第6話 小鬼族の村長

 どうしてこうなった! 俺は小鬼族とリザードマン族の今後を決める大事な会議に出席していた。しかも、しかもですよ。

 俺の右隣りには小鬼族の村長。左隣にはリザードマンの族長。斜め向かいにはベリサリウスとエリス。後は両部族のお偉いさん三名ずつだ。


 俺が起立し、議事を進めている。何故だ! 何故こうなったんだ。期待に満ちた集まった人たちの目を見ると、頭を抱えることさえ出来ないんだが。



――前日夕刻

「プロコピウス、小鬼族の村長のところへ行くぞ」


 リザードマンの族長と熱い戦いを済ませたベリサリウスは、唐突に俺を誘ってこの村の村長へ会いに行くというのだ。嫌な予感しかしないものの、断る理由もなくついて行くことになってしまった。

 広場を抜け、ベリサリウスの家のさらに奥に大木が見える。大木には大きな洞が空いており、ここに村長が住んでいるとベリサリウスが教えてくれた。


 洞の中は意外に広く、大柄なベリサリウスでも少し頭を下げるだけで、中に入ることができたほどだ。部屋には切り株のベンチが四つほどと木のテーブルが置かれており、村長らしき小鬼族の老人が腰かけていた。

 老人は白い髪に長い白い髭を生やしていており、小鬼族の中でもひときわ小さく見える。身長が俺の腰ほどまでしかないんじゃないだろうか。もちろん頭からは特徴的な角が顔を出していた。


「村長殿」


 ベリサリウスが村長に声をかけ、彼が立ち上がろうしたらベリサリウスが「座ったままで」と目くばせをする。


「ベリサリウス殿。まずはかけてくだされ」


 老人の言葉に甘えて、俺とベリサリウスは切り株のベンチに腰をかける。


「先ほどリザードマンの族長から言伝を頼まれまして、お伝えしに来たのです」


「ほうほう。族長は何と?」


「村長殿と一席設けたいと」


「ふむ。ベリサリウス殿も同席していただけますかな?」


「然り。ただ私なぞより、交渉事に才気ある者と出会うことができました。私の旧友です」


 え? 二人の話を流していた俺に二人が注目する。何この流れ?


「プロコピウスと言います」


 村長は俺をじっくりと眺めると口を開く。


「これは美しい麗人だ。このお方がベリサリウス殿の旧友なんですな」


「いかにも。彼こそは我が帝国が誇る書記官。プロコピウスその人です!」


 熱の籠った様子で、ベリサリウスがハードルをあげてくる。


「ほうほう。では、リザードマンとの席で、彼に差配をしてもらってもよいですかな?」


「村長殿さえよければぜひに。きっとお役に立ちますぞ」


 自信満々でベリサリウスは答えるが、待ってほしい。俺は一言もやるって言ってないんだ! 会社で営業をやっていたから多少のプレゼンなどはしたことがあるけど、村と村の重要な交渉で俺が進行役をやるってことだよな。

 しかもこれって規模は小さいけど、戦後交渉みたいなものだよな。利害がバチバチと飛び交う......


「ベリサリウス殿。明日一席設けようと伝えてくださるか? 村の者ではないプロコピウス殿が、我々の間に立ち差配するともお伝えくだされ」


「承った。村長殿」


 この村でリザードマンと対立する立場にあったから、俺は中立とは言い難い。

 しかしながら小鬼族でない者が、間に立ってお互いの利害を調整するというのは悪いことではない。

 一触即発の状況にあることが予想される席で、お互いの利害を調整する冷静な立場に立つ者がいるといないでは、結果は大きく異なってくるだろう。


 理には適っているが、人材が悪い! 何しろ俺だからな。俺の能力は置いておいて、俺には全くリザードマンと小鬼族の情報が無い。この世界に来たばかりの人間がそんなもの持ってるわけないのだ。

 そして、ベリサリウスと村長の期待に満ちた目。あのベリサリウスがこうまで言うのだ。村長の期待も当然のことだろうよ。一難去ってまた一難......


「ベリサリウス様。私は少し村長と話をしていきたいのですがよろしいですか?」


「村長殿、こう言っておりますがよろしいですか?」


 ベリサリウスが村長に確認を取ってくれる。


「もちろんですとも。どうぞお話しくだされ」


「ありがとうございます」


 俺は村長に礼を言って、リザードマンの元へ向かうベリサリウスを見送る。


「村長殿、リザードマン族とあなたがた小鬼族についてお聞きしたいのですが、その前に私でいいのですか?」


 俺はまず最初にいきなりベリサリウスが連れてきた初めて会う人間に、重要な交渉で間に立たせていいものか尋ねる。


「ベリサリウス殿は、私がここへ来たのだから、必ず我が盟友の誰かは来るはずだと」


「それだけで、私を信じるというのですか? ベリサリウス様が盟友と言うだけで」


「いかにも。ベリサリウス殿は人間とは思えぬほど裏表の無いお人だからの」


 村長はベリサリウスを本当に信じているんだな。

 夢と俺が調べた資料によると、ベリサリウスの軍事以外の能力は悲惨なものだったことを思い出す。人の言葉をそのまま受け取るし、信じる。悪意しかない宮廷内であってもだ。

 だからこそ、最終的には勝てども栄光は無く物乞いにまでなってしまった。


 このベリサリウスの在りようは、皇帝の宮中では利用されるだけだったが、ここでは逆に実直な人物として信頼を得ているようだ。

 彼は一途に夢想していたのだろう。私が来たのだから、きっと盟友が来ると。

 そこへやって来たのが、彼にとって一番の理解者だったプロコピウスだった。彼からすれば万の味方を得るより心強いものだったに違いない。

 彼の素直というか、愚直なまでの思い込んだらこうだ! という性格から、俺がプロコピウスだと勘違いしたのだろう。

 ベリサリウス曰く、俺の見た目はプロコピウスそのものらしいから。


 それが幸いして今此処に俺は生存している。彼の助けが無ければ目覚めてそのまますぐ、永遠の眠りについていただろう。

 不器用過ぎる軍人ベリサリウス。俺は嫌いになれないよ。無茶ばかり言うけど。

 「ありがとう」そんな声が聞こえた気がした。


 俺が考えてる間、村長はずっと待っててくれたみたいで申し訳ない。


「なるほど、ベリサリウス様がそんなことを」


「ベリサリウス殿と同じなのなら、異界からの迷い人ですかな?」


「ご想像の通りです」


 ベリサリウスという先例があるから俺が突然此処に転移して来たなんて、突拍子も無いことを向こうから言ってもらえた。

 ベリサリウスがいつこの世界へ来たか分からないけど、「異世界から来た!」をよくあの性格で村人に理解されたものだ。

 おそらく俺が最初に見たように、猛獣を退治したりして信頼を築いたのだろう。

 どこから来た者だろうと、勇者は歓迎ということか。実際ズバ抜けて強いようだし。いい意味でも悪い意味でも裏表の無い性格が幸いしたということか。


「そんなわけで、この世界のことが全く分からないんですよ。ですので村長殿にはいろいろお聞きしたいことが」


「ほほ。ベリサリウス殿があなたに任せるわけだ。あのお人は世界のことや利害関係などご興味ない様子だの」


「ベリサリウス様は、その、無頓着と言いますか仙人のように戦い以外となりますと」


「ほほほ。それがまたベリサリウス殿のいいところよの。人を信じて疑わない。それが私には好ましいものよ」


「上手に生きれない人なんです」


「それに惹かれているのだよ。小鬼族は」


 不器用な彼が好ましいという小鬼族とベリサリウスは相性が良いようだ。この中なら彼は彼のままで生きていけるだろう。

 しかし、人間相手だとこうはいかないぞ。たまたま小鬼族がベリサリウスと同じく実直を美徳としていただけだ。


「私の話せることなら、プロコピウス殿に話そう。その前に、プロコピウス殿は魔術師ですかな?」

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