第80話 知恵の実

 冒険者の宿でエルラインと食事をしていると、ナルセスの使いの者が訪れてくれて彼女が来ればまた連絡をしてくれるそうだ。

 そんなわけで冒険者の宿で待つことになったのだが……従業員から連絡を受けたであろう宝石屋の店主が、ナルセスの使いと入れ替わりにやって来る。

 

「こんにちは。いよいよなんだね!」


 店主は俺を見つけると、興奮した様子で声をかけてくる。


「はい。ようやく整ったんですよ。よろしく頼みます」


「任せてくれよ。すぐ人は集まるさ」


「それは良かったです」


「しかし、魔族の森に集落を作るとは……あんた只者じゃないなあ」


「いえいえ。亜人の協力あってこそですよ」


「犬耳と猫耳は魔の森にも集落があるからな。協力を取り付けたのなら不可能な話じゃないよな」


「ははは……」


乾いた笑いしか出ない……街の建設は君たちが魔族って言ってるオークとリザードマンが作ったんだぜ。っていつか言うけどね!

いつまでも隠すのもあれだしさ。


「魔の森だったら、辺境伯様の領地じゃないし。税金も取られないから儲かりそうだよ」


「辺境伯様?」


「あ、ああ。そういえばあんた、魔の森での暮らしが長いとか何とか言っていたな……この街――フランケルを含め魔の森周辺地域は辺境伯様の治める地だよ」


 店主が言うには、魔の森の外側――パルミラ聖王国の勢力圏はカーリン辺境伯の領地らしい。どうもパルミラ聖王国は封建制度で統治されている国みたいだな。

 各地を貴族が治め、王都のある広い地域が王領となって王の直轄地ということだ。カーリン伯爵領にはここフランケルを含めてそれなりに大きな街は三つある。中心地は辺境伯の名前と同じカーリン。

 主な産業は農業。温暖な土地柄で雨も多く、辺境伯領のほとんどが平原という好立地な為、小麦など穀物の栽培が盛んで聖王国内の他の領地にも出荷しているらしい。

 内陸領土なので、海産物は行商人頼りで特に必須元素の塩は他領に頼っている。ラヴェンナから岩塩の輸出が可能ならば値段次第だけど勝負できそうだな。

 牧畜はそこまで盛んではないと店主は教えてくれたが、輸出するほど数が無いだけで領内で全てまかなえてるとのことだ。ならば、豊富に家畜もいることだろう……

 

「だいたい分かりました。ありがとうございます。魔の森には家畜がいないので、育てやすい鶏も持って行ってくれると助かります」


「希望に沿えると思うよ。他にもいろいろ持っていくから楽しみにしておいてくれよ」


「ありがとうございます」


 店主は俺と話終えると忙しそうに冒険者の宿を出ていく。その後俺はエルラインとお茶をお代わりして暫く待っているとようやくナルセスの使いがやって来る。

 俺達が立ち上がると、使いの者はここで待てというので再度座った時だ。

 

――純白のローブを羽織り、薄いヴェールを被った少女――ナルセスと聖教騎士団らしき三十代前半の髭の男が宿に入って来た。


 俺は立ち上がり彼女達を迎え入れるが、エルラインは座ったまま動こうとしない。いや、分かるけど。特に彼が敬意を払う人物でないってのは……そもそもエルラインは俗世の人間達とは隔絶した存在だ。いつも超然として世界を眺める観察者。

 彼に人間のような礼を期待はしていない。礼を失したからといってナルセスが気分を害すこともないだろうから。その辺り、ベリサリウスも気にしないから助かってる。

 

「聖女様がいらしたというのに、座ったままとは!」


 あー。礼を気にする人間がいた……聖教騎士団の髭だ。そっとしておけばいいのに……彼の態度にエルラインが悪戯っ子のような笑みを浮かべ口を開こうとしたから、ものすごくいやな予感がした俺は彼を全力で止めようと一歩踏み出す。

 

「いいのです。人に上下などありません。むしろ叱責するあなたこそ礼を失してますよ」


 ナルセスが聖教騎士団の髭を注意してくれたから、エルラインが収まってくれた……ふう。良かった。


「しかし、聖女様……」


「ムンドさん。人には上下など無いのですよ。あなたが私に敬意を払ってくれるのは分かっています。それは好ましい。しかし強要してはいけませんよ」


「聖女様。出過ぎた真似を申し訳ありません」

 

 髭は聖女ナルセスの言葉に感服した様子で少し頬を紅潮させている。あの様子だと完全にナルセスへ心酔しているな……

 

「ナルセス様。こちらにまでお越しいただきありがとうございます!」


 俺がローマ式の敬礼を行うと、彼女は柔和な笑みを浮かべ俺の元まで歩いて来る。

 

「私こそ、こちらの宿であなたを待たせてしまいましたから、お気にせずに」


 俺が座るよう促すと、ナルセスは優雅な仕草で腰を掛ける。彼女が座るのを確認してから俺と髭が椅子に座る。

 髭は俺の顔が目に入ると、少し驚いた様子だったが、先ほどナルセスから注意を受けたこともあり、何か言いたそうだったが口をつぐむ。

 

「ナルセス様。さっそくですが質問させていただいてよろしいですか?」


 俺の言葉にナルセスは口元に微笑みをたたえたまま軽く頷く。

 

「はい。私に分かることでしたら何でもお答えしますよ」


「ありがとうございます。ナルセス様。この世界では亜人と呼ばれる種族がいるのをご存知ですか?」


「プロコピウスさん。亜人という言い方はよくありません。ちゃんとエルフ・ドワーフと言った風に呼んであげてください」


 ん? この言い方だとナルセスはエルフ・ドワーフら亜人にも敬意を払っているのか?

 

「それは失礼いたしました。ナルセス様は人間以外の知性のある種族についてどう思われてるのですか? 彼らもまた等しく神の子なのでしょうか?」


「はい。この世界……ブリタニアは知恵の実を食べたのが人間だけではないようです」


「それはつまり?」


「エルフもドワーフも猫耳も犬耳も等しく、神の祝福を受け知恵を持っています」


「なるほど。ナルセス様の言わんとしていることを理解いたしました」


 つまり。ナルセスの考えはこうだ。地球では、神に想像されエデンに住んでいたのは人だけで、知恵の実を食べたのも同じく人間だけ。しかしこの世界――ブリタニアでは神に創造されたのは人間だけじゃなく亜人もってことか。

 等しく神に創造された種族だから、ナルセスからすれば人間だろうが亜人だろうが等しいってことだ。随分好意的に受け取ってくれたものだよ。亜人は悪魔です! って解釈をしていたら恐ろしい事になっていたな……


「そうですか。やはりプロコピウスさんは賢しいのですね。変わらないようで安心しました」


「ナルセス様。私も同じくエルフやドワーフたちへ隔意はいだいておりません。全て人間と同じ人として思っています」


「プロコピウスさんも私と同じ考えでしたか。そうです。彼らはブリタニアにおいて人間と同じ神の子なのです」


「魔族についてはどうお考えですか?」


「魔族ですか……実際お会いしたことはありませんが、人に害をなす種族と聞いております。知性があると聞いていますが、ならず者の野盗集団では……」


「ナルセス様は実際確かめられたわけではないと?」


「はい。そのとおりです。確かプロコピウスさんは魔の森に住んでいるのですね?」


「はい! 私は魔の森に住んでいます。お話というのは魔族の事なのです」

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