CRYSTALIZE
ふじ~きさい
夜、来たる
「聞いた? 最近帝都で起こっている神隠し、なんか被害者が消えたところにキラキラした砂みたいなのが落ちてたんだって」
「へぇ。偶然じゃないの?」
「う~ん。どうなんだろうね。けど、センパイのイトコのコウハイのお兄さんが警察官で、そんな話してたんだってさ。それにね、なんか事件現場で変な機械が動いていたって証言があるんだって」
「遠すぎるよ! 他人すぎるわ! 今ので胡散臭さが塊になって襲いかかってきたわ」
「でもでも~、ニュースとかにもなってるし、あんまり夜遅くなってもなぁ」
「大丈夫大丈夫。俺がキミを神隠しするから!」
「んもう、馬鹿」
逢魔ヶ刻。魔と出逢うとされる、不吉な時間帯。
大正一〇〇年(西暦二〇一一年)十二月。日の
課題に手間取り、すっかり遅くなってしまった。冬の日照時間は短い。既に気の早い外燈が俯瞰する光を灯し始めている。
周囲に人の姿はない。ただ、矗克だけが逢魔ヶ刻を描いた絵画に孤立している。
いや――。
クン……。在るか無しか、空気を幽かに揺らす機械的な音が鼓膜に届く。まるで、歯車が慎ましやかに噛んでいるかの如く、背後から。
「馬鹿な話、だろ?」
知らず、喉から出たのは反駁の言葉だが、矗克の本能的な部分は既に察していた。自分を夕日から隠す異形の影法師。
――
思い出すのは、巷間を騒がせている機械仕掛けの悪魔の噂。
いくつも走馬灯にも似た思いと考えが、脳裏に顕れては消えていく。そして、恐怖の源泉を確かめようと、拒否する意思に反して、身体が本能的に振り返り――。
そこに、悪魔の姿を見た。
機械仕掛けの悪魔――。第一印象はそれだった。
「機械、悪魔」
節だった脚部が歯車の軋みと共に持ち上げられ――脚先に付いた、断頭台のそれに似た無骨な刃が冷厳たる殺意の程に青白く灯る。
受け入れがたい現実から逃避の思考に到った脳が呑気に理解した。なるほど、確かに見るからに重厚な刃で断ち切られれば、人間の頭蓋などあっさりと両断されるに違いない。況してや、充分な高さから落下するとあれば、西欧における中世暗黒時代の凄惨さが帝都で再現されるは必定と言える。
死の虚無さから
振り下ろされる断罪の刃が、眼前の哀れな高校生を断ち切らんと鈍い光を放つ。充分な重量を誇る刃が風さえも断ち切り、頭蓋に到達――。
――する寸前、機械悪魔が横殴りに吹き飛び、断頭刃が矗克から逸れて空を割った。瞬間、矗克の眼はそれを成した影を垣間見た。
轟と風が哭き、矗克のコートをなぶるにのみならず、マフラーが何処かへと飛ばされる。衝撃に次ぐ衝撃に、矗克の頭脳が加速する現実に追いつかず、思考が凝固したままだ。
宙空を舞った機械悪魔がマーブル模様の翅を広げて着地。着地した脚が路面に轍を刻み、訪れた衝撃の程を示す。意匠化した頭蓋骨が、鎌首をもたげて襲撃者を睨みつける。表情など無い機械悪魔だが感情スクリプトは実装されているのか、瞳孔が腐敗の紫に灯った。
緑に燃ゆる双眸の先――機械悪魔と相対しているのは、同じく人の手によらぬ絡繰り仕掛けの悪魔。ただし、こちらは獣じみた四脚を備え、脚先のランディングギアを路面に突き立てている。よくよく四脚を見てみれば、白磁の
真珠の輝きを封じた色味の躯体に、ところどころで翠緑に輝く
真鍮色の機械悪魔が蜘蛛の脚を横薙ぎに真珠色の機械悪魔へと向けた。電光石火、宙を火花が舞い、断頭刃が両者の中間点で
続けざま、二本目の奪命の閃光が逢魔ヶ刻を奔り、流転する二匹の銀
更に、三本目が――来ない。代わりに、真珠色が宙空を廻転する。動きを巧みに一つの型に嵌めることで次なる行動を抑制、誘われた相手の陥穽を突く真鍮色の一手。如何なるメカニズムに拠るものなのか、真珠色が自ら撥ねて横転、頭部とおぼしい箇所をしたたか路面に叩きつけられた。
矗克の周囲にも何らかの部品の残骸と思われる金属片が飛び散り、その一つが頬を掠めて赤い熱を感じた。
相当な勢いと衝撃が真珠色を襲ったらしく、地に伏した機械悪魔は既に虫の息――機械悪魔が呼吸を必要としているかは疑問だが――で、痙攣しつつ立ち上がろうとする健気さを嘲笑うように、部品が弾け飛ぶ甲高い悲鳴が断続的に木霊する。悲鳴は相当に脚の張力を奪っていると見え、踏ん張ろうとした脚が震えを伴って萎え、再び重力に負けて真珠色は路面に沈む。
「あわわわわ……」
味方では無いのかもしれぬが、真珠色の旗色の悪さに金縛りが解けたが、人間そうはいっても無謬の判断が下せるわけがない。むしろ、恐怖と無理解に狼狽して何もできぬのが尋常の反応だ。実際、落ち着きがないと周囲から評価されているだけの一学生に過ぎないのだ。
わたふたと右往左往する矗克だったが、真鍮色からは奇異な動きと見えたらしい。伺うように、紫色の眼光を矗克へと固定した。
目敏く、己を組み伏せたモノの動きが緩慢になった事実を察した死神の鎌が、真鍮色の装甲に火花を散らせた。逢魔ヶ刻にもなお鮮やかな火花の彩宴と、装甲の苦鳴の声が響く。だが、ここに到ってなお真鍮色の方が上手だった。
突然の耳を聾する激音は、矗克に落雷の鉄槌を思わせた。見れば、躯体を大きくえぐった焼痕に真珠色があえぐように倒れた。
鎌によって傷をたくわえた真珠色の胸部が展開され、瞬間的発火による煙を吐き出している。接近距離での大砲の一撃。矗克は瞬時に理解した。
窮地を免れた真鍮色だったが、代価はそれなりに徴収されたらしい。当然といえば当然の話。元来、充分な距離を置いての砲撃が常識であるというのに、掟破りの密着からの砲撃だ。掟破りだからこそ、真珠色もまともに身に受けたのだが、破壊の余波は真鍮色にも降り注いだ。飛び散った火薬、砲撃の反動、炸裂の衝撃、それらが真珠色の何割か程度とはいえども砲手にも破壊の爪痕を残していた。
ぴくりとも動かぬ真珠色を踏みつけ、真鍮色の機械悪魔の紫色の眼光が再び矗克に据えられる。
「グッ!」
不気味な紫色の眼光が更に光を増した瞬間、射竦められた矗克に脳髄から堅い何かがギチギチ生えてきているのではないかと思わせる、理解不能の頭痛が襲いかかった。己の絶叫の声すら届かぬ痛みに、矗克は我を忘れて地面に頭を叩きつけるも、激痛は一向に収まらない。
振るわれる断頭刃さえも矗克の意中に無く、結果――。
しかし、矗克の首はいつまで経っても宙を舞うことはなかった。原因は真鍮色の機械悪魔が受けた損傷が可動域に影響を与えていた点に尽きる。本来ならば円弧を描く可動域が歪んで、矗克の頸部を逸れて胸部を斬り裂いていたのだ。
かといって、致命傷には違いなく、矗克は鮮血をまき散らしながら不格好なステップを踏んで、やがて力尽きる。倒れ伏した彼の側には、真珠色の黒い可動肢が力をなくしていた。
ギギギ……と不愉快な異音を放ちながら、真鍮色は脚の動きを確認するような素振りをし、今度こそはと刃先が矗克の頸部へと狙い定める。可動域の確認をした真鍮色は一直線の動きならば、断頭に足ると判断したのであろう。先の反省を踏まえてか、刃先の軌道は一直線の刺突だった。既に、正体不明の真珠色は沈黙し、矗克も意識を失い――。
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