結晶世界
帝都記念飛行場。
帝都湾の一部を埋め立てた巨大建造物は、大正の一世紀を記念して今年の一月に開港された、まだ匂い立つ空気の質さえも初々しい飛行場だ。
その真新しい飛行場の、ターミナルビルと離れた駐機エプロンに一機、ジャンボジェット機が駐機されていた。タキシングするわけでもなく、罅の一つもまだ刻まれていないコンクリートの舗装の上で鎮座したジェット機は、ただ沈黙を守るのみ。
ジェット機の入り口付近、人種も様々な老若男女が黒山のヒトだかりを形成しており、その中に俺とオランピアもいた。数人の飛行場職員が入り口に取り付き、金属製の無骨な道具で扉をこじ開けようと、真っ赤な顔で力んでいる。
それを注視し、俺を含むヒトビトは禁断の扉が開かれるのを今か今かと待ちわびていた。或いは、注視の行動は見たくもない現実から目を逸らす逃避だったのかもしれない。
飛行場に着いて早々に、機内で起こった出来事については、おおまかに説明は受けている。周りで息を呑むヒトビトも同様だろう。扉が開け放たれたとしても、待っているのはすでに決定された過去だ。現実は、シュレディンガーの猫のように甘くはない。蓋を開けるまでは、生存している猫と死亡している猫の二つの可能性がある――わけではないのだ。
やがて、歪められた金属が耳障りな悲鳴を上げ、同時に扉が開いていく。
飛行機内へと殺到するヒトビト。結果はわかりきってはいても、奇蹟を求めてヒトは奔走する。しかし、奇蹟は奇蹟だからこそ奇蹟と呼ぶのだ。たとえ、望まれない奇蹟であっても。
俺は最後にジェット機の扉をくぐった。電灯が落とされた機内は暗い。ヒトビトの慟哭が鼓膜を撃つ。美しくも恐ろしい地獄が彼らの大切なヒトに累を及ぼした結果だ。彼らの望んだ奇蹟は否定されたのだ。
「矗克……」
オランピアが名を呼ぶ。すでに気づいていた。彼女の意図するところは眼前にある。
機内に立ち込める大気に光を刺す煌きがあった。俺には見覚えがある。奇しくも、同様の暗い空間で見た虹色の煌き。
チの五と六。席に振られた番号を確かめて、歩を進める。床面を踏むたびに、硝子を踏んだような跫音がした。俺に続くオランピアの跫音もまた、硝子色の音色。
――分かっている。たまたまだ。たまたま巻き込まれただけだ。ただの不運といえば不運。俺だって不運にも関わってしまったが、不幸中の幸いか生を拾うことができた。俺が稀な事例であることも理解している。充分に。
そして、目指す番号の席へと辿り着いた。光源の少ない機内において、二席に並んで鎮座したそれは綺羅綺羅と目映いまでの光を反射していた。まるで、瞳孔に刺さるナイフの光だ。
大紅蓮地獄に咲くという紅い氷の華の如く、伸びた結晶が蓮に似た華を咲かせている。ただし、蓮は泥に根を張るが、この結晶の蓮は違う。結晶の根は、席に座ったニンゲンの下半身の形をしている。しかも、花弁と同じく、虹色のナイフの光を放っている。
よく検分すれば、下半身の近くで無数の蕾があった。どう見ても、身体の内側から生えてきているとしか判断できない、そんな蕾。
俺は一度、ニンゲンがこれ同様の姿へと変貌していく様を目撃している。
「機械悪魔、か」
「そうね。間違いなく、これは同種が関わっている」
結晶の肌を撫でると、一瞬、結晶体が脈打つ明滅を起こす。これもまた見覚えがあった。
今、俺はどんな表情をしているのだろう。怒っているのだろか、哀しんでいるのだろうか。悼んでいるのだろうか、憎んでいるのだろうか。
空腹感が心臓を占めている。言うならば、心が空いている。喪失感。ただし、これは何に対する喪失感なのだろう。俺には分からない。
「父さん、母さん……」
変貌してしまった二親を呼ぶも、結晶となった家族は俺に何も言ってはくれない。ただ、沈鬱な暗がりで、静かに突き刺さる光を放つのみ。
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