六話 デート!(夕食)
遊園地を出てすぐ華子がスマホを取り出す。夕飯を食べる店を探すようだ。
「あ、中華料理店があるわね」
「ん?」
華子の横からスマホをのぞき込む。
「そこは……大衆的すぎない?」
男だけでガッツリ食べたい時にはよさそうだ。でも、今日はデートなんだし……。
「そうかな? ファミレスはないみたいなのよね」
「……もっとこう、おしゃれなレストラン的な?」
「だから、童貞の分際でそんなところ行っても恥かくだけでしょ?」
キツい視線でにらんでくる。
間近で見つめられてドキドキだ……けど、言われた内容はかなり酷い。
「い、いや、俺だって頑張れば大丈夫……なはずだよ? フォークが左でナイフが右でしょ?」
「そんなの小学生でも知ってるわよ」
蔑みの視線を向けた後、華子はまたスマホを見る。
「ダイニングはあるのよね。そんなに肩肘張るようなところじゃないみたいだけど……童貞だしなぁ」
「大丈夫、大丈夫だから!」
いい雰囲気のディナーを目論む俺。
「ま、行ってみようか」
俺に向かって華子がにっこり笑う。
そうやって笑いかけられるたびに俺はドキドキ。
なんかこう……ちょっと前とは違う感覚なんだけど、よく分からない。
そしてダイニングに。
おしゃれっぽい外観を見ただけで、俺は物怖じしてしまう。……やっぱり、大衆的な中華料理店の方がよかったかなぁ。
「さ、行くわよ」
先に入っていく華子。俺も覚悟を決めて扉をくぐる。
席はうまいこと空いていた。メニューをテーブルに置いて眺めていく。
「パスタがいろいろあるのね。いくつか頼んで分け合おうか」
「分け合うの?」
「なんで? イヤ?」
「いえいえいえ、むしろ喜んで」
極上の女と料理を分け合う。
すごい親密なかんじがして……とても素晴らしい。
……でも、ちょっと気になってる。
俺がいつも友達と行くのは牛丼屋とかファーストフード店。そういうところと比べると……。
高くない?
そんな俺の心を読んだのか分からないけど華子が言う。
「あ、ここは私が出すからね」
「いや、それは……」
「ダメ、私が出す。だってさ……」
「え?」
なぜか恥ずかしそうに首を傾げる華子。
「私のこと、チンピラから助けてくれたじゃない? そのお礼がしたいの」
「ま、まぁ……あれくらい気にすることないよ?」
ちょっと虚勢を張る俺。ホントは死にそうなくらい大変な出来事でした。
「ううん、お礼をさせて? どうしてもお礼がしたいの」
「ああ、借りは作りたくないみたいな?」
俺がそう言うと華子の視線が冷たくなる。あれ? なにかミスった?
「それでいいわよ。そう、借りを作りたくないの。私は意固地な女だから」
「……まぁ、だったら」
ということで奢られることに。
前菜、パスタ三品、メインに肉料理。
肉料理は、俺は牛バラ肉のなんとかかんとか、華子は鶏もも肉のなんとかかんとか。
アイスティーに口を付けてから華子が言う。
「これでワインとか飲めたらいいんだけどね」
「未成年のうちは我慢だよ」
華子が軽く吹き出す。
「快人のその順法精神はなんなの? 下品な童貞のくせにヘンに真面目よね?」
「いやいや、それが普通でしょ? 童貞とか関係なしにさ」
「そうなのかな? お酒くらい、私も飲んだことあるわよ?」
「ええ? ダメじゃん」
法律は守らないと。特に大きな理由はないけど俺はそう思ってる。
「まぁ、ちょっとだけよ」
「はぁ、ケーケンホーフだといろいろあるんだね……」
「ん? ケーケンホーフとお酒は関係ないでしょ?」
「でも、オトナの男とちょっとお酒とかありそうだ。そして知らないうちにベッドで……とか」
「なによそれ? 童貞らしい妄想よね?」
呆れたような声を出す華子。
そうなの? 童貞らしい妄想なの?
華子が難しい顔でぶつくさ言う。
「……やっぱりあの設定はマズいのかなぁ……いやでも、今さらなぁ……」
なんだろう? はっきり言ってくれないと童貞には意味が把握できない。
「設定って、なに?」
「ん? なんでもないわ。……ちゃんと分かってほしいのは、私はケーケンホーフだけど、ふしだらな女ではないの」
「そうなんだ?」
「そこをちゃんと理解しておくように」
人差し指を立てて俺を見てくる。真剣な眼差し。
俺は期せずして勃起する。
そんなタイミングでやってくる前菜。
慌てて勃起を抑える俺。
「……分かった。ケーケンホーフだけど、ふしだらじゃない」
「分かればよろしい。では食べましょう」
さぁ、フォークとナイフを駆使して食べないと。ミスったら華子に蔑まされる。
……それはそれでご馳走だけど。
どうにかこうにか食べていく俺。
ちょっと余裕ができたくらいで華子が話しかけてくる。
「お酒にしたって好きで飲んだんじゃないのよ?」
「そうなんだ?」
「母が煽ってきたのよ。『このオトナの味は、お子様には分からないでしょうけどねぇ~』とか言って。大人が子供にお酒飲ませるのってアウトよね?」
「アウトだよ」
「なのにあいつは飲むように仕組んでくるの。タチの悪い女よ、ホント」
そんな言い方をすると気になってしまう。
「やっぱり嫌いなの? お母さん――実加子さんのこと」
なぜか驚いたような顔をする華子。
ちょっと視線をさまよわせてからまた俺を見る。
「そうね、嫌いね。大嫌いよ。すぐ散らかすし、作った料理に文句垂れるし、仕事の愚痴をうだうだ言ってくるし、生活費渡す時は恩着せがましいし」
「ロクでもないね」
思ったままを言う俺。
「ホント、ロクでもない。この前快人に見せてあげたでしょ? 指をくわえて見せつける奴」
「あ……うん……とても素晴らしかったです」
思い出しただけで勃起する。
そのタイミングでやってくるパスタ。
慌てて勃起を鎮める俺。
華子がパスタを小皿に移して俺に渡してくる。
こういうのを自然にできるのはやっぱりケーケンホーフだから? 童貞の俺はペコペコと受け取るしかできない。
自分の分のパスタも取ってから華子が話を続ける。
「ああいうのを仕込んできたりもするの。エロいキスの仕方とかも」
「エ、エロいキス!」
俺が身を乗り出すと華子はイヤそうな顔をしてのけ反る。
「興奮すんな。どうせ快人にはしてあげないし」
「……そうなんだ?」
「……というか、できるのかな? 教えてもらっただけで、試したことはないのよね」
首を傾げて思案顔。
ケーケンホーフでも難しいの? ……どんなのだ?
自分の母親の話を投げやりに続ける華子。
「ホント、ロクでもない母なんですよ。十七才年下の男にうつつを抜かすしね」
「それは若々しいとも言えるんじゃない?」
よく分からないながらも言ってみる。
「ええ? 普通にみっともないでしょ?」
「……みっともないんだ?」
「そりゃそうよ。いい年して乙女乙女しちゃってさ。『あんたも恋をしてみたら分かるって』とかよけいなことまで。ムカつく……。あいつの恋なんて絶対に粉砕してやる」
親の仇を思い出してるみたいな顔をする華子。……相手は自分の母親だけど。
というタイミングで肉料理。
思ってたより柔らかいので手間取らずに切り取れる。
肉汁たっぷりのお肉を味わっていたら気付いた。
「あれ? ムカつくから二人の仲を邪魔するの? 兄貴が詐欺を働こうとしてるとかは?」
「ん?」
華子が大きな目で俺を見た。
動きが止まる。
ぐるりと目玉だけ一回りした。
横を向く。
「……浜口行道は詐欺を働こうとしている。私はそう、確信してるわ」
ええ? なんかヘンにウソっぽいぞ? 胸の中にもやもやが生まれる。
俺は首を傾げながら華子を見つめる。
その視線に気付いたらしい華子が焦ったように言う。
「いやいや、十七才も上の年増のことが好きなんてあるわけないでしょ? 絶対になにか裏があるって」
「何回も言ってるけど、年の差なんて関係ないと思うよ?」
「いいや、あり得ない。とにかく快人は浜口行道の悪行の証拠を見つけなさい? その証拠を母に突き付けてやらないと。『ざまぁみろ! あんたみたいな年増に惚れる男なんていないのよ!』ってね」
どうもおかしい。
取りあえず今思ったことを言ってみる。
「『ざまぁみろ!」って言うんだ? 結構酷くない?」
華子が目だけ横に向けた。
すぐに戻す。
「違う違う。反省を促したいのよ。イイオンナぶってるくせに若い男に騙されてたっていう、無様なありさまを
「……嗤うんだ?」
「最高に笑えるでしょ? あなたがベタ惚れしてる若い男、実は結婚詐欺を仕掛ける気なんですよ? なぁんてさ。あの女を思いっきりヘコませてやれるわ」
「……ヘコますんだ?」
声が低くなってしまう俺。
華子が目を閉じる。
また開く。
「いやいや、結果的にヘコむって話よ。別にいつもヘコまされてるから仕返ししたいとかじゃないから」
「……仕返し」
「とにかく快人には頑張ってほしいの。なんとしてでもそれっぽい証拠を見つけてちょうだい?」
「……それっぽかったらいいんだ? 本物の証拠じゃなくても?」
「この際、なんだっていいわよ」
「……なんだって……いいんだ……」
「あ」
華子の表情が固まった。頬がヒクついてる。
俺は言わずにはいられない。
「最初から……でっち上げる気マンマンだったんだ?」
「そ~んなこと、な~いよ~」
華子がゆっく~り顔を背ける。
やっぱりそうなんだ!
華子が咳払いで全部を誤魔化そうとする。
「と、とにかく快人は証拠を見つけなさい? スマホのデータがあればいいネタがあるはずよ。どっかの女とやり取りしてるメールが二、三通あればいいから」
「で、結婚詐欺の話をでっち上げるんだ?」
華子がすごい目でにらんできた。
「いいから! あんたは私の言うとおりにすればいいのよっ!」
童貞でも分かる。
ただの逆ギレだ。
……ああ、やっと分かった。
兄貴の周りをいくら嗅ぎ回ったところで意味はない。
問題があるのは言い出しっぺの神在華子その人。
このメンドくさい女の子をどうにかする。
それが、俺のやることなんだ――
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