四話 デート!(トラブル)
どうやら華子は楽しんでくれているらしい。
俺は心の底からホッとする。
ソフトクリームを食べ終わったところで華子が言う。
「じゃあ、トイレ行ってくるわね。その後またジェットコースターよ」
「あれ? トイレはさっき行ったとこだよね?」
立ち上がっていた華子がうんざりといった顔を向けてくる。キツい視線。
「女にはいろいろあるのよ」
「あ、ハンドバッグ持っててようか?」
気を利かせる俺。
「これが必要なのよ」
さらにキツい視線。よけいなお世話だったらしい……。
華子がトイレに行く。俺はぼんやり席で待つ。
……ホントに楽しんでくれてるんだろうか? ちょっとしたことですぐ不安になる。
華子が戻ってきた。
俺は気付いたことを言う。
「あ、口紅付け直したんだね」
「へぇ、よく気付いたわね、童貞のくせに」
にんまり笑顔の華子。
「うん、ソフトクリーム食べた後、口紅が取れて酷いことになってたからね」
俺だってちゃんと気付ける時もあるのだ。
途端に華子が表情を歪める。
「……やっぱり童貞よね」
あれ、また怒らせた?
ずんずん先を行く華子を追いかけるハメに。
そしてジェットコースター。
「きゃーっ!」
「うぉーっ!」
アトラクションから出た途端、華子が指二本で目潰ししてくる。
危うくかわす俺。
「あ、あぶないだろ?」
「またスカート見たじゃない」
気になるんだよ。仕方ないでしょ?
とにかくこれでジェットコースターの全制覇は達成した。
華子がアトラクションのひとつを指差す。
「次はあれにしましょう」
自転車みたいに自分でこいで、レールの上を進んでいくというものだ。
「自転車乗りの血が騒ぐぜぇ!」
実際目が血走ってる華子。
「いやいや、これはまったり乗ってくものでしょ?」
「うぉりゃゃゃ!」
「危ない危ない! 前のにぶつかる!」
さすがにぶつけずに手前で減速する。
「あははは!」
ご機嫌の華子が俺に向かって無邪気に笑いかけてきた。
この笑顔。この笑顔が見たかったんだ!
ティーカップではまた暴走する。
「回せ回せ!」
「やめてやめて! 酔う酔う!」
「あははは! 情けない顔よ、快人!」
……いや、楽しんでくれてるならいいけどさ。
しばらく遊んだ後。華子が横にいる俺に顔を向ける。
「喉が渇いたわ。さっきのお釣りでジュースを買ってきなさい?」
「はいよ、お姫様。なにがいい?」
「オレンジ」
極上の女が相手だとただのパシリでもうれしかったり。
ジュースを買って戻ると……。
あれ? 華子の前に知らない四人組が?
仲がいいようには見えない。華子は両手を腰に当てて相手をにらみ付けていた。
男三人、女一人のグループの声が聞こえる。
「おまえ、ぶつかっといてなんだ、その態度」
「いやーん、クリームが取れな~い」
華子の強気な声も。
「ぶつかってきたのはそっちでしょ? よそ見してバカ話してる奴が悪いのよ」
やべぇ、思いっきりトラブってるよ。しかも華子は火に油を注ぎまくってる。
「ああ? バカ話?」
「楽しい気分が台無し~」
「下品な笑い声が聞こえてたわよ。子供が大勢いるのに下ネタなんて口走ってさ」
「うるせぇ、人の話、聞いてんな!」
「大きな声だからイヤでも聞こえるのよ。聞き苦しい声をまき散らして、ホント害虫そのものよね」
どうしよう? どうしよう? 相手の方々はあんまりガラのいいかんじじゃないよ?
俺は要領の悪い童貞なんだ。トラブル回避の方法なんて知らないよ?
でもこのままにしておくわけにはいかない。
意を決して走って行く俺。胃はすでに痛い。
「す、す、すすすすみません、俺のツレが!」
華子とグループの間に割って入る。
「ああ? テメェ、こいつのツレか?」
「そ、そそそ、そうです。すすすすみません、ちょっとこいつ、口が悪くって」
「謝ることなんてないわ、快人。道いっぱいに広がってたこいつらが悪いのよ」
「うるせぇ! レイカちゃんの服汚しといてよ!」
「この服お気に入りなのに~」
「ふん、趣味の悪い服よね。下品なあんたにはお似合いかしら?」
なんでケンカを高値で売りまくるの、華子?
とにかく俺がなんとかしないと。
「す、すすすみません。後でよく言って聞かせますから」
「ペコペコ頭なんて下げないでよ、快人!」
「いいから華子は黙ってて」
「謝れば済むのか? ああ?」
「え? え? どうすれば?」
童貞にはケンカの和解方法なんて分からない。
「見ろよ、これ。レイカちゃんの服が汚れちまったんだよ?」
「それはそれは……え? どうすれば?」
「テメェで考えろよな!」
「そんな汚れ、水で洗えばいいだけよ。ウダウダ言ってる間に取れなくなるわよ?」
「この女……」
「こんなのクリーニングに出さないと取れないよ~」
「え? え?」
童貞の俺なりに必死に空気を読む。
この人は華子が汚した服をクリーニングに出す? だったら俺がすべきことは?
「ああ?
「わわわわ、分かりました。クリーニング代? 出します出します」
「出すことないわ、快人! 私は悪くないんだから!」
「うるせぇ、女!」
「出します、出しますから!」
クリーニング代っていくら? ヘタに安い額を出したらよけいに怒らせる?
樋口? 樋口かな? でも足りなかったら?
ええ~い!
「こ、こここれでいいでしょうか?」
「おお~!」
四人組が歓声を上げる。
「ちょっと! なに一万円も出してんのよ!」
「いいから……いいから、華子は黙ってて……」
「アンちゃん、分かってんじゃ~ん」
男の一人が俺の肩を二度ほど叩く。
「じゃ、じゃあ、許してくれます?」
「ああ、俺たちも鬼じゃないからな。そこのクズ女はちゃんとしつけとけよ?」
「は、はい、きっちり調教しときます」
「快人!」
「じゃあな」
グループが去っていく。
「夕飯がリッチになったな~」
「私、ステーキ食べた~い」
あれ、クリーニングは?
ともあれ危機は去った……。
華子を見てみるとすごい目でにらんできてる。いや、仕方ないでしょ、あの場合?
「あの……華子?」
今度は華子の機嫌を取らないと。はぁ……どうやって?
華子が、どんとぶつかってきた。
よろめく俺。両手にジュース持ってるんですけど。
俺の腕になにかが巻き付いてくる。間近からとってもいい匂い?
え? 腕組んでる?
華子から腕を組んできた?
なんで?
聞きたくても華子はこっちを見ようとしない。自分の身体を俺に押し付けてくる。
なに? すっごい気持ちいいんですけど? 貧乳なのになんでこんなに柔らかいの?
華子が空いてる方の手で遠くを指差した。
「次はあれに乗るわよ」
観覧車だ。
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