龍たちは。私にあしらわれるくらいだ。ベリサリウス様には束でかかっても敵わぬよ」


 ヤレヤレと肩を竦める俺……何か話こんでますけどー終わらないかなあ。もういいよね。終わったんだよね?

 あ、唇プルプルだー。リップも塗ってないだろうにすごいなあ。

 

「お前、名は何という?」


 ぶっきらぼうに美女はキッと俺を睨みつけ吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

 

「プロコピウス。……私の事はピウスとでも呼ぶがいい」


 ピウスと呼べというのは、俺への気遣いだろうか……きっとそうだ。プロコピウス(本物)自身は愛称でピウスって呼ばせてたとは思えないからなあ。

 

「そうか。ピウス。頼みがある」


「何かな? その前に私の強さは君たちの目に敵ったかな?」


「もちろんだ! お前は我より強い!」


「ふむ。それは良かった。役目は果たせたようだな」


 俺は腕を組むと、軽く頷く。


<私の役目はここまでだな。では、主導権を戻そう>


 心にプロコピウス(本物)の声が響き、俺の視界が切り替わり、体の主導権が戻る。

 こ、ここでかよ!

 

「ピウス。頼みというのは……」


 突然俺へ口づけをする美女! 何? 何なの? 呪い……まさか。

 俺の心配をよそにすぐ口を離すと、彼女は俺をじっと見つめる。


「私に武芸を教えてくれ。今のは契約の証だ」


「契約?」


「龍の口づけだよ。ピウス。お前に龍の加護を」


「えっと。龍の加護を与えるから武芸を教えてくれと?」


「その通りだ。ピウス。頼む」


 困った……俺に武芸は教えることは出来ない……どうしようう。プロコピウス(本物)さん?


<よかろう。私が面倒を見てやろう。人を凌ぐ身体能力がどう化けるのか楽しみだ……>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る